151 『大司教』コルネリウス・ジャッジ
グロ表現あり! グロ表現あり!
苦手な人はご注意下さい。
指先に、ぐっと力を込め、注射器の中の薬液をコルネリウスの身体に注入する。
「……こんなものか? やり過ぎると死んでしまうからな……」
まあ、物がモノだ。人体実験する訳にも行かない。だが、投薬直後、コルネリウスの視線はどろりと濁り……
まず、第一の質問。
「お前は誰だ。名乗れ」
「……コルネリウス・ジャッジ……」
まず、皆が知る事実を尋ねて自白剤が効果を発揮しているかを試さねばならない。
「年齢は?」
「七十八歳……」
「お前は男か、女か」
「……男だ……」
自白剤は正常に作用している。その前提で、俺は次の質問に移った。
「お前は神官じゃない。癒者でもない。そんなお前が、どうやって今の地位を手に入れた」
その質問に、ゲオルクを含めた帝国騎士や聖女、教会騎士たちも顔色を変えた。
ざわめき立つ周囲の様子に俺が激しく舌打ちすると、ゲオルクが一喝した。
「皆、黙れ! 今は話を聞く時だ!!」
その言葉に周囲が静まり返り、ゲオルクは小さく頷いた。
「すまん、大神官殿。続けてくれ……」
俺は短く鼻を鳴らした。
こんな事も見抜けないような馬鹿だから、逆印を負うような事になる。いざという時に間に合わない。
「馬鹿共が……」
なんの理由もなく、ここまでの事をするか。
そこで、折よくポリーらを伴ったルシールが戻って来た。
「ルシール、ポリー、丁度いい所に戻って来た。これから、コルネリウス・ジャッジを尋問する所だ」
「――ジャッジ!」
大司教コルネリウス・ジャッジの名に、ルシールは酷く険しい表情で頷いた。
◇◇
そこからのコルネリウスの話はこうだ。
コルネリウス・ジャッジは、現在七十八歳。
『大司教』の地位に上り詰めたのは、今から二十年前になる。その時の階梯は第二階。幾ら祈りを捧げようと、奉仕という実践を尽くそうとも、母のお告げはなく、その神力が第一階梯に上がる事はなかった。
飽くなき権力闘争の末に手に入れた地位が、このザールランド帝国の大司教という地位だった。
それでも、この帝国に第二階梯の神官はコルネリウス・ジャッジただ一人。
どの国にも寺院はあるが、第一階梯の神官を頂く事は、それだけ難しい。優秀な神官は、母の教えに忠実で、早死にする事が多いからだ。
コルネリウスは悩み、考えた。
この権勢を確固たる物にする為に何が必要かを考えた。そんな時、死の砂漠を越えたトリスタンの大司教から『焼き付け』の邪法を教わった。
「そのトリスタンの大司教の名前は……?」
「エンリコ……グレゴワール・エンリコ……」
つまり、コルネリウスは、トリスタンの大司教グレゴワールから『焼き付け』の邪法を教わり、第一階梯の神官……つまり『聖女』か『聖者』を人工的に造り出し、傀儡とする事でその権勢を確固たる物にするよう入れ知恵されたという訳だ。
そして、それが原因かどうかは分からないが、『聖女』を造り出して以降のコルネリウス・ジャッジは神官としての力を失った。
「……エリシャの他に、何人の聖女や聖者を造った……?」
「三人……」
重苦しい沈黙が続く。
コルネリウスのこの告白に、エリシャは勿論、ゲオルクや帝国騎士もそうだが、ルシールやポリー。偶然居合わせる事になった教会騎士たちも顔色を青くして耳を澄ましている。
「……全員が第一階梯の化物か……?」
その俺の問いには、恐るべき返答があった。
「いや……ちょっとした手違いから、『勇者』が生まれた……」
「……『勇者』だと?」
俺は疲れ、右手で顔を拭った。
その『人工勇者』は、俺の想像など遥かに超えた脅威だ。
尋問は続いた。
人工勇者の存在にゲオルクは激昂し、コルネリウスに対する尋問は苛烈なものになった。
その結果、以下の事実が判明した。
現在、この世界には二人の人工聖女と一人の人工勇者が存在する。
造られた怪物は、エリシャ・カルバート一人ではない。
俺は聖印を切って静かに祈る。
この帝国に、三人の怪物が訪れる事のないように祈る。
俺は、出る杭を一つ一つ叩いて回るほど暇ではないし、エリシャのような怪物を何人も相手にしていては、命が幾つあっても足らない。それは俺の手に余る。
