第一章7 『王族は何かと忙しいんです』
事件発生の予感……
あなたは目覚めてすぐに目を傷めたことはありますか……?
勝太郎がこうして質問するのは、実際に彼が目を傷めたからである。しかもちょうど今、発生した未知の痛みに悶えているのだった。──転がり続けてもなお床に落ちるなんてことがない、広すぎるベッドの上で。
朝の陽ざしが小窓から入り込み、ファルナの姿になった勝太郎を眠りから意識を呼び覚ました。位置も目覚まし時計で起床していた彼からすると、天然の目覚まし時計のように思えてなんだか心が温まった。
しかしそれと同時に、入り込んだ光は金銀宝石にこれでもかと反射したため、寝ぼけ眼の勝太郎をたたき起こしたのだ。眼球が痛めつけられえるほどの光を浴びたことが、貴方はありますか?
「いったー……。ほんとよくこれで生活できてたね……。おかげで目は覚めたけど。あ、そういえば今日は法令の会議があるんだった。着替えなきゃ……」
純白のロイヤルな雰囲気のクローゼットを開こうとして、一瞬ためらう。
昨日の大事件──勝太郎にとっては──を経験した勝太郎は、せめて部屋では女であることを忘れようと決意を固めたのだ。というかそうでもしないと疲れる。あと自分が男であるということを忘れてしまいそうで怖い。
パジャマには召使たちが着替えさせてくれたし、着替え全般は同じく召使たちがやってくれるものだと楽観的でいたが、どうやらそう簡単に『女の子』であることは忘れさせてくれないらしい。
「ど、どうしよう……。し、下はなんとかなるかもしれないかもだけど、上はどうしたらいいの!? 私つけ方とか知らないよ!?」
いっそ着替えないのもありかもしれないという思考が頭をよぎったが、今は一国のお姫様だ。国民の前では憧れの存在でいなければならない。
そもそもこの世界にもブラがあるのだということを、昨日の入浴後に知った。それを知ったとて、つけ方が分かるわけではないので、どうとも言えないが。
あと申し訳ないが、ファルナの胸は言うほど大きくない。というか小さい。おっとこれ以上言ったら殺されかねないので、ここまでにしておこう。彼も紳士であることに威厳を持って生きている。
よってまた一つ勝太郎の心には黒歴史が刻まれたのだった……。
重い扉を押し開けると、いかにも会議室といった感じの設備がそろった部屋が、勝太郎を出迎えた。
一番目立つところにはファルナの父であるホズカンが腰かけており、その隣にがエトムもすました表情で会議の開始を待っているようだった。
「おぉ、おはようファルナ。いい夢が見れたかい?」
「はい、お父様。今日の会議も頑張りますからね!!」
「期待しているぞ、愛しい娘よ」
いい夢が見れたかなんて、そもそも夢を見ていたかも覚えていないし、起床後すぐに目を傷めた勝太郎は、内心苦笑いが収まらなかった。
共有されたファルナの記憶をたどるようにして、勝太郎は席に着く。その後一分と経過する暇もなく、国政会議が行われることとなった。
現代社会の授業はほとんど寝て過ごしていた彼が、政治の知識なんて持っているわけがない。だがファルナから伝えられたとおり、生前のファルナの記憶がよみがえるようで、議員が言っていることが九割がた理解ができていた。
どうせなら元居た世界でも、こんな便利な能力が使えたらなぁと、別のことに思いをはせていると。
「えー……次の議題ですが、近年レッガル周辺の村々から、法令の改定を求める声が多数上がっています。これについて、国王はどのようなお考えをお持ちなのでしょうか?」
考え事をしていた勝太郎は、視界が口にしたその議題を聞き逃さなかった。それもそのはず、魂の全接続を実施する前に、姫様からこれでもかと釘を刺されたからだ。
ファルナが「政治を肩代わりしろ」といったのは、勝太郎が世話になったアイシ村をはじめ、今現在カーラが身を引いているのであろうヤーサヤ村などに対する待遇を改善するためだ。
死んでもなお国民のことを思い続けているとは、最初訊いた時は驚いたが、今思えば『姫の鑑』と揶揄されてもおかしくないくらい、誠実な少女だ。勝太郎よりも年下であろう彼女に、感心してしまう。だからこそ、ここで彼女の手助けをしなければ、『変身』している意味もないというわけだ。
「うむ。ファルナが行方をくらませてから、異常な魔獣の出現に合わせて、主要都市を守護してきたが、それはこれからも続行するつもりでいる。村民には申し訳ないが、いまだ魔獣の出没は増え続けていることを考慮すると、安定するまではもう少しこのまま……」
「お父様!! ぜひ、前向きにご検討を!! いえ、法令を改善してはいただけないでしょうか!!」
会議室いっぱいに、少女の声が響き渡る。ホズカンをはじめ、室内の皆々は目を皿のように丸くして口を閉じてしまった。畳みかけるように、意見を続けていく。
「私は、ここを出るまでは人々の素晴らしさに気づけませんでした。いざ城の外に出てみると、国民全員が皆人情深く、私も彼らの温かさに幾度となく助けられたのです。つい先日、アイシ村という小さな村で、私は一夜をこえようとしましたが、マギラの群れに村は焼き払われてしまいました……。私はいてもたってもいられず村民を救出しましたが、皆悲しみに暮れていました。長い……長い旅をつづけ、様々な『人の感情』に触れた私だからこそわかるのです。彼らも国民の一員なのです!! 我々権力者が彼らに救いの手を差し伸べなければ、いったい誰が彼らを救ってくれるというのでしょう!?」
無論、これもすべていつもの勝太郎の口調で話していたが、きちんと変換されていた。よってファルナ姫の悲痛な叫びとして受け止められた彼の意見は、なんとホズカンの意思を返還させるまでに至ったのだった。
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「これで、ファルナも喜んでくれるかな。こうやって間接的にでも人助けができると、やっぱりうれしいなぁ……。最近レッガルに帰ってきたっていう勇者にも褒められたし、気分いいなぁ」
会議を済ませた勝太郎は、自室で一人くつろいでいた。ぐいー、と背伸びをしてみたり、キングサイズのベッド──シングルのはずなのにダブルよりも大きいとかいうふざけたサイズ──の上でごろごろ転がってみる。それでもうれしい心地よさは消えない。いい意味で。
と、その時部屋の扉をたたく音が聞こえた。寝転んでいたので上体を起こし、扉越しの来客に問いかける。
「はい。お入りください」
「ひ、姫様!! 大変です!! 国王様と王妃様が……!!」
メイド長である『リリ・マーズミ』が、顔を青ざめさせて入室してくる。いつものおしとやかな雰囲気ではなく、尚早に駆られているようだ。しかも彼女は今、なんていった?
「ど、どうしたんですか?」
「国王様と王妃様が、急に倒れられて!!」
王族は、忙しい。こういう命にかかわることでも、非常に忙しい。
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