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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第三部 少年期『聖女』編

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127 ヤクザのお仕事1

 パルマでの『刈り取る死』より、一ヶ月の時が経過している。


 ベックマン、ブラームス、ギュンター。このパルマを牛耳っていた巨大な三つのスラムヤクザの組織が消え去り、その組織にて奴隷として商品化されていた人員を吸収し、アビーの快進撃は続いている。


 さて、問題とされていたワクチン接種だが、順調に進んでいる。


 この砂の国『ザールランド』に『牛』は存在しない。だが牛痘ウイルス自体は、元々馬痘ウイルスが牛に伝播したものと考えられている。『馬』より馬痘ウイルス……『ワクチニアウイルス』を取り出し、これを用いる事でより安全性の高いワクチン製造に成功した。


 一ヶ月の時間を経て、パルマでの天然痘は終息しつつある。撲滅は時間の問題でしかない。


 一方で、現在の『アクアディ』の街では天然痘が猛威を振るっている。


 ザールランド帝国がパルマを切り離したのではない。この俺の手により、パルマがザールランドを切り離したのだ。


 帝国と寺院がその事実に気付いた時、事態は動く。


 まだ帝国も寺院も、その事実に気付いていない。


 そして俺は、快進撃を続けるアビーの下でヤクザの真似事をやっている。


◇◇


 皆殺しにした三つの組織から吸収した人員が二十人。出戻りの人員が五人。アビーは俺が持ち帰った潤沢な資金を元手に、手当たり次第、部下を増やしている。


 そしてワクチン接種が進み、天然痘の終息が近付いたパルマでは人口の逆流入が始まった。


 天然痘終息を聞き付けた人々が、俺がやったように下水道を通って連日のようにパルマにやって来る。


 貧乏通りは人で溢れ返り、以前より更に賑やかさを増した。


 女王蜂アビーは大忙しだ。

 喧嘩が起こればチンピラ共を叩きのめし、商人共が揉めれば手打ちの段取りを組み、と右に左に忙しい。


 ベックマン、ブラームス、ギュンターの残した縄張りは、新たに力を増したアビーの縄張りに吸収され、最早その勢いは誰にも止められない。現在のパルマはザールランド帝国の手を離れている。アビーの率いる組織がこのパルマの治安機構と言っていい。

 そのアビーには、何もなくとも数多くの来客が訪れ、昼も夜も関係なく用件を押し付ける。


「ああ、くそッ! あたしにゃ寝る権利もないってのかい!?」


 俺もワクチン製造と接種を進める中で忙しい。忙しいという事にしている。だが、この日のアビーはおかんむりで、俺を長屋の一室に呼びつけた後は一頻り愚痴を垂れ流した。


「組織がデカくなるのはいいさ。出てったヤツらも戻って来た。それもいいだろうさ」


「金もあるだろう。もう、お前の邪魔をするヤツは居ない。何をカリカリしている」


 アビーは最近買った豪勢なソファに深く腰掛けたまま、ぎろりと俺を睨み付けた。


「金? 全っ然、足りないねえ!」


 今のパルマではあらゆる物資が払底していて、それが食料の高騰を招いている。人口の流入に伴って持ち込まれる物資もあるが、今は増え続ける手下の生活を維持するだけで精一杯というのがアビーの不満のようだ。


「アビー。お前が、そんな無駄に高価でデカい椅子を買うからだろう」


「ああ!? 親分らしく、もっと偉そうにしろって言って、この椅子を勧めたのはディ! あんただろう!!」


 親分ボスにはそれらしい風格が必要だ。確かにそんな事を言った。


「分かった分かった……俺が悪かった。だから、超音波を出すな……」


「なんだってえ!?」


 その後のアビーの説明では、俺が持ち込んだ金貨二百枚はとうの昔に使い切っており、今はブラームスとベックマンが溜め込んでいた金と食料を使ってなんとか糊口を凌いでいるというような有り様というのが実状のようだった。

 アビーは苛々と赤髪を掻き回した。


「くそッ! ギュンターのねぐらしちまったのは失敗だった!」


「過ぎた事を言うな。後悔しても仕方がない」


「だったら、あんたも何かいい案を出しな、No.2!」


「俺はワクチンの普及に忙しい。他を当たれ」


「……」


 アビーは不機嫌さを隠さず、思い切り眉間に皺を寄せた。


「……あたしゃ、知ってんだよ。そっちの方は妖精族の姐さんに任せきりで、最近のあんたと来たら、部屋に籠って瞑想だのお祈りだのにうつつを抜かしてるそうじゃないか……」


「……」


 くそッ! 誰だ、チクったのは!!


