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序章:にちようの喫茶店

序章 : にちようの喫茶店



 魔法の国にだって春は来る。


 そこは世界最大の魔法都市として知られるプルメリアの端の端、コリウス通り。石畳の道沿いに二階建ての古民家が連綿と軒をつらねる、太陽と土とカビのにおいがする古い町だった。

 まあ、魔法といっても大げさなことはない。コンロのつまみを回せば火の魔法がつくし、蛇口をひねれば浄化儀礼済みの水が飲める。暗くなれば明かりの魔法(ライティング)のスイッチを入れるし、暑い季節には冷風、寒けりゃ温風、それぞれ快適な空調魔法をいれる、その程度だ。もちろん使った魔力の分だけ料金も請求される。

 そんでもって。

 どこのご家庭にもあるような魔法のコンロに、ヤカン(これは普通に銅製品)をかけること一分弱。口から白い湯気がしゅんしゅんたちのぼって、蓋もカタカタ鳴り始めた。完全に沸騰してしまうちょっと前を見計らって、青色の制服の上に白いケープを羽織った少女がヤカンの取っ手を持ちあげる。慣れた手つきでまず空のティーカップに、それから角灯(ランタン)を模した彼女お気に入りのティーサーバーに湯を注ぐ。赤が薄く出始めた液体の中で、開いた茶葉がゆわりと舞い上っては沈んでいった。

 少女はこの前、十六歳の誕生日を迎えたばかりだ。肩のところで揃えたミディアムショートはまぁそれなりに女の子らしくみえるが、頭の上でぴょんとハネたくせっ毛が彼女を実年齢より幼く……というかアホっぽく見せているのは否めない。また実際のトコロさして賢くはない。

 そんなふうに心の実況中継をしていた俺の気配に感づいたか、少女が手を止めてコチラを見た。

「なに? なんか言った?」

「いや別に?」

 そう聞いても、少女は俺の答えに納得できないといった表情でじとじとこっちを見ていたが、ほどよく色の出てきた紅茶をみて元の作業に戻っていった。

 彼女が着ている青い厚手の制服は、この喫茶店のものではなく、彼女が毎日通っている魔法学校の生徒のものだ。肩に羽織った白いケープには赤い縁取り。これは少女がまだまだ未熟な修練生であることの証拠。そんな学生服がこの喫茶店の制服代りになってしまっているのは、店独自の服をあつらえる費用をケチってるのと、着替えるのが面倒だという当人のものぐさが理由だが、今となってはこの制服もウチの景色の一つとしてすっかり馴染んでしまっていた。

「よし、と。こっちもうできるよ、カバン(くん)のは?」

「できてるよ」

 それから俺。店主の服装もたいがいだが、それ以上に俺の存在こそが、この奇妙な店の体現と言えるだろう。

 自己紹介が遅くなったが俺の名前は『カバン(くん)』という。たぶん『(くん)』までが名前だ。冗談みたいな名前だが、実際にその通りなのだから仕方がない。

 たとえば薄茶色の、革製の、ちょっと大きめで四角い女物の肩掛けカバンでも想像してほしい。本体の上半分が蓋になっていて、それがくるりとまわって覆い被さり、ボタンでぱちんと閉めるヤツ。ボタンはカバンの中央にくる。正確には封筒(エンペローブ)バッグと呼ぶそうな。あ、手紙を縦じゃなくて横にして()じるタイプの封筒ね。おしゃれなヤツ。

 で、そのバッグの側面と底面にひょろひょろと細長い、チューブのような『手』と『足』をひっつけ、表側には黒の魔法(マジック)インクで引かれた、ラクガキのような目と眉と口。鼻は例のぱっちんボタンだ。この顔の適当さには至極不満だが、なきゃないで感情を表現するのが大変不便になってしまう。細い手足もずいぶん非力だが、粉挽ミルでコーヒー豆を挽くくらいは問題なく出来るので、これもまあ良しとしよう。

 そう、俺はカバンだ。時折ぬいぐるみと勘違いするやつもいるが、まごうかたなきカバンだ。そして顔っぽいラクガキとほそっこい手足のついたこの四角いカバンは、自分で動くことができるし、モノを考えることもできるし、表情も変わるし、会話も成立するし、コーヒーだってツッコミだって入れることができるのだ。それが俺、カバン君である。今後ともよろしく。

 一応断っておくがもちろん人間ではない。生物の範疇に入れてもらえるかどうかすら微妙なところだろう。では、なぜこんな冗談みたいな俺の存在が成立しているのかといえば、ここは世界最大の魔法都市、プルメリア。魔法使いが喫茶店の店主をするなら、そこで店員をやってる使い魔がいたって何の不思議もないのだった。

 ……まあふつう、使い魔つったら猫とか鳥とかの小さな生き物のことで、手足をつけたカバンを使ってコーヒー淹れてる魔法使い見習い、なんていう取り留めのない組み合わせもそうそう聞かないが。

 いずれ衛生保健管理局から営業許可を停められるんじゃないかと気が気でないが、まあその時はその時だろう。俺は俺なりにマジメにコーヒーを淹れてるし、手だってちゃんと洗ってるんだから。

 ということで、俺は香りたつコーヒーをカップに注ぎ、自分の主人たる(かたわ)らの少女に手渡した。

「エリスさん、ほい」

「ん。いい香り」

 そうそう、彼女の名前はエリス。肩の所でそろえたミディアムショートの、不器用で、不注意で、不思議な魔法の少女である。不細工でないのだけが救いか。

 詳しいことはこの後でイヤというほど語らせてもらうとして、今は喫茶店の仕事に集中させてほしい。

 エリスは先ほどティーカップに注いだ湯をヤカンに戻し、カップが程よく温まったのを確認すると、そこにティーサーバーの中のダージリンティーを半分ほど注いだ。あとは俺が淹れたコーヒーに、スプーンに砂糖にミルク。それからオマケのお手製クッキーを二枚ずつつけて、3番テーブルの馴染み客、ミダス老夫婦のもとへと運んでゆこうとする。

 だが、その前に。

 エリスはふたつのカップの前に人差し指を突き付けてくるんくるんと回し、

「おいしくな〜あれ」

 と小さな声で魔法をかけた。

 ……これが気のせいでなく、ちゃんと効果があるのがなあ〜。

 まぁ気休め程度なんだけどさ。



 魔法都市プルメリアの外れの外れ、コリウス通り。中央噴水広場から五本延びる大通りの内の一本、セージ・アベニューにはいって道なりに300mほど歩く。雑貨屋『orange』のとなりの角地に、小ぢんまりとした白っぽい二階建ての喫茶店が目に付くはずだ。

 土ぼこりに薄く汚れた白壁。陽の光を飴色に反射する採光用の小窓。黒樫の玄関にかかった、作った人間の不器用さがひと目でうかがい知れる木製プレートに、商売繁盛とはいかにも縁が遠そうな、へったくそな色文字の並んだ看板。素朴といえば素朴なその店の名前。

 いわく、『Cafeにちようび』。

 見習い魔法使いとその使い魔が毎週日曜日だけ開けている、色々といいかげんな喫茶店である。



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