死闘宗の殺戮手 9
「狂人なのか名医なのか、りくじん、なんだかかんだか。そのゲイトウィンとやらは誰に聞けば詳しく教えてくれるんだ」
「それは」
外から絹を裂く悲鳴。怒号。
全員が一斉に扉の方へ振り向く。更衣室からだった。侵入者。
「死闘宗だ、逃げ」
破壊音。鉄の扉が大きく凹む。
二度目の破砕音。扉と人が、吹き飛んできた。
ここでアサメもようやく身構える。ゴクロウは警戒しつつも、扉ごと蹴破られた男に駆け寄った。危険を知らせに来たのであろう。血の泡を吹いたまま動かない。蹴り殺されている。
「あんたらに目を付けられたのが運の尽きだよ、客人」
アドウは恨みを呟きながらも、蹴破られた扉の向こうを鋭く睨んでいた。
「狙われる様な真似はまだしてねえぞ、俺はな」
ゴクロウは返答しつつも右隣を守りに寄ったアサメを一瞥。
「私のせいだって言うんですか」
刃の尾を苛立たしげに振る。臨戦充分。
混乱と悲鳴が入り乱れる中、侵入者はこつこつと靴音を響かせ、ごくゆっくりと室内へ。
(なんつう殺気だ)
灰色の分厚い面紗で上半身を悉く覆い尽くした幽鬼が二人。むせ返る様な薫香が立ち込める。
長身巨軀のそれらは、一言も発さずにぞろりと刀を抜いた。ゴクロウも背中の護人杖に手を回す。
消失。
「うおッ」
殺気を予測。
横殴る重い不意打ちを紙一重で防御。刃と杖。ゴクロウは鍔迫り合いに応じる。重い、力強い。それでも墨染めの木杖に、刃は食い込まない。
ぼろ布の奥を睨みながら。
「アサメ、何秒だ」
背中合わせの相方に声を投げた。
アサメはぎりぎりと鋼同士を擦り合わせ、持ち堪えている。
「五秒で無理なら、どちらも私が斬ります」
言ってくれる。
ゴクロウは膝を折り、金的狙いの杖打ち。
距離を取る襲撃者に対し、更に踏み込み。杖が唸りを上げながら旋回、上下左右不規則の連撃打ちを叩き込むが、全て躱された。尚も前進、壁へ追い込む。攻防一体の猛攻は反撃の余地など与えない。
回転する杖を全身に這わせ、変則的な突きを打ち込む。
「ゼイッ」
見た目以上に重く堅牢な杖は軽々と壁を粉砕、貫通。当たらず。
寸前で見切り、回転回避した襲撃者による恐ろしい斬撃がゴクロウの首を裂かんと迫る。
だが空を斬った。
「ぶッ飛べッ」
上半身を横倒して放った回し蹴りが炸裂。
強烈に吹き飛ばされた襲撃者は酒瓶が陳列された棚へ突っ込んだ。硝子の破砕音が盛大に鳴り響く。酒の香りがむっと立ち込め、複雑な香りが何十種と混ざり拡がる。
使える。深く集中、酒精に火の精素を見出す。感応。
「火酒だ、呑め」
大発火。
天井へと反り返った紅炎がみるみると部屋を焦がし、垂れ幕や掛け軸に引火していく。
だが火柱から飛び出す影。
杖を抜き取っていたゴクロウは目を見張った。
奴は恐るべきことに、火達磨のまま強襲。紅蓮の軌道を引く火炎の斬撃を杖で打ち返す。
(耐熱仕様。効かねえわけだ)
激しく弾き合い、そに最中にゴクロウが虚を突いて押し飛ばした。たたらを踏む敵の背後で踊る火柱に感応、誘引。意志を持った火炎が渦巻き、燃え盛る襲撃者へさらに覆い被せた。
赤熱に染まる視界。
勇猛に刀を振るうが、やぶれかぶれがゴクロウを斬り裂くなど有り得ない。
空振った隙間、上中下三連撃の突き打ち。片手であろうとも人体を破壊するには充分であり、人中、鳩尾、睾丸の正中線を潰された襲撃者は為す術なく崩れ落ちた。
最後まで油断なく護人杖を構え、残心。
「五秒以内で終わらせるんじゃ無かったのか、アサメ」
「手練れでしたから。貴方よりは早く仕留めましたけど」
ようやく振り向く。
返り血を浴びたアサメは淡々と血液を払っていた。
足元には斬殺されたもう一人の襲撃者。壁面に血の華を描き、力なく凭れ掛かる。胸部から背部を斬り開く一閃。恐るべき膂力によって仕留められていた。
「アサメ、手合わせする時はちゃんと手加減してくれよ」
「それは普段の行い次第ですね」
はは、と笑って誤魔化しながら、ゴクロウは惨状を見渡した。
気付けばアドウや他の連中は隠し通路から逃げ出した後。表の舞台からはまだ怒声や悲鳴が響いてくる。
アサメは警戒心を露わにしたまま、死骸を見下していた。
「何者でしょうか。私達に執着していたみたいですが」
ゴクロウは斬殺された方へ寄り、しゃがむ。
まるで人間凶器。末端まで鍛え込まれた肉体だ。過酷な部位鍛錬を経て、指先一つ一つが太い枝のように節くれ立っている。
相当手慣れている筈だが、今回は相手が悪かった。
分厚い面紗を暴く。
凄絶と笑んで絶命した、男の相貌。
「これが、死闘宗か」
ゴクロウの総身に身震いが走る。それは敬意だった。
圧倒的な生き様に、心が揺さぶられていた。
「知っているんですか」
「ああ。聞いたんだ。前に、シクランからな」
アサメの眉間に怒りが篭る。
家族同然というべき夜光の一族にして、裏切り者の一人の名。
「死闘に何を見出す集団なのかは知らねえ。だが物騒な呼び名だったから、覚えていた。死闘宗の殺戮手。その名の通りの、イカれた連中だよ」
アサメは腕を組み、複雑そうに眉を潜めた。
「地の利もなく裏の人間から身を隠せる場所がすぐに見つかるとは思えませんが、長居もしたくありませんね」
「だな」
人目が多い正面から平然と出て、あらぬ疑いを掛けられるのは面倒だ。アドウらが辿ったであろう非常口、寝台の奥に開かれた狭い通行路を覗く。
言葉を交わさずとも意見を合致させた二人は頷き合うと、暗闇へ足早と去った。