 気まずくなり、目を逸らす俺の様子を見て、アビーはフフンと鼻を鳴らした。


「さぁ……この怠け者をどうしてくれようか……」


「ちっ、分かった。金だな? どうにかするから、そう尖るな……」


「ディ! あんた、今舌打ちしたね!?」


 我らが女王蜂陛下はおかんむりだ。


 一頻り超音波攻撃を受けた俺は、頭を捻って考える。


「さて、金か……」


 アビーはヤクザだが、組織の掟として様々なルールを作った。


 麻薬、売春、強盗、殺人。特にこの四つをアビーは許さない。だからこそ、この周辺の商人たちがアビーに寄せる信頼は大きい訳だが……ヤクザとしては駄目な部類に入る。


 今の主な収益は、長屋の賃貸料と揉め事の仲裁料。他には用心棒の真似事をしたり石鹸の売買をしたりなんかもしているが、そっちの方は微々たるものだ。

 俺は言った。


「それじゃ、ヤクザらしく賭場でも開くか……」


「賭場……へぇ、あんたの口からそんな言葉が出るとはねえ……」


 先程まで激昂していたアビーだが、現金な事に、すぐさま笑みを深くしてソファに寝そべり、面白そうに話の続きを待っている。


「まぁ、今のパルマは娯楽が足りんからな。ちょっとしたガス抜きも兼ねた遊びだ」


「ふむふむ……それはいいね!」


 まぁ、幾ら綺麗事を並べた所でヤクザはヤクザだ。アビーも賭け事までは否定しない。


 そもそもパルマはスラム街だ。元の治安の悪さも去る事ながら、今は隣接する街全ての道を封鎖されていて、ザールランドの憲兵もやって来ない。


「どうせだ。やるなら派手に行こう」


「……というと?」


「二つ、一気に賭場を開く。一つは、アビー。お前のお膝元。ここだ。ここでやる」


「そいつは当然だねえ」


 いつの時代、場所に関わらず、『賭場』というのは胴元が勝つように出来ている。アビーはご機嫌だった。

 問題は、もう一ヶ所の賭場だ。


「もう一つは、エヴァのヤツにやらせよう」


「……あの性悪猫に……?」


 酷い言い様だが、ここ最近の忙しさで一番貢献しているのが、そのエヴァだ。

 アビーは険しい表情で言った。


「駄目だ駄目だ駄目だ。あたしゃ、あの性悪猫が嫌いなんだ。あいつが何度やらかしたと思ってんだ」


「あいつは良くやっている。お前が今、愚痴って居られるのもエヴァが頑張っているからだろう」


 アビーは渋々といった感じで頷いた。


「まぁ、そうだけどさ……」


「そういう事だ。アビー、これからだ。これから、更に俺たちはデカくなる。そうすると、どうしてもお前一人では手が回らん所が出て来る。分かるな」


「……」


 既にそうなりつつある。痛い所を突かれたアビーは、仏頂面で黙り込んだ。


「エヴァは……まぁ、あいつは排他的な所が駄目だが、頭もキレるし腕も立つ。お前に対しても従順だ」


「……まあね」


 この天然痘の危機でも、エヴァはアビーを見捨てて逃げ出す事はしなかった。そのエヴァを信用出来ないというなら、アビーの器量はそこまでだ。


「取り分は七対三。アビー、お前が七。エヴァが三。諸経費はエヴァ持ち。それでどうだ」


「……まぁ、悪かないね……」


「本当は、もう一ヶ所ぐらい賭場を開きたいとこだがな……頭を張れる人材が足らん」


「……」


 アビーは難しい表情で頷いた。


 アシタやゾイを欠き、エヴァ以外で集団の頭を張れる人材となると限られる。ただ、性格や性質はともかく、能力だけはその責務に耐え得ると思われる人材が一人居ない事もないが……


「それとも、フランキーにもやらせるか?」


 アビーは鼻で笑い飛ばした。


「はッ、冗談じゃないね」


「じゃあ、決まりだな。当然だが、アビー。賽子さいころは振れるだろうな?」


 この場合の『賽子を振る』というのは、ただ賽子を振る事じゃない。イカサマ出来るかという意味だ。

 アビーは当然といった感じで頷いた。


「任せな」


「よし、上等だ」


 このようにして、俺たちはヤクザらしくヤクザらしいシノギに手を出す事になった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ま、まぁ賭博の胴元の取り分を寺銭というから、神官が賭博を仕切っても問題ない…のか?
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