王道ドロップアウト
皆様はじめまして、私悪役令嬢のミスティー・ディレインです! 悪役令嬢、そう悪役令嬢なんです!! ディレイン伯爵家の娘です!! みなまで言わずともお分かりですね、乙女ゲー転生型の悪役令嬢です!! ひき逃げアタックからの異世界転生です!!!
なんでこんなテンションなのかと言えば、もうテンションくらい無理やり上げてかないとやってけないからですよ!! 今日も元気に胃が痛い!!
『ミスティー嬢、今日も素敵な笑顔だね。 まるで君の周りにだけ花が咲き誇るようだ』
「うふふ、そんなことある筈ございませんのに……相変わらずお上手ですね殿下は」
『いや、僕には本当にそう見えるんだ。 それと僕のことは名前で呼んでほしいな』
「うふふ、またまたご冗談を。 一臣下に過ぎない私のような者が軽々しく殿下のお名前をお呼びするなどおそれ多いですし、皆様からの顰蹙を買ってしまいますわ」
『では二人の時には呼んでくれるね?』
「うふふ、本当に殿下は冗談をおっしゃることがお好きですね」
一方的にしつこく言い寄ってくる親しくもない男を名前呼びなんて冗談じゃねぇってことです、お分かりやがれ。 人が嫌がってるのを分かりやすく薄っぺらい同じ作り笑いしてあげてるのに全スルーとか、花が咲いてるのは私の周りではなくアンタの脳内です。 この国の王子じゃなかったらひっぱたいてるところですよ?
図書室で読書に勤しんでいた私のピッタリ隣に座るなり口説いてくる男に、中身のない上っ面だけの対応を続ける。
……えぇ、もう胃痛の原因はお察しですね? この脳ミソお花畑こと我が国の第一王子ジェームズ・リンド・ベイボルト殿下です!! ひいてはその周囲の方々です!!
殿下はまず言うまでもありませんが私が転生した先であるこの【フェアリーコール -恋の呼び声-】というアクション要素有りな乙女ゲーの看板ヒーロー、バリバリの攻略対象! つまり顔面偏差値ドチャクソ高男! 戦闘では初心者でも使いやすいバランスタイプ! ゲーム本編では私の婚約者でしたね、全力で回避しましたけど!!
イケメンにだけ何処からともなく吹く謎の風にサラリ揺れながら陽光で光る金色のショートヘアーと、切れ長ですが優しい輝きを宿した紫の瞳、私でも股下軽く潜れるんじゃないかと思えるくらいに足が長く華奢ではないが細身のスラリとした体、そして私の前世で超有名声優が担当していたその声。 もう絵に描いたようかテンプレイケメン王子ですねありがとうございます!! ゲームでは砂糖吐くんじゃないかってレベルの溺愛系ストーリーでした!!
しかし何故かヒロインちゃんがいるのにそっちでイベント起きないんですよ!! 代わりに何故か私に攻略対象とのイベントが勝手に降りかかるんですよ!! 貴族の養子とかでもなんでもなく一般ピーポーなヒロインちゃんは今日も平和に同じ平民のお友達と仲良く学園生活送ってる!! なぜ!!!
『失礼しますジェームズ殿下、お戯れはそこまでに。 彼女に“事実無根”の噂がたってはご迷惑がかかるでしょう』
言い寄る殿下と私の間に手を挟みいれてそう制したのは、これまた攻略対象のジーニアス・アンセム。 我が国の騎士団長もなされるアンセム公爵の一人息子にして、その次代を担うのではないかと今から期待される剣の天才。 誠実で生真面目、寡黙な忠義の騎士。 戦闘では攻守に優れたこちらも初心者向け性能。
彼はいわゆる男らしいタイプが好きな方向けの攻略対象。 殿下と身長はほぼ一緒ですがガッシリした厚みのある筋肉のついた体と、銀の短髪に物静かな青い瞳をした凛々しく精悍な顔立ちをしています。 こちらもまた溺愛系だけど殿下が歯が浮くような甘い言葉を吐きまくるのに対して、ジーニアス様は不器用で武骨なりに真っ直ぐヒロインを慕う気持ちを伝えてくる。
……それにしてもジーニアス様、今あからさまに“事実無根”を強調しましたねー。
『やぁジーニアス。 いったい何のことかな?』
『お分かりでしょう? 我が国の王子である貴方が婚約者のないご令嬢に必要以上に身を寄せるなど、品のない者達が“事実無根”の噂を広めてしまいます。 それは彼女が婚約者を探す上でのご迷惑となることは分かるでしょう?』
『おや、それは大変だ。 そうなったら僕がきちんと責任をとらないとね?』
『それには及びません。 万が一そうなっても私がおりますので』
『はは、どういう意味かな?』
『言葉のままです』
やめてやめてマジでやめて。 こっちをチラッと見ないでジーニアス様。 それにつられて殿下までこっちを見ないで。 あぁ胃が!胃が!!
