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崩壊と絶望と、ひまわりのような笑顔の女の子2

 どうやら僕は人間ではなく、妖精に生まれ変わってしまったらしい。随分と不思議な話だけれど、僕はそのファンタジーである魔法を知っている。

 ここがどこなのかは把握できていない。生まれ変わって違う世界に来たかもしれないし、僕が生きていた時代の地球が崩壊した後の未来かもしれないし、歴史に載らないほどの過去かもしれない。魔法なのだから何が起こっても不思議じゃない。

 そんなことを考えても仕方がないか、とさっき彼が落としてくれたリンゴみたいな赤い果実を気楽に一口含む。

 僕は割と気楽に生きていたいタイプだ。考えてもあまり意味のなさそうなことは考えない。困ってから考えればいい。

 赤い果実は柿のような味がするけれど、もっと水分量が多くて甘かった。

 これから何もわからない中この森で生きなければならない。果実はそんな甘くない人生には似つかわしくない甘さだ。人生もこんなに甘かったらいいのだけれど。

 果実を口に含んで数秒の内に身体に何かが染み渡るのが感じられる。感傷に浸っていたせいで心にジーンと来るものが身体に現れたのかと思ったけれど、身体は生姜を食べた後のように温かさを増していく。

 それこそが魔力だ。一瞬のうちに全身に行き渡る。まだ成長には全然足りないということだけわかった。


 森の中にしばらくいれば、ここは魔力が豊富にあるのだということがわかった。

 木々が息をするたび魔力の出入りも行われている。そして、森の中の魔力は増減を繰り返しているということもなんとなくわかった。

 森にある魔力は僅かに僕の身体にも入っていっている。しかもそれだけで身体を維持するのには充分な魔力量だ。

 妖精の本能は僕の成長を求めていた。彼のようなこの森の木々たちも僕の成長を必要としているけれど、僕もまた彼らなしではストレスの多い日々を過ごすことになるだろう。それと同時に、緑の妖精だからかもしれないけれど、森は僕の心を非常に落ち着かせてくれる。僕が森を離れる理由は見当もつかない。

 妖精というのはまだよくわからない。けれどこれからの未来、なかなか悪くなさそうだ。


 一日過ごしてみて、妖精の身体が魔力でできているということの意味がよくわかった。

 お腹が減らない。森の魔力が豊富だからこそかもしれないけれど、果実一つでお腹が減らないというのも妙な話だ。妖精になったというのも実感できる。

 妖精に生まれ変わって良かった。初めての場所、周りに話せる人もいない、独り。人間では生きていくのにも苦労しそうだ。

 でもやっぱり、人間的な部分が残っていて安心する自分もいた。綺麗な場所にいたいという感情だ。景色だけではない。衛生的な綺麗さを僕は求めていた。やはり森であるからにはなんらかの動物がいて、それらの糞 生きていくうえで妖精に生まれ変わったことは喜ばしいけれど、元人間としてはやっぱり人間も捨てがたい。

 たくさんの問題があって、悩んだり、たまに休んだりを繰り返しながら僕は様々なことを思考した。

 だからだろう、いつの間にか夜になっていることに気づかなかった。ある程度だけれど妖精というのは夜目が効くのだろう。森に光が入りづらく、もとから薄暗かったというのもあるかもしれない。

 気づいたのはたまたま空の見やすい場所に着いたときに、綺麗な星空が見えたからだ。

 僕は星が見える位置に寝転がって今日一日を考える。

 とても不思議だというのがやはり素直な感想だろう。死んだはずが生まれ変わって妖精になっていて、砂漠のすぐ隣にはあるはずのない豊かな森。

 けれど今は、この綺麗な星空を頭を空っぽにして見たくなった。空から零れんばかりの星々は都会の街では見られないほど壮観だ。思わず見入ってしまって、それがなんとなく今日の疑問の数々をどうでもいいとさえ感じさせてくれる。

 どこからか鈴虫の音が聞こえた。プラネタリウムで音楽を聴いている気分になって心が落ち着く。心が落ち着くと夜だということもあってか眠気も誘ってくる。

 僕は間近にあった木に許可をもらって寄りかからせてもらった。視界を空から地に落とすと、小さな光がいくつも見えた。数秒ごとに点滅する光はこの近くにある水辺の方向に飛んでいく。

