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崩壊と絶望と、ひまわりのような笑顔の女の子5

 あれは僕が初めてエレン一家の誕生日を祝った日、エレナさんの誕生日だった。

 エルフは長寿であると話でよく聞く。歳を訊くという無粋な行為はしてこなかったし、そういうことを抜きにしても年齢なんて関係なく僕は彼らと接していた。だからそこで初めて彼女の年齢を知ることになった。


「ハッピーバースデートゥーユー ハッピーバースデートゥーユー」


 家族と僕の歌声が家中に響く。特にエレンなんかは元気に歌っていた。幼稚園のお遊戯会みたいで、エレナさんとアレンさんと僕で微苦笑を浮かべた。

 歌い終わると、数本立ったケーキの蝋燭がエレナさんの息で吹き消される。


「おめでとうエレナ!」

「おめでとうお母さん!」

「おめでとうございますエレナさん」


 三人がお祝いの言葉を述べるとエレナさんは照れて頬を朱に染める。その表情はとても子持ちの母親には思えない。まだ二〇代前半女子と言った感じだ。大学に通ってお洒落をして、友達とクレープを食べていたってなんらおかしいところはない。


「ありがとう。アル様もありがとうございます」


 僕はアル様と呼ばれるようになった。それはエレンも変わらない。正直活発で純真無垢なエレンには様付けをしてほしくなかったけれど、どうにも両親がしっかり教育したらしく、上下関係のある相手とはちゃんと礼節をもって接することは必要だと思うので仕方なく様付けは受け入れることにした。僕が我慢するだけで礼儀正しいいい子に育ってくれるならそれほど嬉しいことはない。


「エレナ、君ももう二八九歳か」

「そうね、歳はとりたくないものね」


 僕はその瞬間耳を疑った。エルフなんだから長寿は当たり前、という前世にも共通する常識は頭では理解していても、彼女の見た目からその数字はでてこない。見た目の十倍の年齢は重ねている。

 小説ではエルフでも吸血鬼でもそんなものはよくいて、どれも見た目の一〇倍以上歳をとっている人もいた。けれど抵抗感はなかった。そういうものだと思っていたから。

 でも目の前にしてみるとそういうものではなかった。具体的に言えば、口が半開きで固まってしまった。身体が小さくてよく見えなかったのは幸いだ。

 よく人は驚くと固まると聞くけれど、どうやらそれは本当らしい。

 でも僕の驚きはそれではとどまらなかった。

 翌月、エレンはエレナさんの一か月遅れで誕生日が来る。


「ハッピーバースデー……」


 エレンは大きなケーキの上にのったイチゴのような果実を見つめ、目をキラキラと輝かせていた。本当に、穢れを知らない純真無垢な少女にしか見えなかった。年相応にはしゃいで、一番イチゴのような果実が大きいものをとる。


「エレン、気が早いぞ。まだエレナにもアル様にも配ってないからな」


 エレンはケーキをとった瞬間から一目散に食べ始めようとしたけれど、アレンさんに止められ素直に木でつくられたフォークを収める。フォークは握られたままで、今にも飛びつきそうではあったけれど。

 少女らしくなんて可愛い女の子なんだろう。


「エレンももう九八歳ね」

「ついにエレンも九八歳になったか」


 エレナさんのときは驚きはしたけれど、エルフだからの一言でどうにか落ち着くことができた。

 でも、エレンはさっきから年相応で可愛いとずっと思っていただけに、少し複雑な気持ちになる。何より、エレナさんの年齢は現実味がなく受け入れられる面があったけれど、エレンの年齢は前世の人間も充分に生きている歳だったのでどうにもそこに当てはめられてしまう。テレビで見たお婆ちゃんは確かに純真さがあった。無垢はつかなかったけれど。




