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ペンよ俺が望みし結末を  作者: 千場 葉
PART1 『理想世界に改革を』
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4.『風の章:幕間 晴れた日の午後』


「起きろ」


 左肩にもたれかかった少女の頭を、俺の右手が揺すった。


「んぅ……ほぁ……?」


 呆けた声を出しながら、(まぶた)が開かれていく。

 「前回」は、二人でこのベンチに座り、ついうとうととしてしまった。「今回」は、そのすぐあとからだ。

 彼女の顔が上がり、焦点のイマイチあっていない水色の瞳が至近距離で俺の瞳を捉える。


「は……!? ほあああああああっ!?」


 一瞬にして状況を理解した――のかどうだったか微妙だが、多分そうだっただろう。

 彼女は真っ赤になってベンチから飛び退き、石畳に平伏した。


「すみません! すみません! わたしったら……ふぁぁあ……!」


 青いショートカットを振り乱し――というよりは、水色に近い色合いだが、混乱と羞恥(しゅうち)に振り回されるように謝り続ける少女。その後ろから、彼女よりは幾らか歳上に見える、別の少女が歩いてきた。

 

「アンタねぇ……絶対わざとでしょ」


 長い髪をたなびかせるその少女は、平謝りする少女とは対になるように「赤い」。その髪も、今の吊り上げた眉の下から(にら)む瞳も。


「最近頑張ってたみたいだからな、疲れがたまっていたんだろう。勘弁(かんべん)してやれ、フレイア」


 俺がそう言うと、彼女はため息をつく。


「相変わらずこの子には甘いのよねぇ……シュウセイは」


 肩を落とし、納得がいかないという風に首を振る彼女。その背後から、別の人物が現れ隣に並ぶ。


「いいんじゃないか? 彼女が頑張っているのは本当のことさ」


 涼やかなその声、その立ち姿に視線が集まる。

 痩身(そうしん)にして長身の体を流れるようにつたう「緑」の髪。それは()にとっても、目を見張らずにはいられない光景だった。


「ストーク……もういいのか?」

「ああ、おかげさまでもうすっかりね」


 浮かべた微笑には無理をしている様子は感じられず、俺の涙腺にわずかな緩みが走る。


「ほんとうによかったです、ストーク……」

「だからアンタのせいじゃないって言うのに」


 誤魔化すように目を逸らしたと同時に、そんなやりとりが耳を打った。

 皆がそれぞれに安堵(あんど)の想いの中にいるが、思うところの大きさには差異がある。平伏から立ち上がったばかりの彼女の言葉は、涙に濡れていた。


「心配をかけたかな? シュウセイ」

「いや」


 俺は笑みを浮かべ、首を振る。


「そうなのかい? それは冷たいな」


 その仕草に軽口を返す、今日の主役「ストーク」。



 ――「払う風の精霊」、ストーク=シルフィード。

 この世に四人いる精霊の一人にして、シュウセイの第三精霊。薄い緑をイメージカラーにした中性的な人物である。

 先日、西の地で自身の邪悪な半身である「嵐の羅刹」を倒し、精霊としての本来の力を取り戻した。しかし激戦で力を使い果たし、その後長い療養期間にあった。



「また強がって。こんなところで長期休暇とっちゃってるくせに」


 軽口に乗っかるように、ひやかしを入れてくる「フレイア」。



 ――「燃やす火の精霊」、フレイア=フィリス。

 同上、第二精霊。赤をイメージカラーにした活動的な人物。

 出会いこそは容易(たやす)くあったが、その気性から仲間になるまでには苦労があった。



「シュウセイさまはおやさしいですから」


 フォローのつもりがひやかしになっている「キュリア」。



 ――「救う水の精霊」、キュリア=アクエス。

 同上、第一精霊。水色をイメージカラーにした精白的な人物。

 シュウセイが初めて解放した精霊で、それゆえに関わりは最も長い。強い「癒やし」の力を持ちながら、倒れてしまったストークを治しきることができず、今日まで思い悩んでいた。



 なんとも言えない笑みで見つめてくる三人を前に、俺は視線を逸らす。

 しかし口元の緩みは隠しきれず、皆からはくすくすと笑いが漏れた。



 ――「四精の主」、シュウセイ。

 現代日本からこの異世界ゼンメルワイスへと迷いこんだ青年。幼い頃より家業の居合い道を継ぐためだけに人生を(つい)やした男であり、性格は一言で言って木訥(ぼくとつ)。その性根には、まさに真剣のような義理堅さがある。


