第一章3 『初回変身の強さは異常』
サブタイの通りです。評価もよかったらどうぞ。ではでは。
人間のそれとは比べ物にならないくらいの、巨大な黒い拳に殴り飛ばされる。服に隠れていない露出した部分を、荒い目のやすりで乱雑に磨いたよう肌は荒れ、血まみれになる。
四肢は複雑骨折によって、動かそうと思っても動かない。動くどころか激痛に見舞われるだけで、動かそうとするだけ精神がすり減っていく。満身創痍の非力な少年に追い打ちをかけるように、拳を振り上げ──
こんな展開を予想していた勝太郎からしてみれば、今目の前で起きた現象は『ありえない』という言葉のほかに表せる言葉などなかった。
たかがヒーローの猿真似で、村を襲う凶悪な怪物を殴り飛ばせたら苦労なんてしない。しかしそれは起きてしまった。彼の予想した未来図は打ち砕かれ、代わりに『生存』という今までのいきさつを見ればわかる通り、起こりえない現象を引き起こしたのだ。
「な、なにが起こって……あ、あれ? 『私』、声枯れちゃったのかな…………って!? な、何この口調!?」
殴り飛ばすことなんざ不可能なことは、分かりきっていた。だが巻き起こった煙の行方を目で追ってみると、山に大きな穴が穿たれていた。黒い山肌に星空が投影されたようで美しかったが、どうやら彼が殴り飛ばしたと思われるマギラが、あの大穴を開けた原因のようだ。
と、摩訶不思議な現実に動揺して、言葉を漏らした時だ。あからさまな違和感が、勝太郎の体を縛り付けた。
目線が、低い。突き出した拳が、一回り小さい。あと白い。下腹部に存在するはずの『聖剣エクスカリバー』の安心する重量感が、感じられない。なにより、声がおかしい。口調も同じく。なんだこれ。
「声が枯れたにしてはあまりにも声が綺麗すぎるし、なにやら私の体もおかしなことになっているみたい……。あとなんで『私』って言ってるの? 私! 私! わ・た・しー!!」
勝太郎は、必死に『俺』と言おうとしているのだが、声帯が震えて喉を通過し、外界へと飛び出した声は透き通った声で、『私』と響くだけだ。
心の中で叫んでいることと、実際に喋っていることが違う。一人称だけに限らず、言葉全体の口調も。例えるなら『清楚系女子』のものへと変貌している。
両眼球を取り出して、今すぐ自分の姿がどうなっているのか確認したいところだが、あいにくそんなびっくり芸はできない。あと怖い。子供が真似したらどうするんだ。
「ギャオオオオオッッッ!!」
群れの一体が叫び、どしん!! どしん!! と大きく足を踏み鳴らして襲い来る。右手には六メートルはあろうかという棍棒を持っていて、勝太郎めがけて力任せに振り下ろしてくる。
「きゃああああああああっっ!!」
──おいいいいいいっっ!! なにが『きゃああああああああっっ!!(美声)』だよ!! 怖いから思わず叫んじまったけど、俺そんな叫び方してないからねっ!?!?
空気を切り裂き、重いとかそういう次元じゃない重量の棍棒を軽々と、勝太郎の脳天へと叩き込む──前に、反射で顔の前で交差された腕に触れた。その瞬間、化けゴリラも口をあんぐりと開けるほどの、ありえないことが起こったのだ。
ガラガラガラ!! と大きな音を立て、腕に触れたことろから棍棒が崩れていく。あろうことか今の攻撃によってヒビが入ったらしく、あっけなく壊れてしまったようだ。これには敵味方問わず、驚愕するばかりだった。
「え、これ……私がやったの?」
この短い時間の中でありえないことが起きすぎて、既に脳は処理の作業を諦めたらしい。
「グ、グオオオッ!!」
「な、なに!? って、うわっ!?」
ちょっと戸惑っている感じで咆哮し、突進してくる。驚いて後退しようとしたとき、何か布を踏んでしまったようだ。視界が急激に切り替わり、満天の星空を見上げるように倒れてしまう。
その満天の星空の中に、見慣れた化けゴリラの姿があった。腹部には先程までなかった穴があけられている。……倒れた時にマギラに触れた右足が、それを引き起こした原因らしい。何かに触れた感覚が、右足に残っている。
放物線を描いて遥か遠くへ、二つの意味で旅立っていった化けゴリラを見送りながら、
「一つ質問してもいいですか? ……私、超強くなってる感じですか?」
はい、その通りです。じゃ、さっさとそのマギラ達倒してくださ~い。
