158 かみのこ、しんだ4(第三部最終話)
マックスは項垂れたまま、口許に微かな笑みを湛えて言った。
「……貴方なら、絶対にそう仰ると思っておりました……」
ここに至り、まだマックスを含めた教会騎士たちからは敵意を感じない。
「……お前らは、いったい何をしに来たんだ……?」
「……お言葉を……貴方のお言葉を頂きたく存じます……」
「俺の言葉だと? お前たちとの話は寺院で済ませた。言いたい事は何もない」
教会騎士の考えている事は分からん。
「何を考えている。もっと分かりやすく言え」
「……神のお言葉を賜りたく……」
「はあ?」
そのマックスの言葉に、俺は殴られたような気分がして面食らった。
「知るか、そんなもの。神が人間の価値観で測れるような、そんな単純なものだと、本気でそう考えているのか?」
そこで、俺を見上げるマックスの顔に、微かに動揺の色が浮かんだ。
「……お前……いや、お前ら全員、『神』について考えた事がないのか……?」
「え……母は、神ではないのですか……?」
マックスは動揺して視線を激しく泳がせた。
俺は、この連中の愚かさに首を振った。
「ああ、いい。無理して答えるな。お前らが揃いも揃って馬鹿だという事は充分に分かった」
闇雲に盲信していたのだろう。母の残した言葉だけが、彼らの全てだったのだ。
優れた言葉や思考は、時として自主性を破壊する。教会騎士の存在は、その典型的事例だった。
もう帰れと追い返してやりたいが、この狂信者たちは納得できないから、ここにやって来た。
舌先三寸で追い返せるなら、それに越した事はない。
そこで、俺は逆に問い掛ける事にした。
「お前たちにとって、神とはなんだ? ああ、いい。やっぱり答えるな。大体、察しは付く」
こいつらに『神』とはなんだと問い掛ければ『アスクラピア』と答えるだろう。では、『アスクラピア』とはなんだと問い掛ければ、今度は『神』だと答えるだろう。
完全なる思考停止。狂信者の狂信者たる所以。
「…………」
俺は少しだけ考える。
馬鹿にも分かるように、噛み砕いて説明する言葉。
「……お前たちにとって、『アスクラピアの子』とは、なんだ……?」
違う。これじゃない。もっと適した言葉……もっと分かりやすく……
「『アスクラピアの子』とはなんだ? お前たちは、きっと『神の子』と答えるんだろうな」
だが、それは……
「『神の子』とは……神か? 違うよな? それぐらいは分かるだろう?」
「…………」
当たり前だが、俺は神などではない。病気をすれば死にもする普通の人間だ。その程度は理解できるようで、マックスは茫然と俺の言葉を聞いている。
「俺たち神官……『アスクラピアの子』の力は、全て母からの借り物だ。自らを基盤としない儚い力に過ぎない。この意味が分かるか?」
この言葉の意味する所に、マックスは強いショックを受けたようだ。茫然として呟いた。
「アスクラピアの子は……ただの人間……という事ですか?」
然り。力を貸しているだけだが、そこにアスクラピアの『神』としての神性がある。
「まだ分からないか?」
この連中は、聖女が造られた神の劣悪な模造品と知りつつ、不満と不安とを抱えながらも、そこに自らの安寧と信仰の在処を求めた。
「聖女は、俺たち『アスクラピアの子』とは違う」
「それでは……聖女は、いったい……」
戦って分かった。聖女の術を奪って分かった。
祝詞を必要としない術。
おそらく『祈り』や『瞑想』により自らを高める『行』を積んですらいないだろう。
神の模造品なのだから、厳密には人間ではない。偽神とでも言うべきか。だから、力を借りる必要もない。『人工聖女』エリシャ・カルバートは、邪悪な人間が造り出した正体不明の『何か』だ。即座に自害して果てた教会騎士たちは、それを理解した者たちだ。母の深刻な怒りを理解した者たちだ。
「お前たちが言っていた通り、あれは紛い物だ。お前らは偽物の神を崇めていたんだよ」
「……」
「逆印を刻まれるのも、納得の背信だな……」
いつもそうだ。
神とやらの考える事が理解できるのは、全てが終わってからだ。俺たち人間は、結果を振り返って漸く理解に至る。
「…………」
逆印の咎を受けた全ての教会騎士たちは、そこで漸く理解に至ったようだ。酷く狼狽え、視線を忙しなくさ迷わせている。
マックスが、力なく項垂れた。
「我らは……これから、どうすれば……」
「知るか。子供ならともかく、お前たちは大人だろう。自分の事は自分で考えて決めろ。母は、お前たちに逆印の咎を負わせたが、命までは取らなかった。その事に深く感謝して、残りの生を送るといい」
この言葉が、決定的にマックスを追い詰めると分かっていれば、俺はもっと別の言葉を使ったと思う。
