第一章6 『アレが無くてアレがある体』
ガイドラインギリギリ……?
……顔を上げて、白い石畳の階段を見上げる。白と金を基調とした、いかにも貴族らしい服装をした男性と女性が、驚いた表情のまま固まっている。
男性の方は、まるで今自分が見ている景色が幻なのではないかと疑うように、顔を硬直させたまま辺りを見回した。レッガルの住民が色とりどりの花弁を振りまき、今日というこの日を素晴らしいものにするためにふるまっている。今後一切起こらないと思われていたことが、今起こっている。そう思うと、喜びに体が震えた。
女性は両手で口を押え、嗚咽を漏らさんとしていた。だが、その代わりに大粒の涙が頬を伝い、音もなく白い階段へと落ちていく。涙でにじんだ視界の中央付近には、本来見えるはずのない実の娘の姿がある。
「本当に……本当に、ファルナ……なのか?」
疑うのも無理はない。なにせ、十年前に愛する娘が行方をくらまし、それ以来一度も彼らの前に姿を現さなかったのだから。
ファルナ、と。そう呼ばれた少女は、ロングスカートを指先でつまみ、少々持ち上げる。足をクロスして、若干膝を曲げる。
「ファルナ・デュロークス、ただいま戻りました。お久しぶりですね、お父様、お母様」
天使のようなほほえみは、まごうことなき娘の物だった。ファルナの父と母──つまりはこの国の王と王妃は抱き合い、感動の再開を確かに感じ取っていた。
ま、中身はただのヒーローオタクの陰キャクソボッチ野郎なんですけどね。ぬか喜びさせてしまってほんとすんませんね!! お父様!! お母様!!
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ファルナ──の皮をかぶった勝太郎は手厚すぎる歓迎を受けたのち、ファルナの両親に連れられて城内の廊下を歩いていた。
ファルナの解説によると、ファルナの父が『ホズカン・デュロークス』。母は『エトム・デュロークス』というらしい。ホズカンは力強い顔立ちで、若いころは俗にいう『イケメン』に分類されるほどだったらしい。エトムは目元が特にファルナに似ており、彼女の親だなと感じる。
容姿の良い両親から、極まった容姿をもつファルナが生まれたというのは、納得できた。
「本当に、帰ってきてくれるとは……すでに諦めていた愚かな私をどうか許してくれ、わが娘よ。お前は自慢の娘だよ」
「そんなに自分を責めないでください、お父様。私自身、こんな日が来るとは思っていませんでしたから」
「ファルナ……。十年ぶりの自分の部屋だ。長旅で疲れただろう? 今日はゆっくり休みなさい」
ホズカン、エトム、その他数名の側近が立ち止まる。王は大きな手で娘の頭をなでると、豪華な装飾が施された大きな扉を開くよう、側近に合図を送ったようだ。
重い音が響き、溢れんばかりの光たちが、部屋の主を歓迎する。
あまりの豪華さ……と言うよりかは異質さに、勝太郎は唖然とした。目に飛び込んでくるのは金銀宝石がこれでもかとあしらわれた家具や、普通ホテルのエントランスなんかに装飾として使われているシャンデリア。とにかく、『上流階級の暴力』の嵐だった。
「どうしたの、ファルナ? 入らないの?」
「い、いえ。何でもありません。久方ぶりの自室に、少し感激してしまって……」
──ちょっと、何やってるの?
──しょうがないだろ!! なんじゃこの部屋!? 普通一般家庭育ちのオタクには刺激が強すぎるだろこれ!?
