第一章5 『行き着く答えは平和』
久しぶりなような気がします。
「なんで!! あなたが!! ファルナ姫の!! 姿をしていたのよ!!!!」
この華奢な体躯から、いったいどうやってこんな力を出しているのだろう。
カーラは寝起きの勝太郎のことなんか気にせず、肩をわしづかみにして上下左右にシェイクする。相当気が動転しているようで──客寄せして初めてのお客様が、既に死没したお姫様の姿になっていたら無理もないが──、少年が何を言おうが止めてくれない。
「おおおおれれれれももももよよよよくくくくわわわわかかかかっっっっててててなななないいいいんんんんだだだだよよよよ」
震えているせいでうまく発音できていないが、とにかく「よくわからない」とのこと。
彼もファルナから説明を受けたばかりではあるものの、まだ完全に理解できているわけではなさそうだ。
なんで「変身したいなぁ」と思っていたら異世界で変身できるんだ。もう少しファルナから情報を受け取る必要がある。またトンデモ発言されないといいが。
「まさか……あなたがファルナ姫を……!?」
「いや話聞いてたかお前!? 早とちりすんじゃねぇよ。俺はこの世界に来たのは昨日のことだし、そもそも『俺もよくわからん』って言ったのになんで疑うのさ!? 俺ってそんなに信用ないかね!?」
あらぬ疑いをかけられそうになったので、力を振り絞って彼女を振りほどく。必死の弁明あってか、カーラは何とか落ち着いてくれたようだ。
彼女が説明を求めても、勝太郎もどう説明すればいいのかわからない。
説明の難しさに手を焼いているところに、聞き覚えのあるお姫様の声が響いた。ただし勝太郎の頭の中だけに響いたので、カーラは不思議そうに眺めているだけだった。
──困ってるみたいだね、勝太郎。
「こ、こいつ!! 俺の脳に直接ッッッ!! ……うおお!! 人生で初めてこのセリフ言えたかもしれねぇ!!」
──あの……もう寝ていいかな?
「ちょちょちょちょ!! わかった、ちょけるのやめるから!! なんで俺がファルナに変身する必要があるのか説明してくださいな!!」
──はーい。私の姿に変身できる理由は、もうわかってるよね? それで、あなたが私の姿になってほしいのにはね、この国の状勢を変えてほしいからなの。勝太郎のお友達みたいに、田舎に住んでいる人たちには自由がないの。私が城を抜け出したせいで、お父様が怒って条例を大幅に変更したから。
頭中に響く声は、またしてもありえないようなことを伝えてくる。
国の状勢を変えろだと? そんなことがただのヒーローオタクにできるものか。仮にファルナの姿になったとしても、政治の知識などどこにもない。あるのは異世界では何の役にも立たないヒーロー知識だけだ。
「はぁ!? いくらなんでもそりゃ無理だろ!! こちとらただの……!!」
──無理じゃないよ。私の魂を全部、勝太郎の魂と接続すれば、生きていたころの私の記憶が見れるから。そのとおりにすればなんとかなるよ。今日から数えて……七日間。その間になんとかして!!
