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崩壊と絶望と、ひまわりのような笑顔の女の子4

 およそ三年間。森の中での生活に日本のような四季はなく、比較的涼しい気候だった。クーラーなんかでつくる気温より、森の中という自然の気温がずっと気持ちがいい。前世ではクーラーをつけたまま寝ると足がだるくなるようなタイプだったけれど、ここ三年そういう症状もない。それが森の中だからなのか、妖精になったからなのかは定かではないけれど。

そして今日もまた彼らと話す。加護である植物と会話をする能力と、遠くの相手と喋ることができる魔法『コール』を使って様々な木々に語りかける。これが僕の妖精としての仕事になっている。

 この森には僕以外の妖精もちらほらいて、小さな問題なら僕が何かしなくても誰かがやってくれる。けれど砂漠化ほど大きな問題はこの森に棲む妖精が団結して食い止めなければならない。

 妖精は僕のような幼少期の妖精である妖精の子と呼ばれる時期を除き、成長すると自らの姿を透過魔法で隠す。そのため実際に他の妖精と会ったことはないけれど、自分以外の誰かもまた砂漠化を止めることを手伝っているというのははっきりわかった。それは僕以外の誰かも同様に仕事をしていることからわかる。僕らはそうやって彼らがした仕事を交代交代引き継ぐことでなんとか砂漠化を止めている状況にある。


「そうやって妖精さんは僕のところに来るよね」


 『コール』で多くの木々から情報は得るけれど、百聞は一見に如かずという諺は偉大だ、僕は自分の目でも見るようにしている。そのとき、僕は木々が求めていることを訊いたり退屈しのぎのために最初に出会った縁のあるあの木に話しかける。


「そもそも僕ら木は誰かと話すようなことはしないんだよ。話すのは妖精さんとくらいだし、そもそも一生のうちに妖精さんと話すなんて一度あればいいほうだ。砂漠化の話を聞くためにその近辺の木々と話す回数が増えるのはわかるけど、それにしても僕に話しかけすぎやしないかい?」


 表情もなければ動きもないけれど、声色が呆れと若干の憤怒を含んでいるような気がした。少なくとも、僕の前世でそういう声をする人間は僕に苦手意識を持っていたように思える。あるいは、僕が苦手意識を持っていただけかもしれない。

 でも、彼は僕にとって特別だ。

 呆れた声をだされても、そこに憤怒の色が混じっているように聞こえても、僕は彼と話すことを止めたくない。どうしたら嫌われないだろう。そう考えていい訳みたいなことを言ってしまう。


「そんなに話しかけた記憶はないんだけど……。だって一月に一回話しかけていればいい方じゃない?」


 確かに無数にある木々の中では彼によく話しかけている。それでも一月に一回にも満たない。エレンの家族なんかとはほぼ毎日話しているから、比べれば彼なんて僕にとっては話しているとも言えない。


「妖精さんにとっては一月話さないというのはかなり長い間話さないということになるかもしれないけど僕ら木は普段から話さないんだよ。一月に一回なんて話しすぎもいいところだよ」


 植物は話さない。少なくとも、人間のような言語機能は持ち合わせていない。

 僕は木々と話せて、そんなことはすっかり忘れていた。

 彼はそんな僕を気遣ってか、冗談を言うみたいな口調で、ふふっと笑った。

 僕は彼のその反応にほっと安堵する。仲のいいと思っていた友達に嫌われていたなんて事実がないことはとても嬉しい。もしかしたらちょっとした悪戯だったのかもしれない。

 そんなことを考えているとふと、疑問が頭の中に浮かぶ。


「他の木とは話さないの?」


 ずっと気になっていたことだった。僕は木の声が聞こえる。呼吸音も聞こえる。けれど木々が騒がしく話しているところを聞いたことがない。喋る相手がいれば普通は喋るもの、というのが前世での経験上正しい人間の反応だった。騒がしく笑って、喧嘩して、泣いて――そうしてコミュニケーションをとって、自分の存在を、自分の価値を確認しようとする。

 彼は人間ではなくともその人間らしい反応はなんら僕らと変わるところはない。彼も今の不満を僕に声高に主張するだけでなく、周りの木に賛同を得るような形にすればいいだろうにと思う。悪戯だって、きっとみんなで協力した方が面白いだろうに。


