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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第二部 少年期教会編
103/309

101 戦う者

 遂に地獄の蓋が開いた。

 目標はヒュドラ亜種三体。狭い通路を互いに押し退け合うようにしてこちらにやって来る。

 ……チャンスだ。

 奴等はその巨体が邪魔をして、互いに上手く進行する事が出来ない。鈍い。ならば!

 俺は強く指を鳴らした。

 各種身体能力強化の術は既に使用しているが、更なる強化を施す。腕力、生命力、敏捷性、加えて反射神経を強化する為の術。


「勝利を歌え。トルバドール!」


 アスクラピアの高等神法。

 召喚兵の三。吟遊詩人の名を持つ天使『トルバドール』を召喚する。


 出現したのは十二体の翼を持った天使たちだ。こいつらには戦闘力はないが、敵の攻撃も受け付けない。ただ歌い続ける。俺が生きていて、神力がある限り歌い続ける。その歌声には、全ての身体能力を強化する効果がある。


 つまり、戦闘が長引けば長引く程、俺たちは何処までも強くなる。


「グオォオォオッ!」


 アレックスが咆哮し、打ち落とした大剣が桜色の衝撃波を放ち、三体のヒュドラ亜種を切り刻みながら吹き抜ける。


 強烈な全体攻撃で、ばらばらと触手のように伸びた首が飛び散り四散する。聖属性付与による攻撃の為、再生はしない。


 そこで酷く生臭い匂いがした。


 死の吐息ブレスだが、これは呪詛に分類される。餅は餅屋。呪詛なら神官の俺も負けない。


 俺は大きく手を打って、広範囲に祝福を撒き散らす事で呪詛に対抗する。一瞬、背筋が粟立つような感触がしたが、誰も死んでない。即死は避けた。

 俺は激しく舌打ちした。

 これは偶々だ。偶々、誰も死なずに済んだだけで、この状態が続くと不味い。

 十二体の天使が歌い始める。



「 光 り あ れ ♪ 」



 子供であり、種族的にも弱い人間の俺には恩恵の少ないトルバドールの『勝利の歌』だが、前衛クラスのアレックスやロビンにはこの恩恵は大きい。更に召喚兵をも強化するそれは、時を経て大きなアドバンテージになる。


「アレックス! 引き付けろ! 結界で閉じ込める! 奴等は絶対に逃がさん!!」


 進んでやって来るという事は、後ろに逃げるという選択肢もあるという事だ。そして奴等に『知性』があるという事は、既にアレックスの経験から知っている。


「応!」


 桜花を振り上げた態勢で動きを止めたアレックスは力を溜めている。桜花の柄を握り締める両腕の筋肉が荒縄のように盛り上がり、オリハルコン製の手が俄に輝きを増す。

 十二体の天使は歌い続ける。



「 語 ら ず 示 せ ♪ 」



 更にロビンとアレックスは強化される。その間にも俺は状態異常に対抗する術を使用して吐息ブレスに備える。これは戦闘前に使っていたものとは別の術だ。効果時間は三十秒程と短いが効果は大きい。しかも重ねる事で効果は重複する。


 ヒュドラ亜種は巨体を断罪の焔に焼かれながら、狭い通路を進んで来る。目の前は触手のような『蛇』の首が無数に蠢く地獄の光景だ。


「よし、イソギンチャク。そのまま来い」


 俺は親指の腹を食い破り、流れる血で金属製の床に聖印を書き込む。

 ロビンが叫んだ。


「レギオー!!」


 レギオーは中隊歩兵陣形とも呼ばれる。ファランクスにはない柔軟性があり、散開による包囲を目的とした陣形だ。

 天使たちは歌う。



「 力 あ れ ♪ 」



 更なる強化でロビンとアレックスの身体から滲み出すような輝きが溢れ出す。


 聖闘士セイントたちが散開し、開けた道に三体のヒュドラ亜種が殺到する。


 その三体がエレベーター前の大広間エントランスに入ったと同時に、俺は血印による神聖結界を発動して奴等の逃げ場を塞いだ。

 絶対に逃がさない!