 そして彼こそは――()だ。




 『寸断の四精マスター 作者:社宗子(やしろそうし)』。

 「りらい」のサイトに記された、ごくありふれた、誰に注目を浴びるでもない一作――その作品の中に、俺はいる。

 それは決して、作者である八代(おれ)が主人公に自身を投影しているという意味でもなければ、精神的な歪んだ妄想というわけでもない。約一年半前に連載を開始した自作の小説。それが数ヶ月前より、俺の「もう一つの世界」として顕在化(けんざいか)したというのが事実だ。

 原因は不明――というよりも、はっきりといつからこうなり始めたのか正確には思い出せない。だが俺は毎夜と言わず、ただ「眠る」という行為をキーとして、この小説世界と現実とを行き来する生活を今に至るまで続けている。

 現実の「八代」が眠れば「シュウセイ」に、「シュウセイ」が眠れば「八代」に。その切り替えは意思であり、意図でもある。そして不自由なものでもある。「八代」には眠気が、「シュウセイ」には筋書きが必要だ。



「どうして変にカッコつけたがるのかしらね、シュウセイは」

「まぁまぁ、彼はわかりやすいからいいじゃない」

「あはは……」


 ベンチの()(サカナ)に談笑しあうフレイアとストーク。その話に乗っていいものかと、困り顔で笑みを浮かべる程度にとどめるキュリア。



 八代(おれ)の小説の登場人物たちにして、シュウセイ(おれ)の仲間たち。

 俺の筋書きのままに動き、会話する――小説世界の住人たち。その行動は大部分を「台本」に制御され、性格も容姿も文章として記された通りのものだ。

 シュウセイという人物に見合うように、この小説世界に見合うように創り出された、俺の描くそのままに生まれてくれた、そんな人物たち――



「どうかされましたか? シュウセイさま」

「……ああ、ごめんな、キュリア」

「はい?」



 「正:わたしは救う水の精霊――」、「誤:わたしはすく水の精霊――」。

 不注意な誤字により、初の精霊である彼女の精霊衣装がスクール水着になってしまう。そんな失敗もあるにはあったが、そんな些細(ささい)な記述ミスにさえついてきてくれるほどに、彼らは――そしてこの世界は、俺の文章に忠実でいてくれた。

 そう、「現実」のように、身勝手でも無秩序でもなく――



「ともあれ、これでまた旅に戻れるわよね」

「……!」


 少し沈想(ちんそう)しかけていた頭を、フレイアの声が揺り戻す。顔を上げると、彼女の期待のこもった笑みが俺に向けられていた。


「え? も、もうですか……?」


 ちらちらと、ストークの方をうかがいながらキュリアが言った。


「大丈夫、僕はもう行けるよ。早く地の精霊を迎えに行ってやろう」

「で、でも……まだ起き上がったばっかりですし……」

「いざって時はアンタがいるでしょ? なんのために回復魔法の特訓したのよ」


 二人に言われ、キュリアがすがるような表情で俺を見る。

 三者三様、皆それぞれの気持ちはわかる。その心根を描いているのは俺だ。

 この旅の全ての決定権は、精霊たちの(あるじ)である俺に(ゆだ)ねられている。作者である、俺に委ねられている。

 俺は――


「……まだだ、まだしばらくはこの街にいる」


 そう言って立ち上がり、皆に背を向けて歩き出した――




 『俺の筋書きのままに動き、会話する――小説世界の住人たち』。

 それを虚しい人形だと、ただの「登場人物」だなどと、想像力の薄い連中は思うだろう。いや、かつての俺も、この荒唐無稽な話だけを聞けば、大なり小なりそう思ってしまうに違い無い。

 しかし、そうでないことはもうわかっている。

 キュリアとの出会いを皮切りにこの世界で四ヶ月。一日一日と、日々を積み重ねた俺は知っている。


 眠りによって切り替わる、「現実」と「小説世界」。

 そのどちらもが、実体を(ともな)って俺の実存を示すのであれば、


 

 俺にとっての「現実」とは、どちらと言えるのだろうか――



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