「妖精さんは僕らと話せてるから違和感ないかもしれないけど、そもそも話せないはずの僕ら木と話していることは異常なんだ。普通は話すことなんて、心を通わせることなんてできないんだよ。それは僕ら木も例外じゃない。木は木と話せないんだ。それこそ、妖精さんみたいに加護でも持っていない限りはね」


 そうか、話せないのか――。

 彼らに言語機能はなくても、僕のように心を通わせることならできると思っていた。木々は僕と相手なら『コール』だって使える。きっと木にも木にしかない伝達手段みたいなのがあって、お互いに談笑しているのかと思っていた。それなら僕が普段声を聞けないことも説明がつくから。

 風が吹き抜ける度、木々は揺れ、葉がこすれ合う音だけが聞こえた。普段は気持ちのいい風も、今は虚しいものにさえ感じられる。


「ごめん。悪いことを訊いた」

「いや。僕らにとってこれは当たり前だから悪いことでもなんでもないよ。僕は妖精さんと話すことが好きだしね」

「じゃあなんで怒っているの?」

「あれ?そう聞こえた?寝起きだったからかな」


 彼は小さく笑ったような声色でそう言った。彼はさっきから僕の気分を害さないようにわざとそんな声をだしている。悪戯ですらなかったみたいだ。

 価値観も、生き方も、何もかもが僕と彼とは違うけれど、やはりその優しさだけはこの森に来て出会った様々な人たちに通じるところがある。

 それからしばらく僕たちは妖精の仕事とは関係のない、本当の談笑みたいな話をした。最近の果実の育ちだとか、笑ってしまうようなおかしな動きをしていた動物がいただとか。

 砂漠化の様子を見るために来たのに、まったく仕事を忘れて僕は彼と話すことで心から笑っていた。


「妖精さん生まれたばかりはあんまりこっち来なかったのに、なんで少ししたらすぐにこっち来るようになったの?ずっと気になってたんだ」


 話にも一区切りが付いた頃、彼は僕に一つの質問をしてきた。ずっと不思議に思っていたことは僕にも彼にもある。いくら仲がよくとも知らないことは多くある。


「ああ、生まれたばかりは浮遊魔法が使えなくて移動にかなりの時間がかかったからだよ」


 妖精なら使えて当然の浮遊魔法。この身体では歩いても距離なんてほとんど稼げない。だから普通生まれたばかりの頃から使えるはずなのだけれど、未熟な状態で生まれた僕はそれを使うことができなかった。妖精だからか、割とすぐに使えるようになり、あまりの便利さに空中で逆さまになったり踊るように様々な方向へ速度を変えながら飛んだものだ。浮遊魔法は規模の小さな魔法であるためほとんど魔力を消費しない。魔力を貯める必要のある妖精には移動に最も便利な魔法だ。


「そう言えば妖精さん最初は歩いてたよね」


 今では彼に会うのにもふわふわと浮いて根元まで来てから地面に降りるようにしている。帰りももちろん同様で、けれど浮遊魔法というのはスピードがでない。頑張っても小さな子供が歩く程度の速さだ。エレンが僕を担いで移動するとき、全速力ではないにもかかわらず一般道を走る自動車と同じくらいの速さはでているだろう。僕もそれくらいだせればもっとこの森の中を自由に動くことができる。この森中をもっと見て回ることができる。今の僕の目標は、そんな魔法を使えるようになることだ。


「あのときは歩くのが大変だったよ。なんでも便利な方がいい」


 単純に速度がでるというだけのことではあるけれど、時間短縮は誰だってしたい。魔力を貯めこむこともしたいけれど、それと同じくらいこの森をもっと自由に動きたい。

 

「僕たちは動かないからそういう概念はないな」


 木はどこにも動かずじっとしているだけ。僕なら動きたくて仕方がないけれど、最初からそういう宿命を負った木に動くという考えそのものがない。僕もこの身体になってからほとんど食事をしていない。エレンたちならお腹が減ったと嘆いているところだ。