「明日で一〇〇歳か……」

「一〇〇歳か。僕より少し若いくらいだね」


 僕の周りはどうもお年寄りが多い。いや、平均寿命が長いだけなのだけど。

 彼も少しも驚いてくれなかった。けれど本当なら僕が一番驚いてはいけない。だって妖精というのは殺されない限り、あるいは体内の魔力がつきない限り死なないらしいから。


「まあそんなわけでプレゼントを考えているんだ。何がいいと思う?」


 ここにはお店がない。エルフという種族そのものが自給自足みたいな面があるので買い物の必要がない。これではプレゼントを買ってあげられない。

 昨年は木でつくった人形をプレゼントしてあげた。木々に少し枝を分けてもらって、僕の妖精の能力で木の形を変えたり削ったりする。今年はどうしようか。


「じゃあ紙はどうかな。エルフは森育ちで文字も使わないから紙なんて使わなかったはずだ。紙とクレヨンでもあればいいんじゃないかな」


 いったいその知識はどこから仕入れているのだろう、という疑問も浮かんだけれど、彼のアイデアがあまりに良かったのですぐにそんなことは忘れてしまっていた。

 紙は木くずで作ることができる。クレヨンだって、この森の中には様々な色を持つ植物がいるため、作れないことはない。妖精の能力なら材料さえ集まれば一瞬でできるだろう。僕にしかできないプレゼントだ。


「そのアイデア、ありがたく使わせてもらうよ」

「妖精さんの役に立ったなら何より。健闘を祈ってるよ」


 そうして僕はふわふわと浮いて彼に挨拶をした後、材料集めに向かう。

 風が木々の間をふわりと駆け抜け、葉のこすれ合う音がする。なんだかそれは僕らを祝福してくれているような、喜びの音に聞こえた。


 材料をとってきて、前世の知識を生かしながら紙とクレヨンをつくっていく。エレンには普段お世話になっているから、できればいいものをたくさんつくってあげたい。何より彼女は大げさというくらい喜んでくれるからプレゼントのあげがいがある。

 砂漠近くの彼とはよく話し、木の中では一番親しく、大親友と言ってもいい。けれど別に僕は彼とだけしか話さないわけじゃない。

 僕は周りの木にどうしたらいいか訊きながら作業を進めていった。

 僕の加護は便利なもので、材料が自然の物ならそこから思った通りの形に変質できる。だから彼らへの相談内容は、形、大きさ、必要な色、特にクレヨンに関することだ。

 周りのアドバイスを聞きながらつくった紙とクレヨンは我ながら出来のいい作品だった。これならより一層エレンも喜ぶだろう。その顔を思い浮かべると、嬉しさのあまり鼻歌交じりに作業をしていたことに気づいた。作業が終わって初めて気づくようなことは、三年前まではなかった体験だ。

 翌日は快晴、涼しげな空気と森の中に差す木漏れ日が気持ちいい。鳥の囀りもいつもより元気な声のように思う。

 僕はエレンの家へ浮遊しながら向かっていく。

 エレンは玄関前で待っていた。どうやら外にでたばかりなのか、「まだアル様が来るには早いわよ」とエレナさんが家に戻そうとしている。しぶしぶ戻ろうとしたところでエレンが僕の存在に気づいた。


「あっ、妖精様だ!」


 まだ僕だと判別しきれてないのか、アルではなく妖精という呼称を使っていた。個人的にはあった頃のように「妖精さん」と言ってくれた方が嬉しい。そっちの方が言いやすいし、元気な女の子の言葉には親近感が湧くそっちの方がぴったりだ。

 僕は「妖精様」という表現に苦笑いを浮かべながら手を振る。

 きっとこの顔じゃあ苦笑いも判別できないのかもなあと、そんなどうでもいいことを考えられるのも今が幸せだからなのだろう。

 僕が来るにはまだ早いと思っていたのか、エレナさんはエレンの「妖精様」という言葉に反応して顔を左右に彷徨わせて探していた。エレンが指をさすことで僕に気づく。 


「少し早すぎましたかね?」


 少し遠慮がちには言ってみたけれど、僕はすでに彼女の答えを予想できていた。僕は彼女たちの信仰の対象になっているのだ。


「いいえ、どうぞお入りください!」


 社交辞令とは思えない満面の笑みで僕を迎え入れる。顔が若いせいか、クラスで一番可愛い女の子に笑顔で話しかけられた気分だった。もっとも、妖精だからか恋愛感情は抱かないけれど。

