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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第三部 少年期『聖女』編
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131 裏切者

 さて、性格と思考に問題のある女、『魔術師』マリエール・グランデが宙に浮いている。


 マリエールは激怒するアレックスやアネットを嘲るように、宙に胡座あぐらをかき、ふわふわと浮いたまま、小さく首を傾げた。


「こっち、来いや! オラァッ!」


 筋肉ダルマは怒り狂っているし、自己中のアネットは据わった目付きで弓を持ち出し、窓から身を乗り出してマリエールに照準を定めている。


 その光景に俺が笑っていると、背後のゾイが、殆ど聞き取れない程の小声で呟いた。


「……あのエルフ、大嫌い……」


「……」


 ドワーフとエルフの種族相性は最悪だ。そして、マリエールの性格には問題がある。俺の知らない場所で、この二人の間には、何か不毛なやり取りがあったのかもしれない。


 不思議そうに首を傾げ、怒り狂うアレックスとアネットを見つめていたマリエールだが、流石に弓を持ち出したアネットには驚いたようで、その場から、ひゅうと空を飛んで逃げ出した。


「マリエール!」


 俺とは逆方向に逃げようとしたマリエールだが、その呼び掛けに反応して、こちらに飛んで来る。

 ふわりと俺の前に着地して、口元に微笑を浮かべた。


先生ドク、そろそろ来てくれると思ってた」


 アレックスたちには悪いが、俺にはこの状況が笑えるものにしか見えない。


「うん、具合はどうだ?」


「変わらない。ちょっと胸が小さくなったような気がするけど、それだけ」


 今の俺は、以前よりずっと優れた神官だ。それに伴って、マリエールに施す祝福も強力だ。完全な治癒には五年程の時間を見込んでいたが、それより早い完治が望めるかもしれない。


「ふむ、腫瘍が小さくなったのかもしれないな。診せてくれ」


「うん」


 頷いたマリエールに伴われ、ゾイ、フランキー、ジナを引き連れて宿に入ると、宿屋の親父が慌てて飛び出して来た。


「これは、親分の所の……!」


 パルマは既にアビーの掌中にある。この宿屋の主人にしても、とうの昔に天然痘のワクチンを接種している。アビーや俺に恩があるという事だ。


 そこで俺は素早く『ビジネススタイル』に切り替えて応対する。


「ああ、親父さん。ご無沙汰しています。賑わっているようですね」


 人口の逆流入が始まり、今のパルマは経済的に賑わっている。この宿屋も例外ではない。親父は揉み手で俺にすり寄って頭を下げる。


「へへ、これも親分さんと神父様のお蔭です」


 正確には、今の俺は『神父』などではないが、一般人から見た神官は、全員『神父様』だ。一々訂正する気にもなれず、俺は左手で軽く聖印を切る。


「何か困った事はありませんか?」


 そこで、当然親父は困ったように目尻を下げる。


「へえ、今、とんでもない客が来てまして……」


 さもありなん、勿論ドブ臭いA級冒険者の二人組の事だ。


「分かりました。私が対処致します。親父さんは下がっていてください」


 この厄介払いもアビーの組織……延いては俺の仕事の内に入る。


「所で、親父さん。近々、アビゲイルが賭場を開く事になります。是非、遊びに来て下さいね」


「えっ……?」


 まぁ、ちょっと巻き上げてやると言ったようなものだ。親父は鋭く気付き、さあっと顔を青くしたが、この誘いを断る事は出来ない。現在のアビーの名前には、それを強制する圧力がある。