神の呪詛を受けた。それが何を意味するか、愚かなジナですら理解していたのに。
そもそも、彼らは何の為にやって来たのか。
「レネ……お前は……あぁ、なるほど……漸く分かった……」
気が付くと、マックスら教会騎士の視線がロビンに集まっている。
誰かが言った。
「……そうか。我らは……人に仕えたかったのだ……」
『アスクラピアの子』は、力を貸与されただけの人間に過ぎない。
まず、五戒あり。
『慈悲』『慈愛』『公正』『無欲』『奉仕』。それぞれ人が人らしく生きる為に必要なものだ。
神官は、自らを厳しく律する事で力を維持している。そして、道徳的である事を止める時、神官は力を失う。そうして大司教コルネリウス・ジャッジは神官としての力を失った。
「レネ……お前は……」
再び教会騎士たちの視線が俺に集中し、その居心地の悪さに俺は顔をしかめて見せた。
誰かが言った。
「何故、レネだけが特別なのですか……?」
ロビンが特別だった訳ではない。死神は公正だった。俺が庇った。これも人間……『アスクラピアの子』の為せる業だ。
「裏切者……裏切者のレネ・ロビン……」
死神は、その人間である俺を赦した。正確には、俺の人間らしい過ちを赦した。
「我らも、心ある『人』に仕えたかった……」
「レネが本物を独占した……」
俺は首を振った。
分かっていた事だ。俺の言葉は、永遠に彼らに届かない。つまるところ……
「何故、我らだけが逆印の咎を受けねばならないのだ……」
これが彼らの本音だ。
「レネ、ずるいぞ……」
砂の国、ザールランド。
燃える日輪が空高く掛かっている。
沈んでは行くが、いつも同じ太陽だ。俺たちの目には沈んで行くように見えるが、実際には没する事なく、永遠から永遠に働き続ける。
マックスが、ゆらりと幽鬼のように立ち上がった。
それは、ごくごく自然な動作だった。敵意も殺意もない。何の害意も感じさせない動作だった。
だから、誰も反応できなかった。
マックスの右手に閃いた純鉄の短剣が、曲がった肋骨の間に滑り込み、音もなく俺の胸を貫いた。
フランキーが、間抜けな声を上げた。
「あ」
ジナが、ぎょっとして目を剥いた。
「あ」
俺のすぐ横に居たロビンが、その瞬間、目を覚ました人のように刮目した。
「あ!」
僅かに。本当に、僅かにだが、急所から外れている。喉から熱い何かが込み上げ、俺は血を吐き出した。
戒めを破り、ロビンを救った。奇跡にはそれ相応の代償が必要で、それは俺も例外じゃない。誰もが公正に代償を要求される。
俺は、かつてのロビンの言葉を思い出した。
『……時として、優秀な神官は処刑されました。何故か分かりますか?』
さて、あの時の俺はなんと答えただろう。思い出せない。だが、その後、ロビンが言った事は覚えている。
『事実を言ったからですよ。事実を言ったからこそ、彼らは焼き殺されたり、切り殺されたりされなければならなかったんです』
僅かに急所から外れているが、致命傷を受けた俺は、その場に力なく膝を折る。
ロビンが叫んだ。
「あーーっ! あーーっ!!」
うるさい。
いつもの事だ。俺は少しやり過ぎて、そのツケを支払ったまでの事だ。
喉の奥から、ごろごろと妙な音がして、俺は熱い血を吐き出した。
「ディートさん! ディートさん!!」
とても正気じゃ居られない。
そんな時、獣人は本性をさらけ出す。
「グオオッ! グオオオオオッ!!」
哭いている。
啼いている。
がきん、ごきん、と固いブロックを組み換えるような音がして、青い狼の女が目を覚ました。
遠ざかる意識の中、脳裏に閃いて消えたのは、白蛇のあの言葉だ。
『……青い狼の女。砂漠だ。死の砂漠を目指せ。そこで待つ……』
純鉄の短剣。神官殺し。
最初から俺を狙っていた訳ではないだろう。もしそうなら、フランキーかジナのどちらかが反応した筈だ。
俺は、いつものようにやり過ぎて……まあ、ろくな死に方をしないのは分かっていたが……
身体から神力が抜けて行く。この傷に、母の力は届かない。
だが、軍神と母の加護を持つ変わり種のあの男なら……或いは……
倒れ込む俺を見下ろして、マックスが狂ったように嘲笑った。
「レネ! お前が悪いんだ! どうだ! 思い知ったか!!」
……この狂信者が……
俺の意識があったのは、ここまでだ。
第三部『聖女』編終了します。読了、お疲れ様でした!
幕間『青い狼の女』に続きます。
ついに覚醒した狂信者。瀕死の悪魔神官と共に死の砂漠に入ります。舞台は砂漠へ。
ここまでで、面白かった、続きが気になるという方はポイントやブクマ等で背中を押してくれるとモチベーションが上がります。
長文、失礼しました。




