134 賭場2
「まったく……」
パルマ入りしてからのルシールは、ワクチン製造と接種で大忙しだった。普段のストレス解消を兼ねて、特別に賭場で遊ぶ事を許可したのだが、そのルシールが熱くなって賽子賭博に血道を上げている。
「私の、この曇りなき眼が全てを見ていたのです!」
賭場で遊んでいる連中にしても、殆どがワクチンを接種済みでルシールの顔を知っている。
「いいぞ、姐さん! もっと言ってくれ!」
まぁ、賭場で遊ぶ修道女というのも珍しい。そのルシールを煽って楽しむ客の心理が分からない訳じゃないが……
「おい、コラ。このインチキ修道女」
俺は容赦なくルシールの尻を蹴飛ばした。
「あぁっ、ディート! よくぞ来てくれました!」
「やかましい」
何が曇りなき眼だ。物欲で曇り捲っているじゃないか。これも『悪戯好き』という妖精族とやらの特性が関係しているのだろうか。
俺は不機嫌甚だしい。
「お前のようなヤツを『賭場荒らし』というんだ。ちょっと来い」
俺は聖印を切り、周囲の面々に『ビジネススタイル』で対応する。
「すみません。私の手の者が、大変見苦しい所をお見せしました。皆様は、このままお楽しみ下さい」
「あぁ、ディート! そんなご無体な……!」
俺はルシールの耳を引っ張って、関係者専用の一室に移動した。
ちなみに、今日の俺たちは大忙しだ。
グレタとカレンは、まだワクチンを受けていない者にリスクとメリットを説明した上でワクチン接種を推奨し、無償でのワクチン接種に駆け回っているし、その他の面々は接客や裏方仕事に忙しい。
主催者側にありながら遊んでいる者は、ごく少数の限られた者たちだ。ルシールの場合、グレタとカレン同様、今は『客分』という扱いでアビーの元に身を寄せている訳だが……
「この俗物め。遊んでいいとは言ったが、本気で遊ぶヤツがあるか」
招待客の目を避けた一室で、ルシールは一頻り気炎を上げた。
「ディート! 賭場荒らしはアビゲイルさんの方ですよ! 『嵐の目』が三度も続くなんてあり得ません!!」
その『嵐の目』というのが何かは知らんが、アビーはツいているようだ。
「馬鹿め。お前は主催者側だろう。それがこの賭場の主催者であるアビーの足を引っ張るとは何事だ」
このルシールにしても、俺同様、遊ぶ為の『種銭』はアビーから出ており、負けてしまっても問題ない。招待客の手前、景気よく張って見せるのも仕事の内であるとは言ってあったが、それにしても程度がある。
「勝った分は、ポケットに入れてもいいって言ったのは、ディートじゃないですか!」
確かに言った。
ルシールの働きはアビーも認める所であるし、それぐらいのご褒美はあってもいいとのお達しだ。
「愚か者が。まだいい訳するか」
アビーからして見れば、主催者側に属するルシールから幾ら巻き上げた所で得にはならない。
「いい加減にしろ。ゾイも見ているんだぞ。熱くなって、恥ずかしいとは思わないのか」
呆れて首を振る俺の隣にはゾイも居て、複雑な表情でルシールを見つめている。
これには流石のルシールも口籠り、みるみる内に項垂れた。
そもそも神官の俺が居る以上、今日立てた場はイカサマなしの平手という事になっている。アビーの方も、初日から場を荒らすような真似はしない。
「お前は出禁だ。厨房に行け」
夜通し遊ぶこの場では、アビーが大盤振る舞いで料理も無償で提供している。以降のルシールには厨房で料理番として腕を振るってもらう。
「そ、そんなあ……」
俺に出禁を言い渡されたルシールは、余程悲しかったのか、涙目になって項垂れた。
そこで苦虫を噛み潰したような険しい表情の遠造がやって来た。
「おい、先生。早く場に戻ってくれ。あんたが消えて、一気に場が渋くなった」
なんと言っても初日だ。慣れた者が『見』に回ったのだろう。
「それと、カードの嬢ちゃんの負けが込み始めた。なんとかしねえと不味いぞ」