『おみゃ~らは相変わらずうるさいにゃあ。 ミスティー、今日も僕をナデナデするにゃ~』
究極に気まずい状況の中で私の膝の上に突如のし掛かった重み。 なんで今日に限ってこんな火に油どころか火災現場にタンクローリー突っ込ませる真似をするんですか、女神様。
はい、新たな攻略対象のご入場です。 私の膝の上に乗ってきたのは一見すると非常に愛らしい姿をした黒い毛並みをした長毛種の猫ちゃんなのですが、その正体は我が国の隣国にあります獣人族の国であるマルクト国の第二王子であらせられますジオ・デイン・マルクト様。 友好国である我が国へ留学生としてやってきています。 戦闘では高い速度と、攻撃力が低めの代わりに常時二連続攻撃かつ武器に高性能なデバフ効果付きが多い。
今は普通の猫の姿をしていますが本来の姿は大きな黒豹で、もちろん人型にもなれます。 人型の時はあちこち跳ねた癖っ毛な黒髪と猫らしいパッチリつり目な金色の瞳、体格は殿下と同じく細身ですが跳躍力が高くパルクールのようにあちこちを走って跳んでとしている姿が学園でもよく見られます。 性格も猫っぽく気まぐれでつかみ所がなく、自由気ままでイタズラ好き。 語尾に『~にゃあ』など猫を思わせる喋り方をするのが特徴。
ゲームではヒロインの前に突然現れてちょっかいをかけたりイタズラを仕掛けたり、からかったりしてくるけど常に一定の心の距離をおく不思議なお調子者。 でもルートを進みイベントを経てくっつくとヒロインに対してべったりの甘えん坊猫ちゃん全開。 おかしいなー、ジオ様まだ誰ともくっついてない筈なのになんか既にその状況に覚えがあるナー??
『……ジオ殿、我が国では未婚の女性に対してそのように気安く触れるのは失礼にあたりますよ』
『ジェームズはうるさいにゃあ。 僕はこうするとミスティーが喜んでくれるし、僕もミスティーに撫でて貰えて嬉しいからしてるのにゃ。 そんなに言うなら、ミスティーが僕の番になれば文句ないにゃあ?』
『ご冗談を。 彼女は我が国の民です、隣国の王子である貴方にはご自分の国に相応しいご令嬢がおられるでしょう』
『別に違う国の人間と番になっちゃいけないなんて決まりはないにゃ~? というかジェームズこそもっと他に相応しい番の相手がいるんじゃにゃいのかにゃ? ついでにそこのお堅い騎士候補も。 ウチの国との友好の証も兼ねて、ミスティーは僕の番になるのが一番だにゃあ』
私の膝の上でゴロゴロしながら黒猫はニヤリと笑う。 手の中にモフモフを感じながら自分の周囲の温度がどんどん急降下しているような錯覚を覚えた。 視界の端では他の図書室を利用していた生徒が殺伐とした空気に耐えきれずそそくさと逃げているのが見えた。 待って私も連れてって!!
『お話中に失礼します、皆様方。 ディレイン嬢、少々来て頂いてよろしいですか? 先日受けたご相談に関してなのですが……』
「!! はい今すぐ参ります!! 殿下、アンセム様、マルクト様、私はこれにて失礼します!」
そんな絶対零度の空気漂う空間に颯爽と現れたのは裾の長い白衣を揺らめかせ、背中の中程まである淡い水色の髪をポニーテールに結い上げ、少しレンズの厚めな眼鏡の奥に目尻の垂れた優しい碧の瞳を覗かせるオルドー・ベザイド先生。 顔面偏差値高い、つまりベザイド先生も攻略対象の一人です!