 家の中に迎え入れられ、僕は苦笑を浮かべながらちょっとしたため息を吐いた。

 隅々まで行き届いた埃一つないピカピカな部屋、森の中とは思えない豪華な金に輝く飾り付け。大掃除後の部屋にクリスマスの飾りつけをしたかのような、普通の誕生日ではあり得ないような様相だ。

 

「いつもながらに精がでますよ」


 キラキラした笑顔で現れたのはアレンさんだ。この掃除や飾り付けは彼が担っている。元々、家族の誕生日にここまではしていなかったようなのだけれど、僕が来てからというもの「妖精様が来るのに散らかった部屋に入れられるか!」と言ってこんなことをしだした。危うく普段来たときにもされそうになったけれど、なんとかしておめでたいことがあるときだけ、というところまでこぎつけた。


「アル様も朝ご飯召し上がりますか?」


 すでに用意してあったと思われる朝食。

 前世の朝は食パンに目玉焼き、飲み物は紅茶というオーソドックスかつ手軽なものにしていたし、現在では食事は魔力補給という目的以外に必要としていないのでそこまで摂っていない。それなのにエレナさんが用意する食事と言えば朝に食べるとは思えない豪華な食事だ。これも「妖精様が来るのにこんな貧相な食事に――」と言っていたところをなんとかめでたいことがあるときだけ、というところで収めた。なんだかんだ信仰の対象というのは嬉しいけれど不便が多い。


「はい、いただきます」


 エレナさんのつくる食事は美味しかった。普段つくる料理も美味しいことに違いはないけれど、やはりお祝い事のときに気合を入れてつくる料理はひと味違う。もし僕に食レポの才能があったのならテレビの前のすべての人に興味を持ってもらえるような本気の食レポをすることだろう。才能がないのが残念だ。


「ご馳走様でした」


 みんなで声を合わせてご馳走様と言う。前世ではそんな機会はなかった。親が共働きで夜まで帰ってこなかったから、一人でつくって一人で食べて。最後に「ご馳走様」と言ったのはいつだっただろう。一人で食べているとつい言わなくなる。こんな些細なことでさえ今は幸せに感じる。

 朝なのにしっかり食べたせいか、エレンも激しく動くようなことはなかった。木でつくったブロックで遊んだりちょっとした魔法で遊んだり。中でも微風を起こす魔法で自分の持っているビー玉ほどのボールを射出、数メートル先の物に当てるという射的のようなゲームが一番盛り上がった。微風は手元で発生させ自分から三〇センチのところまで魔法が使え、そこからは慣性でボールを当てるという簡単なルールだ。空気の流れを変えたり大きくしたりする魔法、俗に言う風魔法はエルフの得意魔法で緑の妖精である僕の得意魔法でもある。魔力消費も少なく僕にもピッタリの遊びだ。


「アル様、ここは手抜き無しで行かせてもらいます」


 真剣な表情でそう言ったのはアレンさんだった。エレンは一〇〇歳になって少し大人になったからか、そんな子供っぽいことを言わないのが逆に少し面白い。

 結果はアレンさんの一位、エレナさんが二位、エレンが三位、僕が最下位だった。やはり手元のちょっとした操作が難しい。生きてきた年月がそのまま魔法の扱いに顕著にでてしまったような結果になった。

 それでも楽しかった。普段感じる木々の間を縫うような風と違い、自分を中心に巻き起こる微風。木々の葉がこすれ合う音も、様々な色を見せる野花もない。代わりにあるのは家族の笑い声と時折見せる色々な表情だった。