 この光景は前世にもあったものだろう。けれど蛍なんて最近は見なくなった。都会でゴロゴロと過ごして夜の森に入ることのなかった僕の世界にはなかったものだ。

 目の前は理想郷だった。気持ちが良くて美しい世界。綺麗なものばかりで満たされた世界。たまにはこんな世界もいいかもしれない。

 蛍の淡い光はやがて霞んでいき、僕はいつの間にか眠りについていた。


 目を開けるより先に意識をはっきりとさせた。目を瞑ったまま昨夜は寝落ちしたのか、今日はどうしようかと考えてから目を開ける。思考は引き戻されて、僕の目が現実を見る。

 僕は目に映ったものには驚かなかった。


「妖精さんだ!」


 僕よりはっきりと大きくて人間とほとんど変わらない顔をした女の子。僕が起きたのを見て、確かめるように声を上げる。

 少女は人間にしてみれば一〇歳程度だろう。無垢でちょっと抜けた雰囲気があって、何もないところで転んでしまう姿を想像してしまう。


「君は誰?」


 僕はなるべく笑顔を浮かべた。転生して初めて木以外と話す機会は少し慎重になる。

 小さな僕をしゃがんで見下ろす少女は、森の中の少し肌寒い気候とは反対に薄着だった。半袖にミニスカート、夏の小学校で見るような格好だ。


「私はエレン。妖精さんは?」


 寒々しそうな服装とは反対に太陽の光を浴びたひまわりのような笑顔を浮かべる少女。そんな少女に僕は少し安心感を覚えた。隠し事を知らなそうな無邪気な少女は僕の心情とは裏腹に小首を傾げる。

 ひとまず今の僕には名前がないことに気づいた。人間の頃の名前を名乗ってもいいけれど、少女がエレンと名乗ったことから日本人の名前というのは少しおかしなものかもしれない。ならばもう少しわかりやすく、覚えやすく、発音のしやすい、呼ばれて僕が反応できる名前にしよう。


「アル。僕の名前はアルだよ。よろしく、エレン」

「うん!よろしくアル!」


 エレンの屈託のない笑みは、やはり無条件に安心感を与えるひまわりのような笑顔だった。


「ついてきて!」とエレンに言われ、僕は困った笑みを浮かべる。不思議そうな顔をするエレンに、僕は早い移動ができない現状を伝えた。

 僕はエレンに抱きかかえられて移動する。

 3D映画でも見ているかのような迫力に、僕の身体は竦んだ。エレンは人間とは思えない速度で木々を渡って行く。途中エレンが後ろを振り向くことがある度ポニーテールが遠心力で何度も僕の顔面を直撃した。痛い。


「エレンの髪は綺麗だね」


 僕は移動中にふと気がついたことを漏らした。高速移動中だから僕の小さな声では聞こえないかとも思ったけれど、どうやらエレンの耳は素晴らしく良かったようだ。大きくて先の尖った耳はどんな音もとらえてしまうのだろう。


「うん!お母さん譲りなの。この綺麗な髪はお母さんで、深い緑色はお父さん譲りなんだ!」


 森の緑よりも深く美しい緑が、僅かな木漏れ日から反射してキラキラと輝く。

 風を切り、ようやく森を抜けた先、いや、森を開拓したであろうところにあったのは一つの町だった。決して大きくなくて、すべて木でつくられた家に景観がマッチしていて僕は思わず見とれてしまった。


「着いたぁー」


 エレンが息の抜けた声を発する。疲れた様子は見えないけれど、やはり我が家の安心感というものは違うのだろう。

 彼女はとたたたたーと漫画のように自分の家に向かって駆けていった。


「お父さんお母さん妖精さんだよ!」


 エレンはバンと大きな音を立てながら家に入り、すぐに両親を呼んだ。

 慌ててでてくる人がいないことを鑑みると、こんな風に元気いっぱいなのはいつものことなのかもしれない。自分にはなかった子供の姿はなんだか微笑ましくて、孫の様子を見守っている気分だ。

 エレンの両親がそれぞれの部屋からでてくる。父親の方は少し苦笑いしながら、母親の方はちょっと怒った様子で。ただ二人とも一児の親なのかと思うくらい若かった。見た目には僕の従兄妹のお姉さんよりも若く見える。


「エレン、いつも家に入るときはもう少し行儀よくしなさいと言ったはず……」


 そんな、一見大学生、下手すれば高校生くらいに見えるエレンのお母さんはため息を吐きながら叱ろうとして、動きを止めた。エレンを凝視している。いや、エレンというよりもその腕の中に抱きかかえられた僕とエレンを視線が行ったり来たりしていた。

 妖精があまり姿を見せないというのは木の彼から聞いた。もしかしたらそれで僕が何なのかわからないのかとも思ったけれど、エレンが僕をすぐに「妖精さんだ!」と言ったからには彼女も僕のことが妖精ということはわかるはずだ。


「エ、エレン。妖精さんってまさか妖精様をここに連れて来たの?」


 寒い日の子犬のようにぶるぶる震える姿は見ていて面白いと思わなくもないけれど、それ以上に僕からしたらよくわからない状況だ。彼女が僕のことを「妖精様」と呼んだのも不思議に思う。怯えているようにすら見える彼女と、よく見たらその隣にいるエレンのお父さんも同様の反応をしている。


「妖精様申し訳ありません。エレンがご迷惑を」


 深々としたお辞儀は日本だったら今にも土下座をしてしまいそうだった。僕は苦笑いを浮かべるとなるべく優しい声で問いかける。


「ええと、ごめんなさい。僕、実は未熟なまま産まれてきたみたいで貴方たちにとって僕がどういう認識なのかわからないのですが」


 エレンの母は大きく息を吐いた。


「わかりました。立ち話もなんですからどうぞこちらへ」


 そう言って僕はリビングに案内される。僕はずっとエレンに抱きかかえられたままだったのだけれど、エレンの母はそれを見て今度は小さく息を吐いた。今度はため息みたいだった。

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