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死闘宗の殺戮手 6

兵眼流(へいがんりゅう)とは(かみ)を殺す儀式。臓腑(ぞうふ)にまで刻んで心得よ』


 アサメはがばりと起き上がった。心臓はどくどくと早鐘(はやがね)を打ち、全身に嫌な汗を掻いている。


(夢か)


 隣の家屋で遮られた景観の悪い窓。薄明るい光が差し込んで照らされる微かな塵、小さな囲炉裏から炭の香りが漂う。余計な家具のない古ぼけた部屋だが清掃は行き届いており、隅々まで小綺麗に整っている。

 傍に置いた二振りの刀と抜き身の長刀だけが、妙に浮いていた。

 いつの間に寝ていたのだろうか。若女将らしき女性に導かれるまま階段を登り、部屋へ通された辺りまではぼんやり覚えていた。記憶が鮮明になりつつある。七時間少々は眠っただろうか。目覚めが悪い。

 寝汗で気持ち悪く張り付く旗装(チャイナドレス)を摘んで(あお)ぎ、鬱陶しく纏わりつく長い銀髪を手で()きながら気配を探る。ゴクロウは下に居るらしい。休息も必要だと言っておきながら、彼はきちんと寝たのか。(はなはだ)だ怪しいと一息吐く。喉が渇いた。

 引き戸を引いて部屋を出ると食欲をそそる匂い。よく(きし)む廊下と急な階段を降りていく。

 野菜を刻む小気味良い音、鍋から立ち上がる美味そうな煙。

 太客のおかげか、客席(カウンター)を挟んだ向こうでは若い店主と若女将が忙しなく働いていた。

 大きな背中が身動ぐ。


「おう、起きたか、アサメ」


 むしゃむしゃと頬を膨らませるゴクロウが振り向いた。

 左手には握り飯。汁気が僅かに残った食器が彼の周りに積み重なっていた。一体何人前を(たい)らげたのか。アサメは溜息を吐いた。


「食べ過ぎです」

「アサメも食え。まだまだ出してくれるぞ」


 あまり状況を理解できないまま若女将の方を向くと、額に汗を浮かべながら(にこや)かに笑って会釈。人の良さそうな柔和な婦人である。


「よく眠れましたか」

「まあ、それなりに」


 お世辞も言わなければ嘘もつかない。アサメは簡易的な夜光礼で会釈を返しながら椅子を引き、ゴクロウの右隣に座った。


「今度はちゃんとお金払ってますよね」

「人聞きが良すぎてびっくりだ」


 ねえ、とゴクロウが馴れ馴れしく若夫婦らに同意を求める。彼等は苦笑いしていた。

 まさか脅したのか。


「一週間お泊まり頂いても多過ぎるほど頂いてますんで、どうぞどうぞ」


 そうではないらしい。店主はぺこぺこと頭を下げた。逆に幾ら支払ったのか心配になる。

 暖簾(のれん)を潜って客席側に出てきた若女将は、温かい湯気を立てた定食をアサメの前に置いた。彩りの良い二汁五菜と白飯、お冷。なかなかに豪勢である。あまり食欲はないが、栄養を補給できるうちにしておこうと箸を取った。


「食べたいものあったら仰ってください」

「どうも」


 とアサメは水を含みつつ、これとこれとこれは食べられそうにないと食わず嫌いを発揮して()り好んでいく。何でも吸引人間が隣に居るので問題はない。習慣づいた夜光礼を示してから食事に取り掛かった。

 味付けが濃い。というよりかは今まで薄味で自然食ばかりだったからかもしれない。どれも白いご飯とよく合うが、独特な香味の山菜や刺激的な酸味の酢の物はやはり苦手であった。

 根菜と鶏肉の煮物を黙々と口に運ぶ。なかなかいける。


「お味、いかがでしょう」


 顔を見上げれば、心配そうな若夫婦の顔。


「美味しい、です」


 良かった、と揃ってほっと胸を撫で下ろしていた。どうやら相当に緊張していたらしい。なぜだろうか。

 食べ残した小鉢をゴクロウがひょいひょいと左腕を伸ばして持っていく。


「アサメ、お前やっぱり顔が怖い」


 それはまだ食べるやつ、と一つ取り返しながらアサメはむっとした。


「悪人面の貴方に言われたくありません」


 鋼の瞳が大きくぎろりと剥く。赤土色の褐色肌に浮かぶ冷たい双眸はやけに強調して映えていた。


「はいもうそれが怖い。ちっちゃい時ならむくれても可愛いで許されてたけど、今はその目力で三十万人くらい殺せそう」


 また奪われた。


「は。貴方で試しましょうか」


 また取り返す。


「死んじゃう」


 今度は直接、箸で攻めてきた。


「少しくらいなら平気では」


 左手でも使いこなせるのか器用な奴め、と小鉢を遠ざけて逃げ切った。アサメの勝利である。


「というわけでお二人とも。アサメは見た目が怒ってそうなだけで根は優しいから、心配するだけ無駄だよ」

「いえいえ、お美しい方なので見惚れていただけですよ。ねえ」

「嫁には負けますけどね」


 夫婦漫才を眺めながら、アサメは相変わらずの仏頂面で食事を済ませた。おかわりした水をもう一杯飲み干す。ゴクロウはまだ忙しなく食事を取っていた。大人七人前の飯は食ってるだろう。


「ゴクロウ、貴方、きちんと眠りましたか」

「うむ。三時間くらい」


 あまり人のことは言えないが、今まで起きていた時間にしては短い。


「眠くないんですか」

「眠気より食い気だぜ。ほんと美味いよ。この味さえありゃ、大丈夫だ。やっていけるさ」


 店主がまた頭を下げる。単純で何よりだと溜息を漏らすアサメに、ゴクロウは懐から名刺を取り出して卓の上に置いた。

 訝しげにそれを睨む。

 万會(よろずかい)系笹札組。

 南東方面地区長アドウ。


「アサメ、食ったら出るぜ。挨拶に行かないとな」


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