危ない危ない。思わず素のリアクションをとってしまった。今の勝太郎は、中身は勝太郎であっても外側は一国のプリンセスなのだ。もっと冷静にふるまわなければ。
そうはいっても、流石に豪華すぎではないか? 照明付いてなくてこれでしょ? もうあのシャンデリアいらんだろ。
何とか誤魔化して、引きつり気味な笑顔で入室する。しかしファルナはよくこの環境で生活できていたなと思う。勝太郎なら、一か月も持たないと思う。『ベルト』ないし。
「お父様、お母様。ここまでありがとうございました。あとは自分でできますので、またなにか御用でしたら、お呼びください」
ファルナが心の中で告げ口をしてくれるので、幸い失言はない。なんと便利な機能だこと。
元気な少女の姿を見てほほ笑んだ城主は、側近を連れてファルナの部屋を後にするのだった。
「それで? 私はここからどうすればいいの?」
傍から見れば、誰も話し相手がいないのに一人でしゃべっているやばい美少女だが、彼女だけに聞こえる声は、彼女の質問に応答してくれたようだった。
──下手に動いて失敗したら、元も子もないからね。お父様の言うとおり、今日はおとなしくしていよう。まだ教えてないこともあるし、なにより魂の接続も完全に完了してないしね。
「そっか。じゃあ、説明頼める?」
──喜んで!! じゃあ、魂の全接続について。私と勝太郎の魂を極限まで同期させて、存在の一体化を図る一種の憑依術のことだね。接続に成功すると、両者の記憶などの目に見えないものまでが一体化するから、私の本来の力も使えるようになるってこと。
勝太郎はその言葉を聞くや否や、背筋を凍らせたのだった。
目の前の怪物を、思い描いたとおりに体を動かしては殴り飛ばす。彼女いわくあれが本来の力ではないらしい。本気を出したらどんなことになるのか、想像もできないししたくもない。余計に肝が冷える。
「つまりは同期させた記憶を頼りに、ファルナ姫として仕事を遂行したり、日常を過ごせばいいってわけだね。それならきっと大丈夫……」
──ううん。実は、魂の完全な一体化にはデメリットがあるの。それは『霊体の意識は、その期間失われてしまう』ってこと。記憶だけで対処できなくなった場合、私がこうして助言することができなくなっちゃうの。
「そ、そんな……。じゃあ、しばらく私一人で生活しなきゃいけないの?」
──そう、なるね。でも、心配することないよ。この城の人たちは、みんな優しいから。それに私の記憶通りに動いてくれれば、どこも違和感ないよ。口調も一人称も変わるし。
「それはそうかもしれないけど、精神的にね? それとこんなゴージャスな部屋に一人はだいぶきついです……」
その後、最終確認を終えた勝太郎とファルナは、予定通り魂の完全接続を実行し、見事成功させた。ファルナの声が聞こえなくなったことと、『変身解除』できなくなったことを除けば、変化はないようだった。
……ここからは、『女の子』として過ごさなければならなくなった少年の苦労を、ダイジェストでお送りいたします。
『事件ファイル1 男女の違い』
「どうしよどうしよどうしよ!! も、もうだめ!!」
洒落たロングスカートは、こういう急いでいるとき非常に不便だ。全速力でダッシュしたいのに、つまづきそうになるのでできない。
勝太郎が顔を赤らめて廊下を早歩きに移動している理由は、まぁ生理的なことであるので仕方のないことなのだが。ぼやかして言うのなら、『我慢の限界』。
勝太郎も、オタクとはいえ紳士である。決して少女が用を足すところなど、覗き見るわけなどない。絶対に。だが、今回は事情が事情すぎる。『見る』じゃない、『する』のだ。
危うく『男性用』に入室しかけたが、すんでのところで『女性用』に入る。なにか心に大きな傷ができるような予感がして、目をつむりながら。しかし薄目を開けつつ、個室に入るのだった。
そして耳まで真っ赤にして──。
「………………おろさなきゃ、だもんね」
あとは『ガイドライン』的にアレなので、ご想像にお任せします……。『by 緋色 勝太郎』
『事件ファイル2 天国だし、地獄なの』
用を一つ足すだけでもあれだけ疲れたのに、今度は何ぞやと。
『こういうこと』についてファルナから何も説明がなかったので、一週間後に死ぬほど説教しておこう。彼女は今意識を失っているので、見られていないだけ相当マシだが。
少女として生活を始めた勝太郎の前に立ちはだかった次の壁は──『入浴』。
「下着脱ぐのにも五分くらいためらったのに全裸になれって!! 酷すぎるでしょ!!」
脱衣所で一人叫ぶ。ファルナも勝太郎の体になったら、同じことを思うのだろうか。いや、精神年齢がおおよそ小中学生くらいだと思われる彼女が、そんなこと思うのか?
思考を巡らせ、目をつむって衣服を脱いでいく。トイレの時も思ったが、なんだか女子の肌の感覚のほうが敏感なような気がする。下は妙にスース―するし、胸にこすれた服はうっとおしいくらいくすぐったい。
「平常心、平常心……!! 私は女の子、こんなのいつものこと……」
「「「お待ちしておりました、ファルナ姫様」」」
全裸──タオルで前は隠している──の美少女を待ち受けていたのは、十名の召使たちだった。もちろん、女性の。
ファルナの生前の記憶がよみがえり、『入浴』の記憶が流れ込んでくる。どうやら、この召使たちに入浴時のあれこれをすべて任せているようだった。
「…………お姫様だなぁ」
「どうなされました?」
「ううん……何でもないよ。疲れたなぁって」
彼女らの手ほどきによってリラクゼーション的な意味で気持ちよくなっていった勝太郎は、この状況の異質さと、自分が他人の体でありのままの姿になっている羞恥心を忘れていった。
入浴が上流階級すぎて、俺ほとんど体に触らなかったからね。ホズカンさんとかエトムさんとかどうなってんだろこれ。王族怖いわ。『by 緋色 勝太郎』
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