『あっ、ミスティー待って……!』
『ディレイン嬢!』
『ふにゃあ~! まだ撫でられ足りないにゃ~! ミスティ~!』
うるさいこんな所にいられるか! 私は自分の部屋に帰るぞ!! ……と死亡フラグなセリフを内心で叫びながら私は膝に乗っていたジオ様を机の上に退かしてそそくさと立ち上がり、お三方にカーテシーでご挨拶をしてから呼び止める声にも振り返らず読んでいた本を手にベザイド先生の後について図書室を後にした。
はぁぁぁぁ!! 救世主!! 私の救世主ベザイド先生!! ちなみにベザイド先生は救護室……いわゆる保健の先生です。 治癒魔法のスペシャリストですよー。 戦闘面ではこのゲームで貴重な高性能回復&バフのサポートポジションで、パーティー加入したら殆んどのプレイヤーが駆り出せる時は出ずっぱりにしたタイプ。
着いていった先は救護室の中にある扉の先にある小部屋で、備品の倉庫兼救護教師の休憩室兼悩みがある生徒の相談室ということになっている。
ベザイド先生は部屋に入るなり扉に鍵をかけ部屋全体に防音魔法をかけて部屋の内側から外に音が漏れないようにすると、白い長テーブル脇に置かれた簡素な椅子へ大股開きでどっかりと腰かけ白衣の内ポケットから巻きタバコを取り出してくわえ生活魔法で火を点けた。
無言でスゥゥゥゥ……と景気良く煙を吸い込んでから豪快に吐き出す。 その顔は先ほど図書室で見せていた穏やかな人柄は別人格でしたと言われても納得出来るほど面影の欠片もない気だるそうな眼差しとやさぐれた表情をしている。 そう、ベザイド先生は表向きは穏和で紳士的な人柄に振る舞っているけれど、その素顔は面倒くさがりでガサツな男らしい性格なのである。
『……お前さんよォ、本当に面倒事を呼び込むことだけは天才的だよなぁ。 どうしたらあんな死ぬほどめんどくせぇ状況になれンだよ』
「そんなの私が知りたいっていつも言ってるじゃないですか!! 私は極力関わらないようにしてたのにあちらが勝手に寄ってくるんですよ!! 私の何がいいのかさっぱりですよ!!」
『ウチの国の王子に隣国の王子、騎士団長のご子息……まだ他にもいたな。 モテモテで選り取りみどりじゃねーか、さっさと一人適当に婚約者に据えりゃ他は落ち着くんじゃねぇか?』
「絶ッッッ対に嫌です!! 王子クラスの権力者なんてあからさまに面倒事の塊ですし、そうじゃなくてももれなく全員こっちの意思お構いなしに感情押し付けてきすぎてドン引きなんですよ!! ただでさえ正面からお断りしてるこっちの話は聞かない上に何気ない言葉を自分に都合良く解釈しまくる!! 私は!! 貴族としては恋愛結婚とまでいかなくてももう少しマトモな相手と結婚したい!!!」
『おーおー、今日も荒ぶってんなぁ』
ベザイド先生はタバコをくわえたまま椅子から立つと冷蔵箱という魔法の力で冷やす冷蔵庫のような箱から冷えたお茶を取り出すと二つのカップに注ぎ、片方を先生から机を挟んだ正面にある椅子の前へ置いてくれた。
ぜーはーと肩で息をしていた私はカップの前にある椅子に座ると「ありがとうございます、いただきます」と先生に一声かけてからお茶に口をつける。 ほんのりとハーブの香りがする冷えたストレートティーは血がのぼった頭を少しスッキリとさせてくれた。
さて、このベザイド先生だがゲーム内では唯一大人ポジションの攻略対象だからなのかストーリーが非常に重たい。 鬱展開えげつない。
細部まで語ってしまうとかなり長くなるのでかなりはしょると、先生はかつて冒険者をしていたことがあり相棒をしていた幼なじみ兼親友の男性がいた。 そしてその男性はもう一人の幼なじみである女性と結婚していたが、実は先生はこの女性にずっと密かな想いを抱き続けている。 つまり攻略中もまさかの彼には想い人がいるということ。 ヒロイン愛されストーリーではなく、ヒロインが先生に片想いをすることになるストーリーがなかなかに良かった。
しかし十年前のある日、先生と相棒さんはクエスト中に情報になかった自分達の強さを上回るモンスターに襲われ、その際に相棒さんは妻とそのお腹にいる子供を残して死んでしまう。 死の間際に『アイツ等を頼む』と遺された先生は、それ以来ずっと先生は、死んだ相棒の奥さんと子供に支援を続けていた。
親友の愛した人とその子供を守るという強い使命感と亡き友への義理や友情、しかしその裏に想い続けていた女性を自分の傍に置いておける後ろ暗い喜びが常に纏わりつき、それは先生にとって罪悪感と自己嫌悪に板挟みにされ続けた十年間だった。
