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崩壊と絶望と、ひまわりのような笑顔の女の子7

 目の前の男の声はいけ好かない、というのが一言で表した感想だった。 

 顔はモザイクでもかかったように見えない。声だけが聞こえる。顔が見えたら空々しい嘘に包まれた笑顔を浮かべていそうだ。


「私は精霊王。妖精の子たちの成長時に現れることがある」


 誰だろう?そう思った矢先に彼はそう言った。

 僕は精霊王の言葉に疑問を抱いた。単純な話だ。妖精と精霊は同じものなのか。

 声はでなかったけれど、やっぱり思ったところで答えは返ってきた。


「妖精と精霊は違うもののように思われがちだけど、それは知的生命体たちが勝手に分けただけだ。その本質は何も変わらない」


 根底からそもそもの話を知らない僕にとって、世間で妖精や精霊が分けられているなどたいした興味もない。そもそも僕には多少の妖精の知識があるだけで他のことはまったく知らない。あとは前世の記憶程度でしか補えない。

 一つわかっていることは、僕は妖精ではなくまだ妖精の子というジャンルだということだけだ。


「妖精の子たちはまず、どこかゆかりのある土地から突然生まれる。そして魔力が溜まると成長する。成長した後、妖精と呼ばれる種と精霊と呼ばれる種に分かれる」


――けど、知的生命体が分けるということは身体的特徴に違いでもあるんじゃないのかな?

 彼はきっと僕の心の中を読んでいるのだ。そう思って心の中でも普段話すように精霊王へと話しかけた。初対面の相手なのに敬語が抜けているのは、なんとなく彼に敬意を持てないからだ。少しだけ語気が強くなっているような気もする。


「そう、違いはあるんだ。多くの妖精の子たちはまるで虫のように小さくなり、本能的に透過魔法を使うようになる。けれど精霊は逆に大きくなって、透過魔法は使えない」


 虫のように小さくなる。その言い回しはまるで僕を妖精にさせないように言っているように聞こえる。虫はあまり得意じゃない。


「君はどっちになりたい?」


 選べるのか。虫は嫌だな。何かに簡単に食べられてしまいそうだ。エルフとかかわってきた僕が誰からも見えずこれから一人というのも孤独に耐えられそうにない。

 虫が嫌いなのはさておいても、今の説明だけだと妖精になろうとは思えなかった。


「多くは妖精を選ぶよ。でも私は君に精霊になってほしいと思っている」


――精霊の特徴って何?

 精霊。物語の数だけ様々な姿があるように思う。この世界の精霊とはなんなのだろうか。


「精霊っていうのはね。特徴は特にない、が正解かな」


――どういうこと?

 精霊王の発言は要領を得ない。なんだかむかむかしてくる。

 と、そこまで言ったところで気づいた。いつもより感情の起伏が大きいように感じる。語気の強さは時間が経つにつれ確かなものへとなっていっている。

 僕は心の中で二、三度深呼吸をした。


「精霊は様々な形をとるんだよ。一般的には妖精の子たちがそのときに印象に残っている生命の形に似た形をとるから、獣が多いんだ。でも他にもいろいろいるよ。面白いのだと爬虫類になったのもいる」


――魔力を糧にするっていうのは変わらないということだったら、今までと何も変わらないってことでいいかな?僕は今まで通りエルフや友達の木々と話をできればそれでいいよ。見える分精霊の方がお得だ。


「おや、自我を取り戻しつつあるね。君はやっぱり特別なようだ」


 どうやらこの空間では普段思っていることがオーバーにでるみたいだ。興奮状態にあるとも言える。言葉が、一直線に相手の心へまっすぐ突き刺さる槍のように向かっていく。

 なんとか心を落ち着けた僕は、精霊王を名乗る男に少し乱れながらも普段に近い調子で喋ることができた。


「心の声が聞こえにくくなってきた。凄い。君のようなのは初めてだ!」


 心の声も上手く制御すれば相手に聞かれないで済むのだろう。もともとこの空間で興奮状態になるのは心の声を聞きやすくするためなのかもしれない。

 精霊王は大げさに喜んでいた。


「おっとごめんね。話を戻そうか。うん。魔力を糧にするってのは君の思う通りだ。それは今までと何も変わらない。身体の変化があるのと魔力総量が段違いになるのと、あとは多少特殊な能力が手に入るかもしれない」


――別に僕は強くなることにに興味がないよ。

 強いことには憧れる。なんだって強い方がかっこいい。魔力総量も、特殊な能力も、手に入ったならきっとずっと強くなるのだろう。

 でも、僕は憧れるだけで強くなりたいなんて思わなかった。それは僕が誰もを圧倒できるような力が入るわけがないと思っているからこその消極的理由かもしれないし、強い力は世界の崩壊を生むからと危惧しているからかもしれない。理由なんてどっちでもいい。僕は強くなんてなろうとは思わない。