「喰らえ、オラァッ!!」


 何らかの『スキル』の発現だろう。アレックスの打ち落とした桜花が放った衝撃波はこれまでに放った三度の衝撃波より更に大きく強烈だった。


 凄まじい炸裂音がして、その衝撃波をもろに受ける形になったヒュドラ亜種の一体の身体に大穴が開いた。

 聖属性の超斬撃。

 そして断罪の焔によるスリップダメージで先ずは一体の標的がその場に崩れ落ち、ヘドロ化して辺りに流れて行く。断罪の焔はそのヘドロすら焼き尽くし……

 アレックスが叫んだ。


「先ず、一匹ぃい!!」


 俺は更に状態異常耐性強化の術を重ねてブレスに備える。目標はまだ二体いる。


「またブレスが来るぞ! 下がれ!!」


 アレックスが瞬時に飛び退き、代わって錫杖を持つ聖闘士が殺到するが、死の吐息ブレスで瞬時に溶解して崩れ去る。

 このブレスで五十体近い聖闘士が消滅した。

 先制攻撃は成功した。

 一体のヒュドラ亜種の討伐に成功したが、二体の標的が『間合い』に入った。


 聖闘士セイントでは無理だ。アンデッド化したヒュドラ亜種の突進を止められない。


 第一階梯である俺の術を以てしても、死の吐息ブレスに何度も耐えるのは難しい。いずれ、運の悪い誰かが死ぬ。そうすれば戦線は崩壊する。


 二度、三度と指を鳴らして耐性強化の術を重ねて行く。


 殆ど同時にヒュドラ亜種の首が互いに食い付き、共食いを始めた。

 俺は首を傾げた。


「なんだ、こいつら。イカれたか?」


「違います!」


 ロビンが叫び、大盾カイトシールドを構えて俺の前に立つ。


「そういう事か……クソが……!」


 自身で食い千切った首が再生して数を増やして行く。聖属性の攻撃に対応するための自傷。それによって無数に増えた首が恐ろしい程の速度で襲い来る。

 不味った。

 この至近距離での攻撃に俺は対応できない。この間合いでは、耐性強化ではなく物理攻撃に備えるべきだった。


 ロビンは大盾カイトシールドを薙ぎ払うようにして無数の首を振り払うが、触手のような『蛇』が全身に食い付いた。


「ロビン!」


「……!」


 ロビンは大盾カイトシールドを構えて動かない。足りない部分は己の身体すら盾にして俺を護る。


「ウラァアッ!」


 桜花の斬撃で触手を断ち切り、割って入ったアレックスにより、ロビンは蛇の触手から解放されたが、その全身に無数の蛇の首が食い付いたままだ。断罪の焔によるスリップダメージを受けながらも蛇は不気味に蠢いている。


 俺は即座に浄化の術で蛇を消し去るが、ロビンはその場に膝を着いた。


「ぐ……」


 強烈な呪詛毒。アレックスがやられたやつだ。俺は親指の腹を食い破り、ロビンに直接血印を刻んで呪詛毒を浄化する。

 以前やったような『死の言葉』による呪詛返しは使えない。

 『死の言葉』は今の俺をしても最強の呪詛だ。アンデッドでも殺せるが、あまりに強力で対象を選ばない。ロビンやアレックスも殺す可能性が高い。そもそもあれのクソ長い祝詞をちんたら詠唱できる時間はないし、あれを詠唱破棄できる程、俺は強くない。

 続けて回復の術でロビンの傷を癒す。


「……!!」


 すぐさま立ち上がったロビンの眼が深紅に燃えている。腰に差した長剣を抜き放ち、言った。


「ディートさん。戦乙女ヴァルキュリアを……」


 このままでは、俺を護れない。ロビンは、戦乙女ヴァルキュリアに防御を任せ、前に出ると決断したのだ。


 そして――


 アレックスが桜花を投げ捨て、両の腰に差した長剣を抜き放つ。叫んだ。


「使え! ディート!!」


 現状でも既に何重もの身体能力強化の術が掛かった超戦士であるアレックスを更に強化する。

 天使トルバドールが唄う。



「 ふ る え る こ こ ろ ♪ 」



 アレックスは、ロビンが前に出る決断をした今が決め時と判断した。これまでに使用した術が足し算だとしたら、こいつは掛け算だ。正にアレックスは鬼神の如き力を得るだろう。


 ここだ。


 時間にすれば、おそらく三分間ほどだろう。その三分が俺たちの運命を分ける。俺は――


「夜が白く照らし出され、稲光に痙攣する」


 俺は、ここが勝負所と踏んだアレックスに全てを賭ける。


「激しく乱れ、眩しく揺らぐ」


 二重詠唱ダブルオーダー

 戦乙女ヴァルキュリアの召喚と共に鬼札を切る。


「一切が空でなく、火花を散らす」


 そして――


「命が燃える」


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新を続けてくださるだけでもありがたいです…! とても好きな作品なので続きを待っています!
[良い点] 面白いです。 ありがとうございます!
[良い点] 素晴らしく面白い。 [一言] 天才が描いた小説を見つけて一気読みしてしまった。 書いてくれてありがとう。
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