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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第二部 少年期教会編
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104 凱旋

「飽きた。そろそろ起きろ、アレックス」


 欠伸混じりに指を鳴らすと、覚醒の術の効果により、アレックスは目を覚ました。


「あ、ああ……う……」


 限界を超え、文字通り鬼神となって戦ったアレックスの消耗は大きい。覚醒したものの、呻くだけで立つ事も喋る事も出来ない。


「俺が居て良かったな」


 本来、後遺症を残してもしょうがない程の強化を行ったアレックスだが、その消耗も今の俺なら癒す事が出来る。


「お前は、本当に運がいい脳筋だ」


 パチンと指を鳴らすと身体が銀色に輝きを放ち、アレックスは大きく身震いした。


「……ん? おぉ、てっきり死んだと思ったけど、生きてるね……」


 俺は頷いた。


「素晴らしい戦いだった。お前を見込んだ俺の目に狂いはなかった」


「え、マジ? あたしってば、死ぬの?」


「……何故そうなる……」


 俺は呆れて首を振り、アネットは何故かドヤ顔で俺を見た。


「ロビン」


 続けて、俺に忠実な狂信者を蹴飛ばして覚醒を促す。戦闘の最中、兜が吹き飛んだコバルトブルーの髪の間から、ぴょこんと犬のような耳が伸びている。アレックスにしたように覚醒の術を使ってもよかったが……


「……なぁ、これは……獣人って事だよな……?」


 アレックスは眉を下げ、何とも言えない表情で俺を見た。


「……それは、見なかった事にしてやりなよ……」


「何故? 別にいいじゃないか。俺は種族で誰かを差別するような事はしない」


「あんたは鈍いねえ。隠してたんだから、そこは察してやりなよ……」


「何を?」


 アレックスは溜め息混じりに首を振り、アネットは呆れたように肩を竦めた。


 今回、ロビンは本当に良くやった。もう少し寝かせておいてやりたい。


「……まぁ、無理ないね。ずっと、あんたを庇ってたんだ……」


 確かにそうだ。前に出て、一挙にヒュドラ亜種の攻勢を請け負ったロビンが居たからこそ、俺は無事でいる。それがなければ、戦乙女ヴァルキュリアの防御があったとはいえ、俺は死んでいただろう。

 アレックスが、ぽつりと言った。


「……ムセイオン出身か……」


「なんだ、それは」


「獣人の戦士を養成する施設さ。今、生きてるのが不思議なぐらいのとんでもない所だよ」


「そうね……」


 頷いたアネットは、何故か憐れむようにロビンを見て、目尻を下げた。


「……あんた、その教会騎士のこと、大事にしなさいよね……」


「分かった」


 例え、こいつが頭のおかしい狂信者で残念なヤツでも、俺の為に死力を尽くして戦った事には違いない。


「それより、アレックス。持って行け」


 俺は床に転がるヒュドラ亜種の巨大な首を一つ、アレックスに向かって蹴飛ばした。


「おお、いいね~」


 ヒュドラ亜種の討伐は達成した。その証明として持ち帰るのがこの首だ。そして――

 目の前に、ダイヤモンドの装飾で光り輝く宝箱がある。

 俺は興奮した。


「よし、アネット。開けてくれ」


 ダンジョンと言えば宝箱。宝箱と言えばトラップだ。この面子で唯一宝箱の罠解除のスキルを持つのがアネットだ。

 だが、アネットは首を振った。


「え、嫌よ。この階層の宝箱でしょ? エンゾならともかく、私は罠解除って、そんなに得意じゃないもの」


「なんだと? この器用貧乏がっ」


「なんですって?」


 そんな俺とアネットのやり取りを、アレックスはニコニコ笑って見つめている。


「ディート、あんたが開けられないのかい?」


「俺は便利屋じゃない。そんな事まで出来るか」


 残念ながら宝箱は諦める事になり、その後は、俺の変化した髪と瞳の色について尋ねられた。


「……んで、ディート。あんた、変わったねえ……」


 俺は鼻を鳴らした。


「それは、お前らも同じだ。あの三匹をったんだ」


 そう。ヒュドラ亜種という神話種の魔物を三体も打倒したのだ。膨大な魔素は、俺だけじゃなく他の面子も明らかに強くする。


「まぁ……そうだね……あたしらも、もう普通じゃないね……」


 アレックスは自らの掌を見つめ、一頻り感慨に更けるようだった。


「うう、ん……」


 そこでロビンが目を覚ました。


「……!」


 宛もなくさ迷う視線が俺を捕まえたかと思うと、たちまち身体を起こし、その瞬間には獣耳が消えている。


 『超能力』は不思議能力だ。

 魔術でもなければ、俺が使うアスクラピアの術とも違う。簡単な所では他者を魅了して交渉を有利にしたり、失せ物や特定の個人を探し出したり出来る。極めれば『未来』を見たり『奇跡』を起こしたり出来るらしいが、その全貌は謎に包まれている。一瞬で獣耳を隠してしまった『擬装』もその一つだろう。

