おみやげ
ある星からやって来た宇宙人が、地球を視界に捉えた。
「飛ばした観測装置に寄れば、あの星は生物も沢山いるし、緑も水も申し分ない量だけある。あの星にしばらく滞在して行こう」
「はい分かりました。良さそうな星が見つかってよかったですね」
彼らは銀色に輝く船体をとある大きな白い建物の前に広がる緑の庭に着陸させた。その時、どうも船体に何かがコツン、コツンと当たる音がしたけれど、気にするようなことではなく、船体には何の影響も無かった。
彼らは宇宙船から外に出てみた。
宇宙船の扉を開けると、周りには地球人からすると恐ろしいような武装をした人間が大勢周囲を取り巻いていた。
彼らは宇宙船から降り立ち、ニコリと笑って右手を挙げ、周囲で緊張した面持ちで見つめる人々に手を振って見せた。
「これはどうだ。宇宙人のようだが、かなり友好的な雰囲気ですな」
軍の幹部らしき男が隣のスーツの男性に話しかけた。
「ならば、私が話をせねばならないな」
彼はこの国の代表だった。彼は宇宙人の方へ進み出て行く。宇宙人もまた宇宙船から数歩前に進んで代表の男性を出迎えた。
「はじめまして。我々は。そう……恐らく地球の方々に説明しても分かってもらえないほど遠くから来ました。どうぞよろしく」
「なるほど、そうですか。いろいろお話が聞きたいですね」
「私たちも、この星について、もっと知りたいですね。何かお役に立てることがあるかもしれません」
「それは嬉しいかぎりです」
宇宙人と地球人の公式な会話は、まずは良好に行われた。
国の代表の部屋で、地球人は地球の今の状態について、宇宙人は彼らの星について、あるいは地球人がいまだ知らぬ宇宙について、いろいろな話を聞かせてくれた。
「おなかは空きませんか?宇宙から来たあなた方は、どのようなものを食べるんでしょうか」
「ああ、我々は、地球で言うところの完全な菜食主義に近いのです。各種の植物から取った養分を飲んで生きています」
「地球にある植物でも食べられそうなものがありますかな?」
「ううん。試してみないとなんとも言えませんが……。でもそれも、他の星を訪ねるときの大きな楽しみのひとつです」
宇宙人はにこやかに笑った。
「ならば、今夜は野菜を用意させて、皆さんにぜひ、いろいろ試して頂きましょう」
「そうですか。それは実に楽しみです」
そんなわけで夕食は、地球人には普通の食事が用意され、宇宙人には、何も手を加えない野菜が各種、器に入れて提供された。
宇宙人たちは野菜を一つ一つ手に取って、人間で言う口の、その奥から舌では無く注射針のような器官を伸ばして出して野菜に突き刺し、「チュゥ」っと野菜の養分を吸い取るのだった。その光景は地球人たちには奇異だったので、しばらく呆気にとられて見ていたが、
「ああ、ああ……どうでしょう。お口に合う野菜はありますか?」
代表の男が恐る恐る聞いてみた。すると宇宙人の一人が、
「ううん。これはどれもなかなかいいですな。特にこの大根というヤツとスイカというのは、瑞々しくて、甘みもあって素晴らしい。ぜひ私の星に持って帰りたい」
そういい、宇宙人二人で顔を見て頷きあった。
「お~、そうですか。それはけっこうなことだ。言ってくだされば、沢山用意します。育て方もお教えしましょう」
「それはありがたいことですね。あとでお伺いします」
地球人と宇宙人の夕食会は、こんな風に何事も無く過ぎていった。そして宇宙人二人は、今晩、この建物の客室に泊まることになった。
「いくら今まで何事も無くても、万が一と言うことがある。監視を怠るなよ」
国の代表は軍の指揮官にそう言った。
「はい、分かっております。決して目は離しません。なにか不穏な動きがあれば、どういたしましょう」
「んん~。いざというときは、構わんから攻撃しろ」
「了解いたしました」
宇宙人たちは食事後、今晩の宿として通された建物の部屋で、地球人に、