エヴァは素人だ。カードに関してはルールを知っているが、その程度の腕前でしかない。
「中穴狙いの玄人に抜かれてる。どうする?」
俺は鼻を鳴らした。
「胴元を洗え。遠造、すまんがお前がやってくれ」
場に設定したルールでは『廻り胴』も許可している。遠造は、待ってましたとばかりに笑みを浮かべた。
「段取り通り、今日、明日は適当に遊ばせてやってくれ。三日目は派手にやって構わない」
「だな。俺も久し振りだし、少し肩慣らしに遊ばせてもらうわ」
と不敵に笑う遠造だが、こいつは元を質せばスラムヤクザの出身だ。女共に請われて足を洗った所、アレックスにその腕っぷしの強さと抜け目なさを見込まれ『オリュンポス』に所属するようになったという過去がある。
「アビーはどうだ?」
「狐目の嬢ちゃんか? そっちは問題ねえな。平手でも、ここ一番の勝負に強い。向いてんだろうな」
「ふむ……」
『博徒』というヤツだ。
ヤクザの一種類ではある。『直感』に優れたアビーには、博徒としての才能があるのだろう。
しかし……と俺は考える。
人には向き不向きがある。真面目なエヴァには、博打打ちより商売の方が向いているかもしれない。
とすると、エヴァに向いているのは『的屋』だろうか。それなら『博徒』とは方向性が違う。将来的に縄張りがかち合う心配もないし、名案かもしれない。
一言で『ヤクザ』と言っても奥深い。稼業人と渡世人。道は別れるが、この二つは共存できる。
「ふむふむ……興味深いな……」
お互いに目指す所は『共存共栄』だ。ヤクザである以上、血を見る事もあるだろうが、それもまた一興だ。何が起こるか楽しみですらある。
ゾイが困ったものを見るように、目尻を下げて言った。
「……ディ。すごく悪い顔になってるよ……」
俺は請け合った。
「悪い事を考えているんだから、当然だな」
◇◇
遠造の助けもあり、三日間の賭場の営業は順調だった。
ある者は勝ち、ある者は負けて涙を飲む。イカサマは勝つ為に使うのではなく、負けが込み過ぎたヤツに時折饅頭を食わせる為に使う。まぁ、悪戯者を潰す時にも使うが。
程よく遊ばせ、程よく搾り取る。これも技量の内だ。三日間の賭場開帳が終わり、アビーはご機嫌だった。
遠造らに利息付きで借りを返しても十分に潤った。
さて、そんな中、俺は何かを感じ取る。不穏の気配。じくじくと痛む聖痕が期限切れ間近を告げている。
そして神官の『予感』は、良くないものほど良く当たるように出来ている。
間に合うか。
この俺の命運が尽きるのが先か、それとも聖女に辿り着くのが先か。
旧ベックマンの塒で開帳される予定の賭場に罠を張る。招待客は一度ベックマンの塒に入り、秘密の裏口から出て近所にある別の場所で遊んでもらう。
もしもの場合に備え、賭場に秘密の逃げ口があるのは当然の事だ。向こうも初日からそれを使うとは思っても居まい。
俺とルシールは旧ベックマンの塒に留まり、招待状を持たない招かれざる客を待ち受ける。
ルシールが言った。
「先に動くのはどちらでしょう。帝国でしょうか。それとも寺院でしょうか」
「俺としては、寺院のぼんくら共に期待している」
さて、先に俺の顔を拝むのはどちらの勢力になるだろう。どちらにしても歓待するつもりでいる。
その結果は全く異なるが。
楽しみに待ち受ける俺だが、ただ、一つ困った事がある。
「シュナイダーは、まだ来ないと思うよ」
「なぁ、師匠。シュナイダーって誰だ?」
賢いドワーフの少女と、不肖の弟子が離れてくれない。
「シュナイダーは教会騎士だよ。フランキーは逃げた方がいいんじゃない?」
フランキーは鼻で笑った。
「は、テメーこそ、とっとと消えろ。オレは死神の弟子だ。死神に従う」
「取り消せ。ディは死神じゃない」
アスクラピアの二本の手。
一つは癒し、一つは奪う。
俺が死神になるかどうかは、招かれざる客の対応次第になるだろう。