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ペンよ俺が望みし結末を  作者: 千場 葉
PART1 『理想世界に改革を』
11/14

11.『風の章:幕間 座談』

 夜の冷えた空気の中を、一人歩く。

 逗留(とうりゅう)先の旅館。その広い敷地の中、俺は家屋と距離を置いた庭園へと辿り着いた。

 庭園には誰がわざわざ並べているのか、常に複数体の俺専用の(わら)人形が立っている。近場の灯籠(とうろう)数基に火を灯した俺は、早速と始めることにした。


 一閃、二閃――鉄のしなりと藁の手応えを瞬間瞬間に感じながら、居合いを繰り出していく。

 無論、こんな技は「八代」に出来るわけがなく、今の俺が「シュウセイ」だから可能なことだ。剣術の達人、そう記述するだけで、俺の生半可な知識でもそれが実現される。鉄塊(てっかい)を振り回す腕は簡単に疲れを見せることはなく、足は盤石(ばんじゃく)に地を噛み、目は正確に剣の軌跡を追う。

 夜の鍛錬(たんれん)。自由時間において、こんなことをする意味はない。これはただのストレス解消だ。シュウセイとして剣を振るう時に現れる、五感が研ぎ澄まされたような感覚。その静けさの中に浸りたくて、こうしているだけだ。

 一体、二体と藁人形が倒れていき、いくつ斬ったか最後の一体――


「……!」


 突如襲われた殺気に、シュウセイの体が反応した。振り向く瞳に迫る、緑色の矢のような光弾。

 考えるよりも先に体が踊り、抜刀がそれを叩き落とす。()の心には波風一つ立っていない。シュウセイである時の精神力は、設定された通りに強靱なものだった。


「うん、さすがシュウセイだ」


 暗がりから光の矢を放った犯人、良く知る人物が歩み寄ってきた。


「ストーク……どういうつもりだ?」

「でも、冴えてるとは言えないよ」

「……?」


 (ほお)に違和感。手の甲で触れてみると、赤く、血が付着した――




 ガイゼルの都に立つ、日本風の旅館。

 シュウセイが自室としてあてがわれている部屋は、外観のイメージそのままの畳敷きの和室だ。台本にも度々登場する場所ではあるが、俺にとっては最も見慣れた場所である。

 開いた窓から差し込む月明かりに、ストークの薄い緑色の髪は蒼にも見える。

 こうして差し向かいで呑むのは、俺の個人的な望みではあった。だがそれがこんな日に、こんな状況で叶うとは思ってもみなかった。


「……なるほど、そういうことか」


 ストークは聡明(そうめい)な人物だ。俺がそう設定した。

 ゆえに、俺は先日キュリアに話したことと同じ内容をストークにも語った。俺に何かあったと気づかれた以上、話す他はない。根掘り葉掘り聞いてくるような相手ではないだけに、余計な心労をかけたいとは思わない。

 それに……俺はストークにも聞いてもらいたかった。酒の勢いもあったと思う。気づけば俺は以前話した内容を超え、今日カミキから聞いたばかりの内容までもを重ねて話していた――本当は、こちらを誰かに聞いてもらいたかったのだろう。

 

「すまないな、病み上がりで愚痴につきあってもらったようで」

「なに、たまにはキュリアの代わりもいいさ。付き合いの一番浅い身だ。こうして聞かせてもらえるのも悪くない」

「それで、お前はどう思った? 今の話……」

「……そうだね、意外だった」

「意外?」


 ストークは杯を(あお)ると、小さく微笑み、窓の外を眺める。


「僕の知るシュウセイは、どんな窮地(きゅうち)に立ってどんな焦った表情をしていても、その裏に余裕を――いや、仲間にすら隠した絶対的な自信と言えるか……そんなものを持っているという印象の人物だった。言うなれば全て計算ずくで動いている、そんな感じかな?」

