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アスクラピアの子  作者: ピジョン
閑話

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悪の流儀

 ディートハルト・ベッカーは、アスクラピアがゾイに遣わした天使だ。


 第一印象は、細くて柔らかくてか弱い。だから、ゾイはうんと可愛がってやろうと思った。


 でも、酷く無機質な所がある。ディは誰にも関心がない。ゾイが特別で居られるのは、ディが神官の『宣告』を受ける前から好意的であったからだ。本当にそれだけしか理由がない。でも、それがディには大きかった。


「ゾイだ。ゾイを付けてくれ」


 ゾイは寡黙なドワーフの少女だ。カマトトぶってはいるが、飾り立てる事は知らない。


 ゾイは、迷わず己を選んだディの性分が好きだった。堂々としていて、嘘や誤魔化しがない。はったりでなく本気で物を言う。

 実際、アシタには言った。


「お前はいらん。ゾイ一人で充分だ」


 この言葉に、ゾイは目眩がするほど痺れた。


「ゾーイは、ディのものって事で、いいんだよね……?」


「ああ、そうだ」


 ディには嘘や誤魔化しがない。いつだって明瞭な意思表示をする。ゾイは、そこも非常に好ましく感じるのだ。


 ディートハルト・ベッカーは、アスクラピアが遣わした天使だ。


 地獄のような『下水道』での生活から、あっという間にゾイたちを引き上げた。


 小金目的でケチな悪事を働く必要がなくなり、ゴミ箱をあさって誰かの食べ残しを集める事もなくなった。


 メシ炊き女をやっていれば環境の変化はすぐ分かる。扱う食材が違う。まともに食べられる物ばかりだ。どれだけ酷い生活をしていても、下水道での生活より遥かにましだ。それは、あの意地悪いエヴァですら認める所だ。


 だから、アビーの元を飛び出したディを追って、ゾイが聖エルナ教会に行くのは自然の成り行きだ。


 教会騎士のシュナイダーは大嫌いだ。


「ディートさん。馬車に乗ったって、馬に乗ったって、浮浪児は浮浪児です。信用できません」


 シュナイダーは、孤児をゴミ扱いするその他の大人と変わらない。


 でも、ディはゾイをはっきりと『贔屓』している。


「ロビン……この差別主義者レイシストが……!」


 この時のディは、本気でシュナイダーを殺そうとした。『雷鳴』の前兆には、ゾイも命の危険を感じたほどだ。


 ゾイは、己の為にこれほど怒った者を知らない。


◇◇


 ルシール・フェアバンクスとの出会いは僥倖ぎょうこうだった。


「それでは、その子は私が預りましょう」


 一見して厳しそうな風貌。

 でも嘘つきだ。光り物が好きだ。そして悪戯好きだ。妖精族の血を引く修道女シスタ

 ルシールには、はっきりと言われた。


「ゾイ、貴女には癒者としての才能はありません」


「はい……」


 分かっていた。ゾイは既に『戦士』のクラスを得ている。幾らアスクラピアを信仰しても、それは変わらない。才能は生まれつきのものだ。だが、戦士としての在り方は変えられる。


「ゾイ、誰よりも強くなりなさい」


 修道女シスタが弱いなどと、誰が決めた? ルシールからは、ずっしりと重いメイスを与った。


「戦う修道女シスタになるのです」


 それがルシールの教えだった。


「はい、先生。分かりました」


「よろしい」


 ゾイは辛抱強く、真面目なドワーフの少女だ。聖エルナ教会に所属するようになり、日々を修道女見習いとして過ごす傍ら、戦闘訓練も積んでいる。


 『修道女シスタ』の種類は二つある。


 ルシールやポリーのような『癒し』を使う者だけの存在を指すのではない。癒しの力を持たずとも、悪魔祓い(エクソシズム)を得意とする修道女シスタも存在する。


 ゾイが目指すのは悪魔を祓う者(エクソシスト)だ。今はまだ未熟だが、極めれば『教会騎士』にだって負けない。


 『ドワーフ』は、アスクラピアとの親和性が高い。祈りを重ねれば、アスクラピアは必ずそれに応えてくれる。癒しを身に付ける事は無理でも、悪魔を祓う者(エクソシスト)としての才能は必ず開花する。


 悪魔を祓う者(エクソシスト)になれ!


 ルシールが、ゾイに求めるものはそれだ。


 『悪魔を祓う者(エクソシスト)』になれば、教会騎士のように特定の神官に仕える事も珍しい事じゃなくなる。堂々とディの側に居られる。


 ルシールは、いつもゾイが知りたい事を教えてくれる。


「要するに、ゾイ。『神官』というのは、悪魔祓いと癒しの二つを行う者……謂わば、私たちの上位互換です」


 ルシールの教えを得て、ディの存在は、ぐっと近いものになった。少なくとも、ゾイにとって、決して付いて行けない存在ではなくなった。


 屈強である事。辛抱強い事。真面目である事。この三つが『ドワーフ』の強味だ。そこにアスクラピアとの高い親和性が加わる。


「ゾイ。貴女には才能があります」


 『癒者』のクラスを得る事は不可能だが、戦士として『悪魔祓い(エクソシスト)』のクラスを得る事は可能だ。


「貴女はまだ幼く未熟ですが、それだけに成長の余地があります」


 ルシールの適切な『教育』により、ゾイの『方向性』は定まった。


◇◇


 どのような組織にも暗部はある。寺院に於いては、『教会騎士』や『悪魔祓い(エクソシスト)』がそれに当たる。

 『神官』や『癒者』が陽の存在なら、『教会騎士』や『悪魔祓い(エクソシスト)』は陰の存在だ。仕事には暴力的な汚いものも含まれる。


「ゾイ、貴女の道は長く厳しいものになるでしょう。辛い思いをしても、報われない事が殆どです。その覚悟がありますか?」


 ゾイにとって、ルシール・フェアバンクスは尊敬すべき教師だ。進むべき道を示してくれた。


「はい、先生」


 ディの側に居られる事。それがゾイに得られる最高の報酬だ。いずれ、ゾイは自然な形でディのものになる。それは汚い仕事をしていても変わらない。汚れれば汚れるほど、ディはゾイの為に心を痛める。その夢想は、ゾイにとって、あまりにも苦くて甘い。