まぁそんなこんなで本性を知って心が近付けたかと思ったら女性といる姿を見てヒロインが先生を既婚者と勘違いしたり、先生の口から死んだ相棒の話を聞けるイベントを経て待ち構えるのは絶望イベント。
十年間、死んだ夫のことで先生の人生を縛り付けてしまっていると悩んでいた女性は、地方の貴族から後妻になる変わりに子供と共に不自由ない暮らしをさせるという誘いを受け、それを了承するつもりであることを先生に告げる。 もちろん先生はそれを止めるけど女性の意思は固く、秘めた想いを告げる勇気もなくただ黙って見送るしかなかった。
しかし彼女が貴族の元へ旅立った日の夕暮れ、先生の元へ届いたのは女性と子供が乗った馬車が道中で魔物に襲われ御者と乗客含めて生存者は一人もいなかったという知らせ。 慌てて現場に駆けつけた先生が見たものは、食い散らかされ誰のものか分からないけど肉片や手足が散らばる惨劇の現場で他の人々と同じような無惨な姿を晒す愛する女性と親友の忘れ形見だった……という怒涛の鬱展開。
いや、このシーンで先生の声優さんの表現力がほんっっとえげつなかった。 心の奥底から絞り出したような絶望の叫びに本気で鳥肌たったもん。 声優さんってすごい、僕は改めてそう思った。
しかもそれで自暴自棄になった先生に一定期間内にとあるアイテムを見付けて渡さないと、生きる意思を失くした先生が自らの命を絶ってしまうという油断も隙もないバッドエンド付き。 乙女ゲーじゃなく鬱ゲーやってたっけと思った日が懐かしい。
だから本編内で先生とヒロインが正式に付き合うことはなく“ヒロインの想いに応えることが出来るか分からないが、これからはもう逃げずにきちんと向き合うから時間がほしい”ということを告げられ、スタッフロールが流れるエンディングの後にすっかり大人になったヒロインに先生が指輪を贈っているスチルが……という終わり方。
もちろんバッドエンドはゴメンだし、ぶっちゃけストーリー中に女性も自分達を支えようとしてくれる先生に心を傾けている様子があるんだよね。 多分旦那さんに対する操的なものと、先生への負い目から気持ちを認めるに認められないような感じだったんだと思う。
だから私はもう全力で先生の背中蹴っ飛ばしてやりましたよ!! 物理的な意味ではなくて、ウジウジでもでもだってするいい歳した成人男性に発破かける的な意味で。 さっさとお前ら素直になってくっつけそれが圧倒的ハッピーエンドだオラァ!!と。
その甲斐あってか先生は女性に『アイツのことを忘れなくていい。ただ、自分がこれからもお前達と生きることを許してくれないか。お前達を愛してるんだ』と告白して、女性も『しばらく考えさせてください』とは返してたけどありゃ時間の問題だね! 吹っ切れた先生がそれからゴリゴリにアタックしまくってるし! 年の割りに大人びた息子君はいいからもう早く再婚しなよ的なスタンスだし!
そんなこんなありまして先生は自分の迷いを払って縁結び的なことをしてもらったと私に教師と生徒の枠を超えた信頼を寄せてくれたようで、二人の時は年の離れた良きお友達的な感覚でお付き合いしております。 この相談室は私の避難所として普段から大変活躍中……。
『しかし殿下方のことは置いといて、本当にそういう候補とか目星はないのかよ? 親父さんは卒業まで相手見付けられなかったら自分で相手を決めて結婚させるつってんだろ?』
「いやまぁ、卒業まで猶予をくれたお父様には感謝なんですが……生憎その置いとかれた殿下達のせいで目星つけたとこで誰も近付けないんですよね! 私から近付いても何処からともなく誰かしらやって来てこっちの迷惑考えず勝手に睨みきかせて追い払いやがりますし……なんでそんな私に執着しますかねぇ!? こんな女一人を中心に動くなんて恥ずかしくないのかってかこの国の行く末が不安しかないですよ!!」
『よーしよしよし、お前さんは頑張ってるよ。 ひたすらに相手が悪かっただけで』
「うわぁぁぁぁぁん!! 私の好みはゴリゴリに身長高くてシャツのボタン吹っ飛ばせるくらい雄っぱいバインバインで服がパッツパツな筋肉がある男らしい男性なのにーーー!!!」
『お前さんもなかなか特殊な好みしてんなぁ……。
……ん? んー? ……いやでも一人いねぇか? その好みに当てはま、ぐえっ!?』
私は机に伏せっていた顔を高速で上げて机に乗りだし先生の服を勢い良く掴む。 誰!? 誰なのそれ!? いかんせんこの学園の敷地は一つの街くらいにでかいし専攻学科も幅広く分かれてて、生徒も貴族平民入り交じってかなりの人数がいるからチェック漏れしていたのかもしれない!!