「む……」


 飲んだ酒に関係なく、きゅっと胃が締まる思いがした。俺が創った人物からの、俺が書いたわけではない言葉に、言葉を失う。

 まさかそんな風に思われているとは……


「だから正直驚いたよ。そしてそんな君は、とてもいいと思う」

「……?」


 ――あ。

 一瞬虚を突かれたような気分になり、そしてすぐに、()()として気づいた。

 ストークはそんなシュウセイの一面を、「人間的」だと言いたいのだろう。

 ストークを仲間に加えるくだりには、「(あらし)羅刹(らせつ)」という強敵との戦いがあった。「嵐の羅刹」はストークの「悪感情」から分離した存在で、言わばストークの半身でもある存在だった。「悪」の部分とはいえ倒してしまった今、その感情は失われ、もう戻ることはない。良いところも悪いところもあってこそ、人間――ストークは人間らしさに憧れがあるのだ。


「そうだね……」


 俺の察しに気づいたのかどうなのか、ストークはふっと笑みを作ってみせ、話し始める。


「……その女。君を悩ませている彼女のことなら、随分(ずいぶん)と勝手なことを言っていると思うよ?」

「勝手……?」

端的(たんてき)に言って、自分のことで君をはけ口にしているだけだ。例え君がその道を選んだきっかけだったとして、その後のことにまで口を挟んでいい道理はない」


 昼間のカミキとのやりとりが思い出される。



 ――『大学受験が終わってすぐの頃……クマちゃんは「りらい」でたまたま出会ったヤシロさんの小説をきっかけに、自分も小説を書くようになったんです』


 ――『勇気を出してヤシロさんに感想を書いて、その感想が作者であるヤシロさんに()められて……それが嬉しかった。その瞬間が、ヤシロさんが、クマちゃんの出発点なんです』



 うつむき、ストークに問う。


「……そうなんだろうか」

「ああ、そうだとしか言えない。君は君の道を進んでいただけだ。君に影響されたのは彼女の勝手で、君と同じ道を選んだのも彼女の勝手――」



 ――『クマちゃんの書き始めた小説はあっという間にブレイクして、書籍化されて……どこの本屋さんでも平積みにされるくらいに人気が出ました』


 ――『箱入りのお嬢様で、決められたレールを進むしかなかったクマちゃんにとっては……それが初めて自分から楽しいと思うことを選び、誰かに認めてもらえた出来事だったんです』



「そしてその道が閉ざされたのは、自分の事情だ」



 ――『でももう……筆を折らなきゃいけないんです。その続きが書かれることも、誰かが読むことも……もう……』




 「りらい」、数ある作品の中、ランキング上位にその作品はある。


 ――「ブラッド・ジューン・ブラッド 作者:隈宮(くまみや)ゆい」


 読まなくても内容がわかる長ったらしいタイトルばかりが並ぶ中、返って異質にして平凡なタイトルのその作品は、見る者の目に見事に留まった。既刊一巻にして順調に版を重ねており、「りらい」のトップページに広告として現れることもある。

 しかしあの女……ミクマというらしい女が、小説家としての道を進み、続刊を描くことはないだろう。

 大学卒業後、親の会社で学び、後を継ぐ。そのために育てられた人間。そういう人間が「現実」にはいるのだ――




「自分の道が断たれた、理不尽に自由を奪われた。だからと言って今その道を歩んでいる人に、ましてやかつてその道の楽しさを教えてくれた人に、悪し様にあたっていい理由にはならない。お門違(かどちが)いだ。こうして君を悩ませていることに、その人は恥じ入るべきだよ」


 ストークは容赦なく、厳しい表情で言ってのけた。

 何一つ……間違っていない。悪意などあるはずもない。全て正論だ。

 しかし……俺は――


「……なぁストーク。本当に、そうなんだろうか……」



 ――『あんなに楽しそうに……笑っていたのに……』



 カミキの辛そうな表情を思い出す。


「たしかに俺は知らなかった……俺が誰かに影響を与え、誰かが俺の後ろをついてきているなんてことを……」


 俺は杯の酒に自分を映す。そこにはシュウセイの顔が映っていた。


「でも、影響を与えていたのは事実で……俺が前を歩いて、そいつを引っ張ってしまったことも事実。なら俺にも、何か責任があるんじゃないだろうか……」

「その誰かの人生は、その人のものだ。いくらシュウセイでも、関わる全ての人の人生までは責任を負えない」

「……わかっている。わかっているつもりだ……でも……」


 何もできない……それで、いいのか……?