「でも、精霊になっても構わないだろう?構わないなら、私にはそっちの方が都合がいいんだ」


――まあ、構わないけど。

 強くなろうとは思わないけれど、結局のところ僕が強くなったことで変わる世界なんて小さなものだ。だから僕自身に問題がないのなら、精霊王の都合のいいようにしてあげてもいい。それが罠なのだとしたら、僕が莫迦だったという話なだけだ。


「大丈夫。君にも、君の周りにも直接迷惑をかけるようなことはしないよ。精霊王の名に誓ってだ。―—おっと、そろそろ時間か。あまり長い時間話せなくてごめんね。これでも僕は精霊王なんだよ。君の心臓くらい働いている。とても忙しいんだよ」


――そうなんだ。じゃあもう二度と会いたくないね。僕のアイデンティティを保つのに苦労する。

 僕のその言葉を最後に、白い世界は光を発し、消えた。視界には茶色いテーブルと、視界の端に緑色の何かが見えた。少し目線を下げるとエメラルドグリーンに輝く髪のエレンがいた。

 エレンはまるで不思議なものを見たような、そんな顔をしていた。


「ア、アル様?」


 声の主はエレナさんだった。台所に立つエレナさんを見る。彼女もまた、エレンと同じような顔をしている。表情筋と目玉が目まぐるしく動き、けれど首から下は固まったままだった。

 なんなんだ、と思って、僕は立ち上がる。なぜだか少し目線が高い位置にあるような気がした。


「あれ?」


 僕の記憶とは何かが違っている。立ってみると地面に足がついているはずなのに、その背丈は悠にエレンを超えていた。エレナさんも超えているように思う。僕はエレンに抱えられるほど小さかったはずだ。


「アル様、ですか?」


 エレナさんがそう訊いてきた。僕は自分の身体を見る。

 白い肌。指は五本、両手にそれぞれあり、人間となんら変わらない身体の特徴のそれぞれが視界に入る。


「エレナさん。今の僕はどう見えますか?」

「アル様、ですよね。ええと、人間のように見えます」

 

 エレナさんは声に疑心感を持たせつつも答えてくれた。声は震えていたけれど、それでもなんとか優しさを内包させたような不思議な声で答えてくれた。

 自分の身体を見つめる。髪の毛が緑色だった。少し身体の色は白に近くなっているけれど、それ以外すべて前世に近いものだ。


――印象に残っている生命の形に似た形をとる。


 精霊王は確かにそう言っていた。ならば前世の記憶の中にいる僕と、現世の記憶にあるエルフの綺麗な緑の髪と雪のような肌が印象的だったのだろう。

 アレンさんが鏡を持ってきてくれた。映ったのは想像したとおり、記憶の中に明確に残っている僕の姿だ。いじめられっ子のような体格をした、それでいてどこか中身の詰まっていない人間じみた何かに見える、そんな姿だ。


「どうやら僕は進化したみたいですね。これもみなさんのお蔭です」


 そう言って僕は頭を下げる。今まででは下げてもまるで下げているように見えなかった頭を下げる。


「そんな、やめてくださいアル様。アル様は堂々としてらしたらいいのです。ただ、その姿について教えていただけませんか?」


 疑心は随分とエレナさんの表情からは消えていたけれど、代わりに不安があるようだった。当然だ。信仰の対象がまったく想像と違う、妖精でない存在へと変化したのだから。それでもきっとこの家族は優しくあり続ける。こんな僕に拒絶心も嫌悪感も持っていない。

 そんな優しい家族に僕が嘘を吐く必要はなかった。ありのままを話した。妖精と精霊の話。精霊王のこと。


「そう、だったのですか。しかし初耳です。まさか精霊が妖精の子から進化するとは。今まで妖精や精霊が知的生命体と会話によるコンタクトをとったことがないからでしょうか」


 正直言うと、少し不安だった。このことを話したら精霊王から何か罰が下されないかとか、この話を聞いて改めてこの家族が拒絶心や嫌悪感を抱かなかっただろうかとか。

 けれど結果は僕の望んだものだった。信じてくれる人がいるというのは、とても幸せなことだ。

 アレンさんはまず真っ先に過去の文献を族長らしき人にかけ合って調べ始めた。

 エレナさんは僕の着替えを用意してくれた。仕方がない。成長して帰ってきた僕は一枚の、僕の髪の色と同じのローブを羽織らされていただけなのだから。

 エレンはいつもと何も変わらなかった。ちょっと驚いた、と言って笑顔を浮かべてくれた。きっともう少し前なら彼女も好奇心のままに動いたのかもしれないけれど、一〇〇歳を迎えて我慢とか、遠慮とか、そういう社会性のようなものでも身に着いたのだろう。ただ安心させてくれるような笑顔を浮かべてくれる。あるいはまだ僕がアルであることが心の中で整理がついていないだけかもしれないけれど。

 そしていつの間にか、エレンの一〇〇歳誕生日パーティーに加えて、僕の成長記念パーティーも同時に開催されてしまった。

 それは夢の中で見る理想の世界のように幸せなものだった。みんながお互いに祝福できる世界。誰もが笑いあえる世界。

 今の僕は、決してこの世界を手放したくない。

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