「ああ。申し訳ないのですが、おいしい食べ物や珍しい食べものが山ほどあったので、つい食べ過ぎてしまいました。この建物の前の庭で結構ですから、腹ごなしに散歩をさせてもらえませんか?」
宇宙人がそう言うと、地球人の担当者は隣にいる軍の関係者とヒソヒソと相談して、
「はい。お散歩、どうぞなさってください。ただ、ご案内に、地球の者がついていくことをご理解ください」
「分かりました。おねがいします」
もう日が暮れて、ライトアップされている国代表のの集まる建物の前の庭。ライトのおかげで緑の芝が夜でも眩しいほどに美しく、その先には周りを木々が立ち並んでいる。
宇宙人たちは、二人で歩きながら後ろを振り向き、ついて来ている軍人数名にひとつ微笑みかけて、またゆっくりと歩き出した。そして、緑の芝のちょうど真ん中当たりに来たときだった。
「ここら辺が良さそうだね」
「そうね。ここにしましょうか」
小さな声で、そして地球人には分からないことばで二人はそう言い合い、芝生の上にちょこんと腰を下ろした。そして、少し空を見上げると、そこには満月が煌々と輝いていた。軍人たちは、宇宙人が月を愛でていると思った。確かにいい月夜であり、人間でも、こんな芝生の真ん中で座って月を見たなら感動するだろうと思う夜だった。
「やはり、なかなかいい宇宙人じゃ無いか」
軍人たちは小声でそう言った。
しばらくして宇宙人たちは、座ったまま小さくブルッと体を震わせた。芝生に直接座って、少し冷たかったのかも知れない。そのあと、宇宙人たちは顔を見合わせて、頷きあい、立ち上がった。
「散歩につき合ってもらって、どうもありがとう」
宇宙人たちは、白い建物の方へ戻りながら、軍人たちにねぎらいのことばを言った。
「いえ、いいんです。本当にいい月夜の晩ですね」
「え?月夜?……ああ、あの星は月と言うんですね。名も知らずに見つめていました」宇宙人たちは、そう言って笑い。軍人たちも笑った。
翌日。宇宙人たちは旅立つことになった。
「もっといて下されば、いいのに」
国の代表は彼らがもう行ってしまうことを惜しんだ。
「我々は、チョットした仕事で星を巡っていたもので、まだ仕事は終わっていないのです。恐らく、仕事が終わったらまた帰りに地球へ寄りましょう」
「その時を楽しみにしていますよ」
国の代表は右手を出した。
「ああ、知っています。これは握手と言われる習慣ですね。友好の証だとか」
宇宙人たちも右手を出して、数人の地球人とそれぞれ握手を交わした。
彼らが乗り込んだ宇宙船は、わずかに揺れることも無く、また音も無く舞い上がると、グングン空に昇ってゆき、そして太陽の光をひとつキラリと反射して小さくなり、見えなくなった。
国の代表と軍の指揮官はその光景をずっと見ていた。
「もし、地球の文化レベルを遙かに上回る高等生物が地球に来たら、間違いなく地球は征服されるだろう、と言われていたが、そんなことは無かったな」
「私も肩の荷が下りました。いつ攻撃されるのかと思ってヒヤヒヤしていましたよ」
「地球には無かった技術も、もっと教われたらよかったのだが」
「仕事が終わったあとに地球に寄ったとき、聞けるといいですね」
「うむ……」
そのころ、宇宙人たちは。
「ああ、いい星が見つかってよかった。あの建物の庭はとても安全で静かで、いい環境だ。私たちが芝生の下に産み付けた卵は何事も無く孵化するだろう」
「そうですね。仕事が終わった帰りに、あの星に立ち寄ったときには、かなり育っているでしょうね。我々の子供は」
彼は楽しみそうに、そう言った。
「それにしても、大人になると完全に植物の養分だけで生きていくのに、卵から孵った幼生は完全な肉食で、しかもやたらとよく食べるからな。卵を産みつけられる星を探すのに苦労するよ」
彼らの宇宙船の窓からは、地球がまだ青々と見えていた。