 誰もがみな、違った生き方をしている。人間だった頃からしてみれば不可思議な生き方だけれど、誰一人だって同じ生き方をしていることなんてない。


「そうそう、動くと言えば」


 彼は唐突に思いだしたように話しだした。


「最近、魔物の行動が少しおかしいんだ。こっちに今まで来ていなかった闇猫の群れをたまに見かける」


 魔物は僕たち妖精と同じように魔力だけを糧として生きている生物で、けれど妖精とやり方はまったく違う。すなわち強奪。魔力を強引に奪い取るというのが彼らのやり方。それは動物が何かを捕食するのとなんら変わらないように見えるけれど、まったくもって違う。動物はお腹が膨れれば食事を止める。水族館で充分に食事をやっているサメは同じ水槽に入っている魚を食べないように。けれど魔物はお腹が、いや、充分な魔力を摂っても食事を止めない。というのも存在は妖精に似ているようなもの、つまり魔力を得れば成長する。そして僕たちと同じく、成長する欲求がある。いや、むしろ魔物の方がずっと強い。

 闇猫も一見すると普通の猫と変わらないように見えて、集団で行動し、俊敏性を生かした攻撃が特徴になる。彼らは肉からしか魔力を吸収できないので木の魔力を喰らおうとは思わない。だから森が枯れ果てることはないけれど、代わりにエルフが危険なのは事実として残る。


「それは気をつけないといけないね。注意しておくよ。でも僕はそんな話よりもっとほっこりする話が聞きたいな。例えばヤマネコが現れたとか」


 本当は重要な話なんだろうけど、僕はあまり陰鬱な話は好きじゃない。

 実際この話は伝えてさえいれば問題ない。エルフは魔法適性の高い種族であり、エレンでも自動車以上の速度をだせることから身体能力も非常に高い。僕がすることなど、伝達だけでいい。

 だからこの話は事実だけを確認してもっと頭を空っぽにして話せるような気楽な話がいい。何も悩むことがない、ただコミュニケーションをとるというだけの無益な会話をしたい。それができるのが、本当の友達なんじゃないかと僕は思っている。


「ここは森だろう?ヤマネコはいないよ。猫が好きなら闇猫でいいじゃないか。喰われなければ飼えるんじゃないかな」


 彼は僕をからかうようにそう言った。

 どうやら猫の良さがわかっていないらしい。ここは懇切丁寧に教えてあげよう。


「猫というのはね、一匹で生きているからこそ愛嬌があるんだ。ちょっとした仕草が庇護欲をそそられる。それでいて性格はツンデレだからまた愛嬌があって可愛い」


 どの動物よりもずっと可愛い。言葉には表さないのに、態度には如実に表れてくれるから。

 一匹でいるからいい。群れで生きている動物はあんなに自由に振る舞うことはできない。自由でいると仲間はずれにされて、仲間外れであるだけであまりいい印象を持たれないから。

 動物に癒されるときくらいは僕も自由でいたい。自由な猫を見ていると僕も自由になった気分になる。


「ここに猫はいないんだから君は猫に会ったことないだろう?なんでそんなまるで見てきて一緒に過ごしたことがあるみたいに話しているのさ。それにツンデレってなんだい?」


 猫と一緒に過ごしたことはある。僕の家は団地だったせいで猫を飼うことはできなかったけれど、あるときは祖父母の家で、あるときは野良猫と、あるときは近所の友達の家の猫と遊んでいた。おかげで僕は猫マスターと言っていい。


「まあこの話はいいや。僕は明日に備えておかなきゃいかないからね」


 時間があるなら三日三晩と教えてやったけれど、誰にだって都合がある。僕にだって都合はある。だからその用事が終わってから、三日三晩懇切丁寧に説明することに決めた。


「明日何かあるのかい」


 僕の含みある言い方に彼は当然質問をする。もしここで訊いてくれなければ自分から話すところだった。それはなんだかちょっと恥ずかしい。


「明日はエレンの誕生日なんだよ」

「エレンというと、妖精さんが仲良くしているエルフの子供だったね。明日で何歳になるの?」


 基本的に僕はエレン一家の誕生日は必ず訪れてお祝いをすることにしている。だからあのときの思わず苦笑いしてしまうような記憶がよみがえった。

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