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死闘宗の殺戮手 11

 人ならば(ほふ)れた筈の拳打が、獣の命には届かない。獣臭い口の中を少々切っただけ終わった。

 圧倒的な強者の余裕。重い一歩を踏む巨狗はまだ本領を発揮しているとは思えなかった。


「負け犬の遠吠えってか。俺のもう片腕、喰ってみろよ」


 体格、重量、筋力、敏捷性において全て劣るゴクロウは、挑発を交えて理性を乱すことでしか勝機を見出せなかった。

 横合から殺気。


「よかろう」


 低い女の声。

 小さな殺戮手(さつりくしゅ)()うように急接近。下段から振り上がる直刀がゴクロウの脚を斬り飛ばさんと闇夜を裂き。


「グルルアッ」


 挟撃の狗突猛進が背後に迫る。


「前だけ向いてッ」


 上方から影と、二つの風斬音が豪速飛来。

 激しく散る火花。

 ゴクロウの足元に突き立った長刀、這う直刀の剣戟が耳を(つんざ)く。


「さすが」


 好機。

 降り立った頼もしい相棒(アサメ)を背にゴクロウは踏み込み、殺戮手(さつりくしゅ)の脳天目掛けて護人杖(ごじんじょう)を振るう。


兵眼流(へいがんりゅう)刀儀」


 だが敵も()る者。首を捻って紙一重で回避し、二の刃を振るう。尋常ならざる反射神経と体幹に、ゴクロウは凶悪に笑んだ。

 急旋回しつつ護人杖を手放し、地に刺さったままの長刀を把持(キャッチ)


(俺もやってみるか、兵眼流(へいがんりゅう)とやら)


 抜刀。


「先の型」


 一振りは影。

 一足目にして最速を叩き出す歩法により、背後を取って裏を斬る。


不立影鴉(フリュウカゲカラス)


 対獣を想定した、下方に滑り込んで四肢の腱を断つ妙技。


滋峰厄嶺蛇(ジミャクレイダ)


 犬種特有の甲高い悲鳴。

 敵の背を斬ったゴクロウは。


(背中に何か仕込んでやが)


 爆炎。

 再び生じた緋色蝶の群れが、火焔の鱗粉を撒く。肌を炙る熱とは裏腹に、心胆(しんたん)は悪寒に震えた。

 跳び退。


(爆ッ)


 大爆発。

 闇夜を昼に覆す灼熱の閃光。

 まともに浴びたゴクロウは一直線と吹き飛んだ。突き当たりの壁に激突。肺腑(はいふ)から空気を()し出され、一瞬、呼吸困難(スタン)に陥る。


「が、はッ」


 羽織りが肌蹴、朱殷(しゅあん)に灼けた胸の傷が露わになった。

 長刀が無い。ゴクロウの握力をもってしても手離してしまう爆圧。顔を覆った左腕が熔けるように熱い。炸裂寸前まで跳び退いていなければ、火傷では済まされなかっただろう。

 これで終わりではなかった。ゴクロウは苦痛を(うめ)きながら、瞠目(どうもく)

 緋色の群れが短い一生を全うせんと渦巻く。

 蝶の乱舞が迫る運命を、垣間見た。


(一か八かだ)


 熱を帯びて黒焦げた左手を突き出す。

 霊験(れいげん)には霊験(れいげん)で制すのみ。だが、何を想起すれば。どうすれば、爆死から逃れられる。

 休む暇を許さない絶対絶命に、昨晩の窮地が、雷の一撃が脳裏を(よぎ)った。望みに賭ける。

 火焔蝶、殺到。

 先駆放電(ストリーマー)

 微弱だが紛うことなき雷撃の針が指先から多段屈折して伸び、群れの最先頭を刺激、膨張。

 連鎖爆炎。

 瞬時にして視界を埋め尽くした粉塵に咳き込みながら、ゴクロウは転がるようにして這い出た。耳を聾して離さない破壊音を抱えながら壁に手をつき、なんとか体勢を立て直す。

 きな臭い煙の(とばり)へ振り向き、殺気。

 灰色の気流を(まと)って飛び出すは幽鬼(ゆうき)面紗(ベール)と、小さくも滅殺を可能とする魔拳。

 鋭い一打を回し受けで跳ね返しながら、戦意に燃え(たぎ)るゴクロウは金眼をかっ開く。


(来い。零距離格闘(インファイト)だ)


 空を圧壊する殺戮手(さつりくしゅ)の拳が左右合わせて三発。

 ゴクロウは手刀、肘鉄、裏拳で迎え撃つと顎狙いの掌底を繰り出すが、手応えに妙な味気なさ。直感の通り、蛇の如き手捌(てさば)きがゴクロウの腕に絡み付かんと迫る。(ひじ)を折る気か。咄嗟(とっさ)に引いて手刀で弾き飛ばす。

 柔軟に富んだ殺戮手(さつりくしゅ)の前蹴りが超至近距離から鳩尾(みぞおち)を刺さんと迫るが、転身して痩躯(そうく)に右肩をめり込ませ、吹き飛ばした。

 只の女ならばこの攻防で骨の二、三本折れていてもおかしくはない。


(硬え上に人外の手つき。生身の手脚じゃねえ)


 それは事故か、故意なのか。

 殺戮手(さつりくしゅ)の闇暗い拳法に、ゴクロウは呼気を改めた。

 敵は瞬く間に肉薄。狂い放たれる拳打蹴撃の嵐。

 かつて天下無双の徒手空拳を誇った左腕が、必殺の乱舞を撃墜していく。鈍い殴打音が響くたびに塵が舞うほど。

 暗殺者対戦闘者による、一分にも満たない高速戦闘の世界。

 体重差を打ち消す目まぐるしい手数に対して、防御(ブロック)に徹するゴクロウの方が敵に損傷を与えていた。

 義手と思われる左腕が変形している。鈍器以外、もう使い物にはなりそうにない。


「こんなもんかよ、忍者野郎」


 ついに殺戮手(さつりくしゅ)が挑発に乗った。

 苛立ち気味と襲い来る下段蹴り(ローキック)。退いて避けるが、それを軸足とした伸びのある中段(ミドル)回し踵蹴り。左手で受けるも、生まれた回転力を活かした上段(ハイ)胴回し回転蹴りがゴクロウの側頭部を破壊せんと襲う。

 格闘家も青褪(あおざ)める変則三段蹴りに、ゴクロウは牙を剥きながら一歩前進。

 蹴り足の太腿を耳で受けながら、肘鉄で殺戮手(さつりくしゅ)鳩尾(みぞおち)をぶち抜いた。

 だがジン、と硬質な電流が腕に走る。

 胸に仕込んだ鉄板で武装済み。それでも威力充分と痩躯(そうく)が吹き飛んで路面を転がり回る。咳き込む程度だ。まるで効いてない。

 逃すものかと一気に地を蹴ったゴクロウは、(ボール)を蹴り飛ばす要領で追撃の一蹴。(すね)防御(ブロック)の姿勢。


(叩き折ってや)


 激痛。

 果たして苦痛に眉を潜めたのは、ゴクロウだった。

 巧妙に隠された(スパイク)付きの(すね)当てに、反撃(カウンター)を喰らう。


(いつの間に生えやがったッ)


 一瞬の怯みを、殺戮手(さつりくしゅ)は逃さない。


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