 覚醒するなり、ロビンが叫んだ。


「ディートさん、無事…………なんですか!? その髪と瞳の色は!」


 ロビンは変化した俺の容貌に目を剥いて、宝箱の存在には気付きもしなかった。


◇◇


「『奪う手』ですか……」


 俺が『神話種』を吸収したと告げた時のロビンの表情は、酷く複雑なものだった。


「寺院に行きましょう。下らない奴等の巣窟ですが、必ずディートさんの症状を緩和する事が出来る筈です」


「病気じゃない。実に快適だ」


 俺という『器』は、既に第一階梯とかいう誰かの定めた基準に収まらない。


「似たようなものです。貴方の力は……大き過ぎる……」


 俺は鼻を鳴らした。


「誠に結構だがな」


 アスクラピアがやれと言ったのだ。地上うえの地獄には、これぐらいでなければ通用しない。そういう事だ。


「……」


 そして――

 宝箱を諦めねばならない事もそうだが、この神秘の奥に進めない事を心から残念に思う。


 まだ、その時じゃない。


 地上うえの地獄が、俺を呼んでいる。


◇◇


 三日間。


 エヴァに告げた刻限に一日あまりの時間を残し、地上に還った俺たちを待っていたのは、冒険者たちの集団だった。


 派手好きなアレックスが、討ち取ったヒュドラ亜種の首を高く掲げると、辺りに凄まじい歓声が巻き起こった。


「マジか! なんだありゃ、竜種……でもねえ……デカいな……!」


 『神話種』の首だ。死んでいて尚も、そこから生じる強い魔素がその存在の力強さと大きさを告げている。


「アレックス!」


「アレックス!!」


 再起不能と噂された負傷を経て立ち上がり、見事に仲間の仇を討ったアレックスの偉業を冒険者たちは歓呼の声で称えるが、あそこでは、これは雑魚の一種に過ぎない。


「アレックス!」


「アレックス!!」


 この光景は、俺には滑稽な姿にしか見えない。


「アレックス、その辺にしておけ。後で恥をかくぞ」


 そのアレックスだが、調子に乗って誇らしげに標的の首を掲げる事を止めない。呟くように言った。


「駄目だ。あそこはギルドに報告して封鎖する」


「ふむ……」


 確かにそうだ。なんとか生きて還ったアレックスを除き、四十層以下に挑戦したパーティは三つ全てが全滅して、生還した者は居ない。こうして標的を打倒した俺たちですら、あそこではちょっと強いぐらいの雑魚に過ぎない。放置すれば死人を出すのが関の山だ。アレックスの判断は全く正しい。だが……


「夢追いの馬鹿が、大勢死ぬだろうな……」


 ダンジョンの奥で制止する者は居ない。黙って挑戦すればいいだけの話だ。


「そこまでは責任持てないね」


 かつてのアレックスのような、命知らずの馬鹿が大勢死ぬだろう。


「それで、アレックス。これから、お前はどうするんだ?」


 アレックスは、きっぱりと言った。


「引退する」


「……そうか。寂しくなるな……」


 超戦士のアレックスをして、引退を決意させる。あそこはそういう場所だ。

 そして――


「ディート!!」


 並み居る冒険者の中に、一人の修道女シスタ。ルシールが俺を見付けるなり、駆け寄って来て――

 きつく抱き締められた。


「ああ! ディート、ディート! 良かった! 生きていて本当に良かった!!」


 ルシールは、変わってしまった俺の容貌は気にならないようだ。

 ロビンが不貞腐れたように言った。


「私には、何もなしですか」


「……」


 俺は目を細め、アレックスの最後の栄光を見届ける。


 これは泡沫うたかたの夢だ。あそこで垣間見たものは、全て夢のまた夢。俺たちを歓呼の声で出迎える冒険者たちの声も、全て夢のまた夢。


 ルシールが俺の耳元で囁くように言った。


「……パルマが封鎖されました……」


 つまるところ、人生とは悪しき冗談の連続だ。


 俺が寺院に警告を発して、まだ三日も経っていないが、それにも関わらず、事態が動いた。

 感傷に浸る間もない。

 俺は天を仰いで嘆息した。


「そうか……」


 想像を超えて状況が深刻だという事だ。


 これより――『刈り取る死』が始まる。

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― 新着の感想 ―
[一言] 召喚兵で宝箱開けられないのかと思ったけど、物理的な罠とは限らないよなと思いなおしました。 この階層でテレポーターとかアラームとか引いたら確実に全滅ですもんね。
[気になる点] 召喚したやつで 宝箱開けさせて万が一の被害受けさせるとかもできないレベルのトラップが存在しているんですか?
[良い点] 天然痘だと歴史上では国や民族が滅んだ原因(直接的・間接的)になっていたりもしますから、大惨事が発生しそうですね(・・;) この世界だと種痘に使用可能な牛痘ウイルスは見付かっているのだろう…
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