第一章2 『ピンチは能力覚醒のエサ』
ようやく『変身』のタイトル回収ができそうです。ではでは。
とてつもない轟音。なにかの猛獣だろうか、猛り狂ったような咆哮。
変身ヒーローになって敵をめっためたに蹂躙する夢から、それらが勝太郎を呼び覚ました。
ベッドから飛び起きると、寝起きとは思えない敏捷性で窓を開ける。カーラは「夜は開けるな」と言っていたが、その瞬間に彼女の言葉の意味を理解することになった。
……轟々と音を立てて燃え盛る、炎の軍勢。彼らによって焼き討ちにされた、村の小さな家屋。迫りくる業火に焼かれまいと、叫びながら逃げ惑う村の人々。遠方より来るは──ごつごつとした筋肉質の巨体を持った、怪物の群れ。
怪物はゴリラに似た姿をしているが、肩や背に荒削りの岩石が張り付いているようだった。
文字通りの、地獄絵図。絹を引き裂くような悲鳴や、子供の泣き叫ぶ声、炎に焼かれた木造の家屋が爆ぜる音。耳に届いてくるたび、心臓の鼓動が異常に速くなっていく。これが俗にいう、『絶望』というやつだろう。
宿に無料で泊めてくれたカーラも、なにも彼をこの騒動で殺そうとしていたのではないだろう。そうであると信じたい。
「ははっ……無料宿泊のツケが回ってきたってか? 困ってたところに手を差し伸べてくれたと思いきや、人を絶望させるのがお好きなようで困るなぁ!! 神様よぉ!!!!」
沸々と湧き上がる怒りと焦りを抱え、エントランスにつながる階段を駆け下りる。
すると、そこには営業者であるカーナード一家がいて、この世の終わりかのように慌てふためいていた。
「カーラ!! これはいったいどういう……!!」
「私に聞かないでよ!! それより早く逃げないと、このままじゃみんな死んじゃうわよ!! ほらお父さん!! お母さん!! 早く!!」
非常事態であっても物怖じすることなく家族の手を引く彼女は、すごく頼もしく見えた。
カーナード一家とともに宿の外へと出ると、火の手はもうすぐそこまで迫ってきていた。あと少し目を覚ますのが遅かったらと思うと、ぞっとする。
あたりは焼け焦げた土の臭いと、嗅いだことのない不快臭が立ち込めていた。その不快な香りは、すぐさま本能が正体を勝太郎に伝えてくれたようだ。
──これが『人が焼かれた』香りかぁ……。
揺れるピンク髪を追いかけるように、全速力で走る。道中は所々陥没したり隆起していて非常に走りづらかった。トレーニングは欠かさず行っているので体力に自信はある勝太郎だったが、それは舗装されたコンクリートの上で発揮されこそすれ、不安定な土壌では体力が底を尽きるのも早かった。
「そういえばあなたの名前、聞いてなかったわね!! なんていうの!?」
「帰るべき我が家が焼き討ちにされてるときにする質問じゃないよねぇそれ!! まぁいいけどさ!! 俺は緋色 勝太郎だ!! 夢は正義のヒーロー!!」
「変わった名前ね!! ショータロー、よく聞いて!! あなたは私のお客様第一号だから、生きてほしいの!! レッガルに逃げて!! あそこは結界があるから、『マギラ』達は入ってこれないから安全よ!!」
「なんかカーラに死亡フラグが立った気がするぞ!? そんなテンプレに乗っかるのは御免だね!! 逃げはするけどさ!! カーラはどうするんだ!?」
迫りくる、『マギラ』という魔物の群れと地獄の業火から逃れるためには、どうやらあの街へと逃げなければならないらしい。だが彼女の言い草からして、カーナード一家は街には逃げない選択肢をとるようだった。
「私たちアイシ村の村民は、レッガルには許可証がないと立ち入ることができないの!! 魔物を閉め出すための結界から外れたところにある村は安全性がないって、国王が法律を改定したせいよ!!」
「きょ、許可証!? そんなの俺も持ってねぇけど!?」
「は、はぁ!? じ、じゃあなんでショータローはレッガルにいたのよ!?」
──そんなの俺を召喚したアホに訊けよ!!