「誰ですかそれは!! 早く情報吐きやがれください!! ひとまず見てみないことには決めかねますが、それでも可能性があるならギブミー未来の旦那様!!!」
『落ち着け落ち着け!! どんだけ好みの男に飢えてンだ!!』
掴んだ服ごと前後に揺さぶって先生から情報を吐き出させようとする。 だって私の周囲にはいてもジーニアス様が一番の筋肉ポジなんだし確かに筋肉はしっかりしてるんだけど、私はあの程度じゃ物足りないんですよぉぉぉぉぉ!!!
『──……で、あれがそのお前さん好みの男だが』
「はひぇ」
『おいなんだその声とだらしねぇ顔!? って涎垂らすな! てか伯爵令嬢がしていい顔じゃねぇぞ!?』
翌日、先生と二人で剣術学科の校舎の影から寮から登校してくる生徒達が多く通る入り口前を隠れて見ながら思わず間抜けが声が出てしまった。 私は自慢ではないが成績優秀な者が集められる特殊クラスに所属しており、特殊クラスのある校舎はこの剣術学科とはかなり離れた位置にある。 だから彼の存在は知らなかったけど、それでも私は“彼を知っている”。
「ゆ、有料DLCのクソ強生徒Zパイセン……!!」
『何言ってんだお前?? ありゃ剣術学科のゼータ・ユーニルドで、風紀委員。 だもんで、毎日ああして入り口前に立って他の生徒の服装や髪型のチェックしてんだよ』
そう、彼は戦闘パートで楽をしてストーリーをさっさと読んでしまいたい人のために有料DLCとして配信されていた、戦闘ユニット【生徒Z】パイセンだ!!
【フェアリーコール】はアクション要素有の乙女ゲーため、武器や防具だけでなく攻略対象に贈る品物を作るための素材なんかを各地の探索によって得る必要がある。 そしてその探索に向かうパーティーを組む際に攻略対象達は各々の予定があるためかいつでも呼び出せる訳ではなく、そういった場合には名前のないモブ生徒をパーティーに組み込むことが出来る。
そして彼は有料DLCだけあってかそのモブ生徒の中、いやむしろ攻略対象達よりも遥かに高い戦闘能力を誇り公式チート扱いをされる【生徒Z】!! 量産型のモブ生徒ユニットとは違い明らかに強者オーラ半端ないムッキムキの姿をした彼は物理から魔術まで扱える上にどの技能も高威力を誇るし、防御力もえげつなく全員のダメージを引き受けるスキルもあるため壁役もこなす……まさに人間要塞。 もう戦闘はお前一人でいいんじゃないかなとプレイヤー達からは言われるレベル。
そして何より私の大本命ッッッ!!!!
今にも制服のボタンや布がはち切れてしまいそうなほどにパッツパツの雄っぱいや腕や太もも、一睨みすれば弱いモンスターくらいなら殺せるんじゃないかってくらい鋭い金色の眼光を宿す男らしい顔つき、デコ出しの見るからに硬質そうな短い黒髪、更に2m近くはあろうかという高身長!! 私の好み役満です本当にありがとうございます!! 自ら風紀を乱すようなドスケベワガママボディーの風紀委員め!! この風紀委員、スケベ過ぎるッッッ!!!
前世では『どぼじで君が攻略対象じゃな゛い゛の゛ぉ゛ぉぉぉぉ!!!!』と顔を覆いながらベッドをゴロンゴロンした夜が何度あったことか!!