「なんで一週間も!?」
──魂の全接続が可能な期間が、勝太郎の世界の言葉でいうと、一週間なの。
わーわー、ぎゃーぎゃー。
どうやら亡きファルナ姫と話しているのであろう不思議な少年は、彼の言葉だけ切り取ると意味不明な文脈。カーラは最初、ついに彼がとち狂ったんじゃないかと思ったらしい。割と純粋に引いていた。
「あの……ショータロー?」
「あぁ…………だそうですよ、カーラ殿」
「だそうですよじゃなくて!! あなたに聞こえてるであろう声は私に聞こえてないのよ!! 説明して頂戴よ!!」
「……たしかに」
~~~
カーラは、黙っておかしな少年の話を聞いていた。勝太郎がこの世界の住人ではないこと、今は亡きファルナ姫の姿をしていたこと、これからファルナ姫として政治を行わなければならないこと。
「にわかに信じがたいけど……あなたが嘘を言うような人には見えないわ」
「だから本当なんだって!! 俺もまだ受け止めきれてないことあるけど、ファルナに変身したことは紛れもない事実なんだ」
「……それはもういいとしてさ、これからどうするつもりなの? 本当にファルナ姫として、政治をしなきゃいけないわけ? あなたが不本意なら……」
難しい顔つきになって黙り込んでしまった勝太郎を元気づけるため、少女は必死に励まそうとする。だが、勝太郎は彼女の言葉を聞いて、勢いよく顔を上げたのだった。
「いや、不本意なんて、そんなことはないんだ。誰であろうと、困ってるならこの手で助けてあげたいから。それが、俺の思い描く『ヒーロー』だ」
「その……『ひーろー』っていうのは、なんなの? 将来はそうなりたいって、言ってたけど」
「ヒーローっていうのはな!! 強くて、かっこよくて、困ってる人に手を差し伸べて、巨大な悪を滅するもののことを言うんだ!! 俺が住んでいた世界では、みんな知ってるくらい有名なんだよ」
本当に、ヒーローに限らず、自分の好きなことになると目の色を変えるなぁ。
次から次へと説明が飛んでくるが、カーラは悪い気はしなかった。それどころか、彼のあこがれている『ヒーロー』という存在に、少しずつだが興味がわいていた。
彼女も今、助けを求めている。昨晩のマギラの強襲により、帰るべき家を失った。家どころか、愛する土地や人々まで、業火と暴力によって消されてしまった。
こんな絶望的な状況から救ってくれるのは、勇者なんかじゃない。彼の言う、『ヒーロー』だ。
淡い願いを心に芽生えさせたその時、彼らの頭上を一瞬、黒い影が通り過ぎていった。
黒い体表、大きく広げた翼、細長いフォルム。間違いない、『ガーゴイル』だ。
「今の……『ガーゴイル』!? どうしてここに!? なんで結界を通り越せてるのよ!?」
レッガルの周りは、人間には無害だが魔物には障壁として働く『魔術結界』が張られている。これによってレッガルおよび結界が張られている街の人々は、魔物の脅威におびえることなく悠々と過ごすことができている。カーラからしてみれば、羨ましいったらありゃしないことだ。
「ごめん、カーラ。行かなきゃいけないみたいだ」
「もしかして、ガーゴイルと戦う気!? ショータローも見たでしょ!? 一体でも苦戦するのに、なん十体もいたわよ!? もし街の中でファルナ姫の姿になったら、ショータローはお城に連行されるんじゃ……」
「ごめんって、言ってるだろ? 俺の正義がさ、うずいて仕方ないんだ。この外壁の向こう側には、泣き叫んでいる人がいるんだ。そんなの黙ってられないさ」
「でも、あなたがそこまでする必要なんかどこにも!!」
外壁を、透視しているかのようにじっと見つめる。すると、少年の背が少しずつ縮んでいるのが分かった。体つきも変化して、髪は美しい純白に。見紛う事なき、ファルナ・デュロークスの姿。
「私が、この世界のヒーローになる。ヒーローがいないなら、力を持ってるものがなるしかないの」
「ショータロー!!!!」
カーラの声は虚空に消え、大きく跳躍して外壁を飛び越えた勝太郎には聞こえなかった。
レッガルの街は、勝太郎の予想のはるか上を行くほど混乱しているようだった。皆尻尾を巻いて、怪物の猛攻から逃げている。建物の外壁が、ガーゴイルの放出した熱戦によって破壊され、崩壊していく。その都度、悲鳴や絶叫が上がる。
──勝太郎、準備はいい?
「うん、大丈夫。覚悟はできてるよ。この戦いの後のことも、ね」
その時、彼女の目の前をガーゴイルが飛んで行った。……体を、バラバラに分解された状態で。
「は…………ああああぁぁぁ!!!!」
さらにコンボをつなげるように、もう一体の首をつかんで地面にたたきつける。怪物の顔は石畳であろうが関係なくめり込んでいく。こんなことをするお姫様がいてたまるか。
だが、勝太郎の逸脱した行為に違和感を覚えない民は、次々に彼女の姿を視認すると、口をそろえて叫んだ。
ファルナ姫が、生きていた。
中身は違えどガワは一国のお姫様なのだから、もう少しこの行動に対して疑問を持ってほしくはあるが。
「来なさい、ガーゴイル!! この街は私が……ファルナ・デュロークスが守る!!」
ありがちなセリフとともに、黒い群れに突進していく。勝太郎の体内時計でおよそ五分後、彼らは屍の山となり、彼によってはるか彼方に投げ飛ばされたのだった。
もうアイツ一人でいいんじゃないかな。
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