「……仕方ないな」


 言って、ストークは立ち上がる。そのまま廊下への(ふすま)へと歩いて行く。


「なら、他の意見も聞いてみればいいさ」


 背中を向けたままそう言ったストークは、襖に手をかけると――一気に引き放った。

 スパーンっという小気味良い音とともに、廊下側から柔らかそうな塊が倒れ込む。


「お前たち……」

「あ、はは……」「うぬぅ~……」


 そこには重なり合う浴衣姿のキュリアとフレイアの姿。

 視線を上げると、ストークがこちらを向いて笑っていた。


「本当に、冴えているとは言えないね、シュウセイ?」

「いつから……」


 呆れ顔で二人に視線を戻すと、舌打ちしそうな表情のフレイアが、ぎゅむりとキュリアの背中を押して立ち上がる。


「はいはい、最初からよ最初から、ストークと一緒にここに入っていった時、そこから聞いてたわよ」

「趣味の悪い、なんでまた……」

「あ、フレイアがですね。シュウセイさまとストークがおかしな関係にならないように見張らなくてはならないと――」


 ぎゅむり、と、キュリアが踏まれた。何をやっているのかこの二人は……

 愉快そうに苦笑を見せたストークは、部屋の窓際まで戻ると(さん)に腰掛け、二人へと顔を向けた。


「それで、聞き耳を立てていたフレイアのご意見は?」


 フレイアはキュリアを足から解放し、部屋の中へと数歩踏み込む。そして気の強い彼女らしい、見慣れた不機嫌そうな顔を見せる。


「……どうもこうもないでしょ? ストークの言い分が正しいわよ。どう考えたってそいつの独りよがりじゃない」

「そうか……?」

「なんなら、ちょっと燃やしてきてあげましょうか? 聞いてて腹が立ってきたわ」


 ボッと指先に炎が灯る。


「でも、シュウセイはそう思わないらしいよ?」

「普段クール(よそお)ってるくせにあまあまなのよシュウセイは。そんなやつ私ならこんがりよ! こんがり!」


 相変わらずだな、こいつは……設定したのは俺だが。

 もぞもぞとフレイアの後ろで、ようやくとキュリアが立ち上がった。そうだな……


「キュリアは……どう思う?」

「え? わたしは……そ、そうですね……」


 誰よりも早くにこの話を打ち明けていたのはキュリアだ。今初めて聞く部分も多かっただろうが、彼女なりの意見も聞いておきたかった。

 キュリアは俺たち三人の表情を見回したあと、うつむくと――



「……向かいたい未来があるのに辿り着けないって……かなしいですね……」



 ぽつりと言ったその一言に、ストークとフレイアの表情が呆気にとられたものに変わる。

 その()を誤魔化すように、フレイアはそっぽを向いた。


「も、もう……誰がそいつの心配しろって言ったのよ……」

「優しいね、キュリアは……」


 「はは……」と頭をかくキュリアに、空気が緩んだのを感じる。

 しかし、杯に映った俺の顔は――ひどく真剣な表情をしていた。



 ――向かいたい未来。それを閉ざしているのは、()だ。



 俺は今の一瞬に、仲間たちの表情にはっきりと見た。

 皆の内心にある、「このままでいいのか」という影を――


 そして、気づいた。


 仲間たちと()()のため――自らが出来ることに。


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