『アイツも家に爵位があれば余裕で特殊クラス行きだったんだけど、アイツの家は準男爵だから実質平民だ。 特殊クラスは結局爵位がある家のやつしか行けないしな』
「大丈夫です彼なら武功をあげて余裕で陛下から爵位を賜れますともむしろ爵位なんかなくても私はオールオッケーですしお父様は最悪物理で黙らせますええ黙らせますとも絶対に絶対に絶対に……」
『待て待て待て目がヤバいぞ落ち着け!!!』
「あぁもう呑気に眺めている場合ではないですね!! こりゃもう当たって砕けろです!! まぁ私は容易く砕けるつもりはないですが!!」
『ちょ、まっ、行くの!? マジで!? 行動力高すぎないか!?』
先生が止める声も聞かず私は急いで、しかし令嬢らしく大股で走るようなことはなくカサカサと彼の背後へと近寄る。 決してGではない。 周りの生徒がギョッとした顔をしているが気にしない、だって早歩きであって走ってはないもの。
「風紀委員のお仕事お疲れ様です、少々よろしいでしょうか?」
『む? こっ、これはディレイン伯爵令嬢様! 私に何かご用でしょうか!!』
「まぁ! 私のことをご存知ですのね!」
『ご冗談を。 この学園におりまして貴女を知らない者などおりますまい』
それはどういう意味でなんでしょうね!! 殿下達のお気に入りとかの意味で有名だったら発狂しかねないです!!
あぁ……でも強面で武骨な外見にそぐわず、礼節がしっかりなされているんですね……! 私を確認するなり片ひざをついて頭を下げてくれる。 ゲームの戦闘中では常にめっちゃ声がでかくて攻撃しながら豪胆なかけ声することから脳筋クソデカボイスキャラかと思っていたけれど、そんなとこもイイ……!!
『して、私にどのような……』
「えぇ、私の婚約者になっていただけませんか? もしくは婚約者を前提にしたお友達に」
『……、……申し訳ございません、他の生徒の声に気を取られ貴女様のお言葉を聞き逃したようです』
「私と結婚してくださいませ」
『…………、…………はい??』
「私の未来の夫になってください」
『……し、失礼ながら、そういったことはご令嬢が言っていいような冗談ではありませんな』
「子供はたくさん欲し『破廉恥!!!』むぐ」
ゼータ様の手が!! 私の顔面を鷲掴みに出来そうなほど大きくてゴツゴツとしたセクシーな手が!! 私の口を押さえています!! 顔も焦っていて耳が赤くなっていますね!! まさか結構なウブなんです!?
『はっ……!! も、申し訳ございません!! 私のような者が貴い身分の婦女子に来やすく触れるなど……!!』
「いいえ気になさらないで。 責任をとって私をお嫁に貰ってさえ頂ければ問題ありませ……」
『いい加減にしなさい!!』
むぐ、今度はベザイド先生に後ろから口を押さえられました。 私の一世一代の告白を邪魔しないでくださいまし。
『ユーニルド君、すいません。 このご令嬢は魔法薬の瓶を割ってしまい、気化したその薬を吸い込んだ影響で混乱状態にあるのです。 私が責任をもって保護して治療にあたりますので気になさらないでください。 周りの方もいいですね? 下手に根も葉もない話を広めれば……不敬にあたりますよ?』
「むー、むむむー!(訳:私は本気ですー!)」
『さ、行きましょうかディレイン嬢。 大丈夫です、ちゃんと治してあげますからね』
「むむむー! むぅむむむむぅー!!(訳:ゼータ様ー! また会いに来ますー!!)」
先生に拘束魔法で体、特に口を動けなくされてから抱き上げられ運ばれつつ、ゼータ様に愛をこめた視線と言葉にならないラブコールを送る。
ごめんなさい殿下とその他皆様!! たしかに恋は人を狂わせます!! 自分がする側になってようやく痛感しました!! この感情を止めることなんて出来そうにありません!!
その後いくらなんでも性急過ぎるし周りの目も考えろと先生からガッツリお説教を受けましたが、その日から毎日のようにゼータ様へ突撃をかましひたすら求婚を始めましたとも。
そのことが噂となり殿下達とはひと悶着どころではない騒動も起きることになりますが、それはまた別の場で話すことにしましょう。
私の恋の行方はまだ、未来の話なのですから。
閲覧ありがとうございました!