 これはビジネスだ。俺は、にっこり笑った。


「勿論、来てくれますよね」


「そっ、そりゃ勿論でさあ……!」


「安心して下さい。開かれる場では、私も遊びますので……」


 神官おれには『公正』の戒律がある。つまり、賭場ではイカサマの類いはやらないという意味でもある。

 それを聞いた親父は、現金な笑みを浮かべた。


「へえ! 神父様もお遊びになさる! そいつは安心でさあ!」


 まぁ、俺が居ない間は知ったこっちゃないが。勿論、俺はそんな事など尾首にも出さず、笑みを浮かべて頷いて見せた。


「よおし! よおし! やるぞ! やってやる!!」


 この宿屋の親父にしても、多少はマシな人間だが、スラム街出身である事には違いない。それなりに悪い遊びもするという事だ。

 そして、イカサマのない場では勝利は時の運。

 気合いを入れる親父に、俺は聖印を切る。


「後で招待状を送ります。幸運を」


「しゃあっ!」


 まあ、こんな感じで客を集める。今頃はアビーやエヴァの方でも似たような事をしているだろう。


 そこで折よく、ドブ臭い冒険者二人組が二階へ続く階段を降りてやって来た。


「逃がさねぇ、マリエール!」


 どかどかと足音も荒く階段を駆け降りて来た二人だったが、俺の顔を見るなり、目を丸くして仰天した。


「って、え? ディート?」


「久し振りだな」


 俺は指を鳴らして、アレックスとアネットの二人を祝福で浄化してやる。これでドブ臭い冒険者二人組が小綺麗な冒険者二人組になった。


「……」


 アレックスとアネットにしてみれば、天然痘のワクチン接種の為にこのパルマにやった来たのだろうが、こんなに早く俺に会うとは思っていなかったのだろう。

 暫くの沈黙があった。


「下水道は大変だっただろう。だが、先ずは落ち着け。話は俺が聞いてやる」


 更に指を鳴らして回復効果のある祝福を与えると、宿の中にキラキラと銀の星が舞う。


 以前はエメラルドグリーンだった輝きが、今は銀色になっている。勿論、以前よりずっと高い回復効果がある。


 そこで二人は毒気を抜かれたのか、俺の背後のマリエールに、やれやれと首を振って見せ、大きな溜め息を吐き出した。


「ディート♡」


「うわっ!」


 いきなりアネットのヤツが抱き着いて来て、俺は仰天した。


「ディート♡ ディート♡ 会いたかったよー♡」


 等とのたまうアネットが頬擦りして来るが、馬鹿力で振りほどく事が出来ない。


「くそッ、離せ! 離せと言っているだろう!!」


 ゾイやフランキーも慌てていたが、『オリュンポス』の名前は伊達じゃない。有名人相手に二人は手を出せないでいたが……

 ここには怖いもの知らずが一人いる。

 ジナだ。

 ジナは喉の奥で唸りながら、アネットの肩に手を掛けようとした所で、アレックスがその手首を掴んで制止した。


「……なんだ、この頭の悪そうなヤツは……」


「俺の護衛だ。くそッ! アレックス、アネットに離れるように言え!」


 アレックスはジナの首を掴み、無表情で持ち上げた。


「ディート、護衛なら、もっと使えるヤツにするんだね。アネット、離れな」


 アレックスはそう言って、無関心にジナを投げ捨てた。


「ふうん……そこのドワーフは前にも会ったね。もう一人は知らない顔だ……」


 『オリュンポス』のアレックスは有名人だ。フランキーは頬を紅潮させ、嬉しそうに言った。


「お、オレはフランチェスカ。フランキーって呼ばれてる……」


 アレックスは首を傾げ、無遠慮にフランキーを睨み付け、値踏みする。


「ハイエナ種。小狡そうな顔をしているな。ディートとは、どういう関係だ?」


「で、弟子です……」


 フランキーを値踏みするアレックスの表情は酷く冷淡だったが、『弟子』と聞いて目を剥き、次に大爆笑した。


「よりによって? この悪魔神官に? オメー、マジか?」


「み、皆からも、そう言われました……」


「だろうな!」


 アレックスは、正に抱腹絶倒の勢いで大笑いした。


「へへ、そういう事です……」


 しかし、フランキーの敬語は珍しい。俺には使う事があるが、それだって冗談半分のものだ。アビーには使った事すらない。怖がるというより、アレックスに憧れているようだ。


 そこで、起き上がったジナがアレックスに飛び掛かろうとしたが、それは俺が制止した。


「よせ、ジナ。知り合いだ」


「……」


 それでも警戒を絶やさず、唸り続けるその様は正に番犬だ。アビーがスカウトした訳がなんとなく理解できた。


 まぁ、何はともあれ。


「よく来たな。二人共。会えて嬉しい。積もる話もある。とりあえず部屋に行こう」


 アレックスは小さく息を吐き、続いて真剣な表情になった。


「……そうだね。そうしようか。こっちも色々と話があるんだ……」


「うん? ワクチンを受けに来たんだろう? 違うのか?」


 意外そうにする俺に、アレックスは難しい表情で首を振って見せた。


「それもあるね。でも、他に大事な話もあるんだ。しかも急を要する」


「急を要する…………なんだ?」


 アレックスは言った。


「あんた、ちゃんと連絡取ってるかい?」


「何の事だ?」


「聖エルナ教会が、寺院に警告もなく襲撃されたんだ」


 その瞬間は、頭に冷や水をぶっかけられたように感じた。


「……なんだと?」


 聖エルナ教会と最後に連絡を取ったのは三日前だ。新しく開発した安全性の高いワクチンを人数分送った。それが……


「襲撃されただと……?」


 その表現は穏やかではない。今の俺は離脱しており、聖エルナ教会には行動の自粛を命じてあるが、それ自体は天然痘が蔓延するアクアディでは不自然な行動ではない。


「今のアクアディは地獄さ。このあたしが逃げ出すぐらいにはね。でも……」


 アレックスは『腕組み』の格好になった。


「ここじゃ、その疫病が終息に向かってるってのは、橋の向こうじゃ凄い噂になってる。やったのは、あんただろう? そんな事が出来るのは、あんたしか居ないんだから」


「……」


 俺は唇を噛み締めた。


「えっと、その……わくちん、だっけ? ポリーさんから連絡があってね。あたしは、そのわくちんとやらを聖エルナ教会で受けようと思ったんだけど、その前に寺院に襲撃されちまったんだ」


 だが、寺院には、それを知りようがない筈だ。況してやワクチンを送った直後に襲撃を受けるとは……


「やったのは教会騎士さ。その指揮を取ったのが誰か聞いたら、あんた、おったまげるよ」


 俺は強い怒りに震えた。


「……言うな。聞かずとも分かる……」


 あの狂信者キチガイが……!


 やったのは、ロビン。


 教会騎士、レネ・ロビン・シュナイダーだ……!!

これにて『アスクラピアの子』第三部は折り返しとなります。

悪魔神官に粘着する狂信者がまさかの凶行。

当然、激昂する悪魔神官。狂信者の運命や如何に!

面白い、続きが気になるというユーザー様は、ポイント評価、ブックマークなどして頂けると大変励みになります。よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロビンからしたら押しかけカルト女房したけど 途中で合意して騎士になったのに 三行半出されたからな
[良い点] 3部・上、読了。1部2部と同じくらい面白かった。 [一言] 3部・下でいよいよ聖女と対決か!
[一言] >「……許さない……ディートハルト・ベッカー……後悔させてやる……! 絶対に許さない……!!」 泣いて縋っていたのしか印象に残って無かったので今回の襲撃行動はどういう思考回路でそうなった?と…
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