 程なくして昼食となった。エレナさんは昼食の仕込みもすでに朝に終えてあったらしく、特に待つようなこともなかった。もちろん昼食も美味しかった。僕に配慮された魔力たっぷりの果実が料理のアクセントに入っていたのが良かった。

 流れるように進んだエレンの誕生日パーティー。昼食を終え、用意していたものをとりだす。


「誕生日おめでとう、エレン。僕からの誕生日プレゼントだ」


 エレンは飛び跳ねて喜ぶ。その姿を見るとちょっと照れくさい。前世ではあまり感じたことのなかった感覚だ。ここは僕にいろんな感情を与えてくれる。ここが僕の今の世界だと実感させてくれる。

 それからしばらくは僕のあげた誕生日プレゼントで絵を描いて遊んだ。エレンはクレヨンを使うなんて初めてにもかかわらずかなり上手な絵を仕上げてきた。ピカソのような芸術性たくましい絵ではなく、ゴッホのひまわりのような、美しく繊細な、そんな絵だ。

 きっと幼稚園児が描くようなくちゃくちゃっとした絵が来るものだと思っていたから僕は褒めるのを忘れてしまい、呆気にとられていた。対してエレナさんとアレンさんは特に驚いた様子もなく微笑んでいた。両親は対応力があるものだ。それとも最初からエレンにはそういう才能はあると見破っていたのかもしれない。


「はい、アル様!」


 エレンはそうして描いたうちの一枚を僕にくれる。僕とエレンとエレナさんとアレンさんがいる、日常の絵。エレンと僕がジェンガ風のもので遊んでいて、アレンさんがエレンの頭を撫で、エレナさんが台所に立っている。絵の中でみんなは笑っていた。エレンは崩れたジェンガを見て喜び、それをアレンさんが自分のことのように喜び、僕とエレナさんが苦笑している。なんだか心が温かくなる絵だ。エレンは同様の絵を二枚描き、片方を僕にくれた。

 ちなみに僕はと言えば、あまりにも手が小さく、五本指ですらないので上手な絵にはならなかった。エレンがしっかり褒めてくれたので、逆に恥ずかしかった。

 夕食は一層豪華だった。身体が小さくとも意外と料理は入るものだ。誰かの誕生日がある度にそんな自分に驚いてしまう。僕はまだ妖精というものが掴めない。

 僕は日が暮れたのと同時に帰ることにした。と言っても帰る場所などないからいつものようにぶらつくだけだ。妖精には人間ほどの睡眠欲はない。一週間に一回程度の眠りにつけばいいため、寝る気にもならない。流石に一日ほどしか経っていないにもかかわらず彼の元に行ってしまうのは怒られるだろう。

 彼ではない、名前のない木に寄りかかる。彼ではないから、この木は僕が寄りかかっても話しかけてはこない。

 強い風が吹き抜ける。

 僕が座った場所はちょうど最近倒れてしまった木の近く。木で覆い隠されていた星空が切り落とされたように一部分だけ見える。満天に輝く星と少し遠い月がとても綺麗だ。

 騒がしくて楽しい、もし僕が前世に住んでいた団地だったなら近所迷惑にしかなり得ないそんな一日が思い返される。目を瞑ればはっきりと瞼の裏に浮かんでくる。

 寂しい夜は、楽しい日中を盛り上げてくれるスパイスだ。僕はこの時間をそうやって楽しむことにしている。

 ふと、人間だった頃が思い返される。最近は昔のことを思いだすことも少なくなってきた。あの頃は今ほど特徴的な記憶はないけれど、あの頃があってこその僕であるから、それを思い出す回数が減るのはちょっと寂しく感じる。でもきっと、前世を思い出す回数が減っているのは今が楽しいからだ。だから僕は寂しく感じながらも、それは僕が楽しく生きている象徴だと誇りにも感じている。

 この生活がいつまでも続いてほしい。エレンやエレナさん、アレンさん、彼や森の動物たちや木々まで、僕はみんなと幸せな世界を生きていたい。

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