とはさすがに言えないので、彼女の質問は聞こえなかったということにしておいた。
「……あぁもう!! お父さんとお母さんは先に『ヤーサヤ村』に行って!! ……ショータロー、手出してみて」
「な、なんだよ急に」
岩陰に隠れ、一時的にマギラの群れの目から逃れたタイミングで、カーラは勝太郎の右手に一枚の紙切れを握らせた。月光と炎に照らされて、見たこともない文字と紋章が見えた。
「これは……?」
「私の許可証よ。正規のルートで入手したものじゃないけど、今日みたいに客寄せをするために使ってた物。あなたはこれを門番に見せて、レッガルに逃げて!!」
彼女の赤い瞳は、『本気』という感情を心に直に伝えてくるようだった。瞳の奥には揺らめく炎に焼かれた、カーラの家兼旅館が映っている。
「なんで……よそ者の俺なんかに……? カーラが逃げればいいじゃねぇかよ!!」
彼の言っていることは、何も間違ってはいない。今にも崩れそうな腐った木の橋を渡るか、石で作られた安全な橋のどちらを渡りたいかなんて、聞くまでもない。彼女はどうして前者を選ぼうとしているのだろう。
勝太郎の必死な訴えは、カーラに届いたようだ。だが彼女がかぶりを振ったということは、心には届かなかったという証拠。
「……言ったでしょ? ショータローは、私の初めてのお客様だって。お父さんが体を悪くしちゃって客寄せができなくなって、代わりに私が引き受けたの。そこまではよかったけど、お客は一向に増えなかった。その時出会ったのがあなただったの。まさか1レンも持ってないとは思わなかったけどね」
「そ、それだけの理由で……? やめてくれよ、死亡フラグが立ちっぱなしじゃねぇかよ!!」
動揺して、今にも泣きそうな顔になる勝太郎をよそに、カーラはにかっと笑顔を見せた。年相応の、可愛らしい笑顔だった。
「それじゃあ、ね。健闘を祈るわ。あなたに、『ハーバー=ダンテ』のご加護があらんことを……」
「お、おい!! 待てよ!! カーラァァァァ!!」
走り出した彼女は、勝太郎の呼びかけには一切応じず、振り返ることなく夜の闇に消えていった。
「……………………許せねぇ」
ぽつり。言の葉とともに、目から雫が零れ落ちる。『激情』が、今まで経験したこともないくらいに湧き上がってくるのが、ありありと分かった。
「グオオオオオオオオッッッ!!!!」
「……うるせぇよ。誰の運命崩壊させてそんな馬鹿みたいに叫んでんだ。……家族思いで!! 他人思いな!! あんなにも優しい少女に!! 重い荷物を背負わせたんだぞ、お前らは!!!!」
大地を揺るがすマギラの咆哮に引けを取らない声量で、絶叫する。未だにあの笑顔が忘れられない。彼女の笑顔だけが、彼の動力源となっている。
ちっぽけではあるものの、彼にとっては偉大なものだ。目の前の怪物どもは、彼女の未来を崩壊させたのだ。ここでやらなければ男じゃ──いや、
「ヒーローじゃねぇ。……そうだよな、『ストライク』」
憧れの存在を思い浮かべながら、不敵な笑みを浮かべる。その割には冷や汗が頬を伝っているように見えるし、足も無様に震えているような気がするが?
──こんな時、本当のヒーローならどうする?
「決まってんだろ。怖くたって、一泡吹かせてやるまで立ち向かっていくさ」
『たとえベルトがなくたって!! 変身できなくなったって!! 俺はみんなを守る!! それがヒーローの仕事だからな!!』 ──『激竜 ストライク』 第二十三話『ヒーロー』より
「お……おおぉぉっっ!!!! 変身ッッッッッッッッ!!!!!!!!」
涙を拭い。歯を食いしばり。眉間にしわを寄せ。一体のマギラに向かって疾駆する。喉が焼き切れるほどの雄叫びを上げ、右腕を引き絞る。
無謀だと分かっていながらも、一発殴ってやらなければ気が済まない。カーラが託してくれた想いとともに、ありったけの力を込めて拳を突き出す。
その時、彼の伝説は始まったのだった。……マギラが彼の目の前から、一瞬にして吹き飛ばされたのだ。
「………………ほぇ?」
いつものトーンよりも二段くらい上の声が、これでもかというくらい間抜けに飛び出た。
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