ゲオルクは顔を赤くして激昂していた。
その様子からして、『勇者』というのは凄まじい脅威に成り得るのだろう。
場所は屋外だ。
ロビン、ルシール、ポリーを含めた四人の修道女。帝国の騎士に教会騎士たちも話の全てを聞いている。
「ゲオルク団長、そこまでだ」
「やかましい! クソガキゃあ! これが怒らずに居れるか!!」
「気持ちは分かる。だが、場所を考えろ……!」
そこでゲオルクはハッとして、気まずそうに辺りを見回した。
これは、国家機密に相当する事実だ。だが、それでもゲオルクの怒りは収まらない。
「最後の質問じゃあ。ジャッジ! その『勇者』の名前は! 何処に居る! 言え!!」
「……」
その問いの直後、コルネリウスの身体はブルブルと震え出した。
「どうした! 答えんかい!!」
「……」
だが、コルネリウスは答えない。嫌な予感。そのコルネリウスの顔がどす黒く変色する。
刹那、コルネリウスの黒目が反転して白目を剥いた。
「――!」
神官である俺には分からないが、コルネリウスに何らかの術か仕掛けがあるのだけは分かった。
大司教コルネリウス・ジャッジは、白目を剥いたまま、どす黒い顔色で言った。
「……エリシャ。可愛いエリシャよ。こんな時の為にお前を造ったんじゃ……何とかしておくれ……」
そこで、周囲の視線が一斉にエリシャに向く。
「……」
そのエリシャだが、コルネリウスが言葉を発した直後、こちらもどす黒い顔色になって白目を剥いた。
――ヤバい。
刹那が揺蕩う。
逆印によって失われた筈の神力がエリシャに集中し、額の逆印が包帯の上からでも分かるぐらい赤く燃えている。そこから発する痛みは尋常なものではない筈だ。
明らかに正気ではない。俺は慌てて制止するが――
「よせ! 止めろ!」
その正気ではないエリシャが、胸の前で指を組み、特殊な印を結ぶ。術を行使するつもりなのは明らかだ。そして――
『聖なる光』
エリシャは迷う事なく術を行使した。
止める間もない瞬時の出来事だった。
――ばんっ!
と大きな炸裂音がして、エリシャ・カルバートの頭は吹き飛んだ。
ピンク色の脳味噌と肉片が四散して辺りを汚す。
「…………」
俺は、顔面にこびりついた肉片を払いのけながら、静かに言った。
「……爺さん、俺は止めろと言ったぞ……」
まあ、邪悪な母の施した『逆印』がある状態で、無理に術を行使するとどうなるかはよく分かった。こいつは得難い情報だ。
「……」
吹き飛んだのは、十歳の少女の脳味噌だ。流石のゲオルクも、この結果に黙り込み……静かに項垂れた。
「いひっ!」
コルネリウス・ジャッジは笑っている。その顔には、最早正気の欠片も残っていない。
「いひひひひひひひ!!」
俺は大きく溜め息を吐き、この悲惨な顛末に言葉もない。
「爺さん、こういう事は慎重にやるもんだ。また一つ過ちを犯したな」
「……」
死神の手は誰も逃がさない。母の目を直視したエリシャ・カルバートは無惨な最期を遂げた。
俺は、この後味の悪い結果に短く息を吐く。
邪悪な母と目を合わせた時点で、ろくな死に方をしないのは分かっていたが、その死が、まさかこんなに早く訪れるとは思わなかった。
「……」
ふと思い出したのは、白蛇の残酷な笑みだ。ヤツは、こうなる事が分かっていて、エリシャが邪神と視線を合わせる事を止めなかった。
恨みや憎しみの感情はない。
白蛇の行動がなければ、或いはエリシャの術が発動し、俺たち全員が木っ端微塵になって吹き飛ぶという結果もあり得たからだ。
白蛇……あれも人の子だ。念を押したのは、おそらく『弟』の俺の為だろう。そう思うと、どうしても白蛇を恨む気になれない。
エリシャの死は人の思惑か。それとも神の定めし運命か……
「…………」
もう、ここで得られる物は何もない。俺は黙って神官服の裾を翻す。
意気消沈し、口を閉ざして項垂れるゲオルクに一つ助言しておいた。
「ゲオルク団長。速やかにコルネリウス・ジャッジの首を刎ねろ。また爆発されたら堪らん」
逆印のある大司教コルネリウス・ジャッジの首には利用価値がある。
それだけだ。
隔日更新に戻ります。