「……簡単に言ってくれるね。こっちは異世界召喚されて戸惑っている最中に、さらに戸惑うような事態に見舞われているんだよ? ……でも」
ゆっくりと体を起こしながら、荒れたアイシ村を見回す。住民はすでに避難を終えたようで、悲鳴の類は聞こえてはこなかった。その代わりに、この人情に溢れた素晴らしい村を無差別に踏み荒らした下衆どもが、驚きのまなざしでこちらを見ている。
「みんながヒーローを求めるのなら、私がなってあげます!!」
自分に似合わない口調のせいで、イマイチ決め切れていない感があるのは否めないが、奮起して怪物の群れに殴りかかっていくのだった。
『おりゃー』だの『とりゃー』だの、声のせいで可愛らしくはあったものの気迫の乗った攻撃を叩き込んでいく。
攻撃している『彼』でさえ意味不明な怪力に、化けゴリラたちはなすすべもなく吹き飛ばされていった。
いや、今の勝太郎に『彼』というのは間違いだ。他の代名詞を使って表現するのなら──
見た夢通りに、村を蹂躙した怪物を蹂躙仕返し、死体すら残さずに村に平和を訪れさせたころには、既に朝日が昇りつつあった。
「新しい朝、かぁ。『あっち』でも『こっち』でも、日の出は綺麗なものなんだね。あとこの口調いつまで続くのかな?」
陽光の眩しさに目を細めていると、近くで日光を反射するものを見つけた。どうやら全身鏡のようだったが、マギラの襲撃によって下半分が粉々に砕け散っている。
ふと気になって、今自分の姿がどうなっているのか、確認する。
「な、な、な!!!! なんじゃこりゃああああああああああああっっっっ!?!?」
割れた鏡に映っていたのは、勝太郎――ではなかった。美少女、それも言葉では言い表せないくらい、顔立ちが完璧に整っている。『二次元から出てきました』と説明されても、違和感を感じないほど。
長いまつ毛に、ぱっちりとした二重。瞳の色はまるでサファイアのような、美麗な青色をしている。頭髪は腰まで届くほど長く、穢れを知らぬような純白。
服装はレースが上品にあしらわれたブラウスにロングスカートという出で立ちで、まるでどこかの国の『お姫様』を連想させる。ちなみにお胸は、ギリBカップいかないくらいだと思われる。
もはやどこから突っ込んでいいのかわからない。今までの陰キャ丸出しな部屋着姿の、『緋色 勝太郎』はどこかに消えてしまったかのようだ。しかしこうして圧倒的な美貌に驚いているのは、勝太郎本人なのだ。
「はい!? はいいぃぃ!? 全っ然意味が分からないんですけど!? いつの間に私女の子になったの!?」
鏡の前で、変わり果ててしまった自分の姿を確認して素っ頓狂な悲鳴を上げた時だ。後方から聞き覚えのある声が飛んできた。
「…………うそ……なんで? なんで……『ファルナ姫』が……ここに…………」
「ふぁ、ふぁるな? 一体誰のことを……」
「私たちの村を救ってくださったのですか!? まさか姫様直々になんて……!! な、なんとお礼を申し上げたらいいか!! お、お怪我はありませんでしょうか!?」
カーラは変わり果てた勝太郎の姿を見るなり、なぜか今にも泣きそうな顔で『彼女』を敬い始めた。どうやら絶世の美女級の少女を、勝太郎だとは思っていないらしい。
他の村民も口々に礼を述べ、なかには号泣して土下座をするものまで現れた。大声を上げて狂喜乱舞する村民を見ていると、目がぐるぐると回り出して混乱が加速する。
「あ、あの!! わ、私はこれで!! 失礼しました!!」
「ファ、ファルナ姫!? お待ちください!!」
――ごめんよ、カーラ。でもお前も俺が待てって言ったのに待ってくれなかったから、これでおあいこにさせてもらうぜ!! あとファルナ姫って誰だよっっ!? 俺は……俺はただのヒーローオタクの緋色 勝太郎だぞっっっ!?!?
押し寄せてくる人の波の重圧に耐えかね、ついに走り出してしまう。自分でもびっくりするほど『ファルナ姫』の体の足は速く、後ろを振り返った時には村は豆粒ほどの大きさにしか見えなかった。
レッガルの街を囲んでいる外壁にたどり着くと、唐突にめまいに襲われた。
おそらく疲れからだろう、と楽観していた勝太郎だったが、そのまま草原をベッドにして、死んだように眠ってしまうのだった。
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