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ペンよ俺が望みし結末を  作者: 千場 葉
PART1 『理想世界に改革を』
7/14

7.『風の章:幕間 風の帰還』


 俺の手が、乳白色の水面を叩きつける。


「くそっ……! くそう! あの女め……!」


 完全に衝動に任せては間欠泉のようにもなりかねない。心を抑えねばならないこの身を恨めしく思った。俺は湯に浮かんだ(おけ)の中から、徳利(とっくり)と杯を取り出す。

 ガイゼルの街に最近創り上げた、露天温泉施設。湯に入りつつ高台から自らの創造を一望できるこの場所の完成を、俺は日々心待ちにしていた。わずか三日前、竣工(しゅんこう)した日はあれほどの満足感を得られていたというのに……今の俺の気分は最悪の一言だった。


 

 ――『ねぇねぇ、具体的にはどこが酷いのかしらん?』

 ――『そうですね……』



 「具体的」……というわりには、その内容は直接小説の中身を引用するようなものではなかった。よくもまぁあれだけ、と思えるほどに並べ立てられた酷評を、さすがに全て憶えてはいないが……きっとそのほとんどは、あの親子の頭では理解のできないものだっただろう。

 ……いやむしろ、小説の中の台詞(せりふ)や地の文を直接引用されれば……俺は七孔憤血(しちこうふんけつ)して果てていたかもしれない。

 だが、あの言葉の数々は作家にとっては、いや、あれらは俺が文章を重ねながら常々――


「チッ……!」


 有り得ないほどに旨いはずの酒が、ただのえぐみの強い水にも思えてくる。

 なんなんだあの女は。あれだけのことをされたというのに、名前すらもわからないままだ。これでは雪辱すらも果たすことができない――


「……?」


 今にも暴れ出しそうな怒りを沈めるため、酒を重ねようとした時、水面がごぼごぼと盛り上がった。盛り上がった水面はそのまま水音とともに立ち上がり、中から見知った少女が姿を現わす。


「……キュリアか、どうした?」

「いえ、べつに急なことは……」


 チラチラとこちらを見つつ、キュリアは湯船の中を少し離れる。

 「救う水の精霊」である彼女は、水面さえあればどこからでも現れることが出来る――という設定をしたのは俺だが、使うところを見るのは久しぶりだった。精霊衣装のままであることから、たまたま風呂に入りに来ただけという風にも思えない。

 「自由時間」である今は、気になったことは聞かない限りわからない。


「何か用か? この場所は仲間うちだけのプライベートエリアだが、こんなところをフレイアやストークに見つかったら体裁(ていさい)が悪いぞ?」


 言った瞬間、喫茶店で受けた言葉の一つがフラッシュバックする――



 ――『セリフまわしが説明的で物語に入り込めない』



 胸に不快感が走る。何気ない、自身の口調にさえも敏感になっていることを自覚する。 

 (うつむ)き水面を睨んでいると、鈴音のような声が耳に染みいってきた。


「……夜のこの場所は、時間がゆっくりになったみたいでいいですね。シュウセイさま」

「……?」


 呆けたように顔をやると、キュリアは水中から両手に収まるくらいの亀を呼び出し、甲羅を撫でていた。


「水の綺麗な場所です。お酒もきっと美味しいことでしょう」


 俺は手元の桶に入った酒を見る。気負って持ち込んだはずのそれは、あまり減ってはいなかった。


「……なぁキュリア、少し愚痴(ぐち)に付き合ってもらっても……いいか?」


 八代かシュウセイか、どちらにしてもらしくない一言に……

 キュリアは微笑みと共にうなづいた。



 ――それから数分間。

 俺はあくまでシュウセイとして言葉を選びながら、今日の出来事を語った。

 あの女はあの女のままとして、小説をシュウセイが得意とする剣術に差し替え、場所はこの街にある店を適当に使うだけでよかった。

 散々な目に遭い、忘れることは出来ないだろうと思っていた出来事。それは語ってみれば短く、街でたまたま出会った見知らぬ女に、徹底的に特技を()き下ろされたというだけの話でしかなかった――