 文字の読み書きに始まり、礼儀作法、戦闘訓練。アスクラピアとの親和性を高める為の祈り、瞑想。そして規律厳しい生活。あまりにもやる事が多過ぎて、ディの側にも居られない。それは、辛抱強いドワーフのゾイをして心を削る生活だった。


「やってらんねーよ」


 とは、教会騎士シュナイダーの従卒としての道を選んだアシタの言葉だ。

 アシタもまた、この聖エルナ教会で規律厳しい生活を送る傍ら、文字の読み書きや行儀作法の教育を受けている。ゾイと明確に違うのは、アシタの場合、その身柄を預かるのが教会騎士シュナイダーである事だ。


「……アシタは、将来は教会騎士になるの……?」


「え、あたいが? ロビン姉ちゃんみたいになるの? マジで……? やだなあ……」


 アシタが、また中途半端な事をやっている。というのがゾイの認識だった。だから、大事なことを聞き逃してしまう。


「……あたいは、教会騎士にはなんねえよ。ディも、そんな事は望まねえだろうし。あたいがなりたいのは……」


 アシタは不真面目だ。

 鬼人オーガという種族の性質的な問題もあるが、アシタの場合、スラムでの生活習慣がどうしても抜けない。

 恐ろしい教会騎士シュナイダーの言うことは真面目に聞くが、修道女ルシールの言うことは適当に聞き流す。礼儀作法や読み書きの勉強はサボりがちで、居眠りしている事も珍しくない。


「……」


 ゾイは呆れて首を振った。これは、いずれ大きな差になるだろう。


 ゾイは典型的な『ドワーフ』の少女だ。屈強で辛抱強く、真面目だが、その反面で融通が利かない。よく言えば一途だが、悪く言うと頑迷だ。


 そして、ささやかな事件が起こる事になる。


 グレタとカレンという二人の修道女シスタが、ルシールとシュナイダーの目を掻い潜り、司祭ディの居室に訪れた。


 これは重大な規律違反だ。

 ディが十歳の少年で、弱い人間という種族である事を考えると、二人のした事は許せない。害意がある事が明白であった為だ。実際、ルシールはそれを赦さず、二人に還俗げんぞくを言い渡そうとしたが、それをすんでの所で制止したのがディだ。


 それから紆余曲折あり、グレタとカレンの二人は市井しせいでの奉仕活動が命じられる事になったが……


 聖エルナ教会の居住塔の天辺てっぺん。人目を避けた鐘楼で、グレタとカレンの二人が半殺しの憂き目に遭って転がっている。


「ねえ、ディに何をする気だったの……?」


 ゾイは静かに言って、グレタの髪を持ち上げた。

 ふわふわの髪。『羊人』だ。特に腕力に優れた種族ではないが、二人居れば人間の子供程度なら楽に殺せる。そのつもりがなかったとしても、充分な脅威だ。教会騎士と助祭の目を掻い潜り、ディの元へ訪れた二人に、全く害意がなかったとは言わせない。


「……もう、やめとけって、ゾイ……」


 疲れたように言うアシタの様子に、ゾイは首を傾げた。


「……教会騎士シュナイダーは、殺せって言わなかったの……?」


「言ったよ。言った。確かにロビン姉ちゃんはそう言ったよ。でも、ディがそれを許す訳がないだろ」


 そうだ。だからこそ、教会騎士シュナイダーはルシールに事を任せた。ディの勘気に触れる事を嫌ったのだ。


 そしてルシールは、グレタとカレンを放逐しようとした。ゾイにしてみれば当然の処置だったが、ディが制止してしまった。

 ゾイは言った。


「アシタはさ、何も分かってないよね」


「あん?」


「これは、教会騎士シュナイダーの仕事だよ。教会騎士シュナイダーは仕事をサボってるよ」


 グレタとカレンには明確な罰が必要で、ディの処置は甘過ぎる。本来は教会騎士シュナイダーが手を下すべきなのだ。


「……」


 腕組みした格好のアシタは答えず、小さく舌打ちして顔を背けた。

 ゾイが正しいからだ。


「さあ、グレタちゃんにカレンちゃん。自分で傷を治して。もう少し、ゾイと遊ぼうよ」


 殺しはしない。それはディの意思に逆らう事になる。ただ、二度とおかしな事を考えないよう、徹底的に痛め付けるだけだ。


 悪には悪の流儀やりかたがある。


 ゾイは、それを知っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんかボクっ娘の猫耳キャラ読んだことあんなヤンデレ多いなと思ってたら同じ作者さんでしたか…
[良い点] 面白いです。 [気になる点] 兄とのリアル再会がどうなるか楽しみです。
[良い点] 更新感謝! [一言] ゾイのこういう所結構好き
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