「それはそれは、どうにもおつらいお話ですね……!」


 持たれていた亀――マスコット的な召喚獣くんが、きゅぴぃと一鳴きしてキュリアの手から逃げていく。


「ど、どうした? お前がそんなに怒らなくても……」

「怒ってませんよ、怒ってません」

「いや……どう考えても……」


 表情を見ればわかる……というより、頭にうっすらとマンガっぽい怒りのマークすらも浮かんで見える。この世界のこういった仕様は、作者の俺でさえも謎だった。


「だいじょうぶですよ? シュウセイさまにまた仲のいい女性が現れてたことなんて、なんにも怒っていませんから」

「は……?」


 作者の領域を超えた理解に、俺は顔をしかめる。


「仲のいい……? どうやったらそんな解釈が……」

「『ケンカするほど』って言葉があるっておっしゃったのはシュウセイさまじゃないですか」

「いや……それは言ったが……」


 それは何話だったか、「自由時間」のどこかだったか……

 そんなことを考えていると、キュリアは背中を向けて小さくなった。


「うぅ……わたしにはムリです……そんな言い合いをするようなケンカは怖くてできません……わたしがしてもそんな風には気にかけてもらえず、ただ嫌われていくだけに決まってます……」

「お、おいおい……」


 怒っていたかと思えば、途端にしぼんでしまったキュリア。その様に俺は、気が滅入る思いだった。

 ふりかえるにキュリアは一番付き合いが長く、それだけに複雑な登場人物だ。

 連載当初こそは精白的――真面目で純粋無垢で、もっとも癖のない形のヒロインという性格だったのだが……そのうちに子供っぽい一面を見せたり、嫉妬(しっと)深い一面をみせたり……最近では微妙な弱気と、ネガティブ思考な設定が加えられてしまった。

 それもこれも、彼女に何かやらせるといつも読者にウケが良かったので、俺がついと調子に乗ってしまったせいもあるのだが――



 ――『人物のバックボーンに後付けを感じる』


 ――『性格付けが安直な上に魅力を活かしきれていない』



「ぐぬ……」


 直近のことだけは妙に記憶力のいい、自分の頭に(いら)つく。

 そうして一人で渋顔を作っていると、キュリアは湯で顔を洗い、ゆっくりとこちらを振り返った。


「でも……シュウセイさま?」

「ん……?」

「どうしてその方は、それほどまでにシュウセイさまにおつらくあたられたのでしょう?」


 改まったキュリアの表情と、その観点に俺は眼を見開いた。


「普通は……よく知らない人に対して、真正面からなにかを言ったりしないものだと思います。ましてやシュウセイさまはわたしたち精霊を従える、この世界の救い手。日々剣を振るい、誰にもできないことをたくさん成してきたお方です。そんなお方にものいいをつけ、指導を申し出るなんて……何かよほどの理由があるのではないでしょうか?」


 キュリアは言いながら乳白色の湯を進むと、俺の手元、杯に徳利を傾けながら、静かな口調で続ける。


「……おちついたら、一度考えてみてはどうでしょう? その方の言うことに、なにか見えてくるものがあるかもしれません」

「見えてくるもの……か」


 そんなものがあるとは思い(がた)い。きっとキュリアでなければ、この世界の仲間の口からでなければ、その言葉が俺に届くことはなかっただろう。

 「現実」の存在たちは、ただただ理不尽で無秩序。行動にはこれといった伏線も、確定的な理由もない。

 だが、仮に何かそれがあるのだとすれば――


「こらキュリア! アンタ目を離すとすぐっ!」

「ほああああああっ!?」

「あ……」


 カターンと勢いよく扉が開く音がし、フレイアの声が岩盤に鳴り響いた。

 のしのしと湯船に近づいてきたフレイアにより、マントの襟首(えりくび)を掴まれたキュリアがずるずると引きずられていく。


「いくら水の中を移動できるからって入って良い場所と悪い場所があるでしょうが! しかもアンタ服のままで!」

「み、水の精霊なので大丈夫な服なんですぅ……!」


 二人の声が遠ざかり、再び扉が閉められる音が響く。一人残された俺は、無表情に酒を(あお)った。

 そして、一つ息を吐くと――湯船から眼下、夜に光る自らの世界を眺める。


 俺の世界――キュリアを始め、他二人の精霊と出会いここまで辿り着き、ようやく築いた安息の地。

 街灯や家々のランプに照らされる、中世風の石畳の街。そしてそこを見下ろす、今俺がいる日本風の温泉。

 異常なまでの視力で遠くを覗けば、目に映る鬱蒼(うっそう)としていたり完全なハゲだったりする並び立つ山々。季節感が全く分からない、枯れていたり満開だったりする木々。

 

 ――『ともあれ、これでまた旅に戻れるわよね』


 ――『……まだだ、まだしばらくはこの街にいる』


 こうして俺が遊ぶためだけに続き、全く前に進まない物語。

 自分の楽だけを考えた、なんの感動も達成感もないイベントの連続。


 そして……スク水。



「こいつはひどい」


 俺は手酌(てじゃく)で酒を注ぐと――再びそいつを一息に(あお)った。



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