死闘宗の殺戮手 5
直射日光が降り注ぐ昼頃。
「ここか、舞燈町」
閑散としている。なるほど、とゴクロウは名物の大灯籠を見上げ、顎を摩る。
乱立する平たい木造家屋が雑多とひしめいていた。
錆の浮いた看板は滋養強壮の効果がありそうな丸薬を喧伝しているのだろうが、妙にいかがわしい。どれも似たようなもので、装飾の主張が派手。それぞれ競い合っているようで、まるで統一感がない。
見渡せば賑やかな、だが足元はどこか薄汚れた街並み。これが舞燈町の昼寝姿なのだろう。
「俗悪な臭いがします」
「賑やかな夜になりそうだな」
アサメはげんなりと、ゴクロウはわくわくと眺めていた。
寂れた通りのど真ん中を二人は往く。
人通りはまるで無く、だが不躾な視線だけはそこかしこから感じていた。目を向けると汚れた身なりの男が目を逸らし、道端で寝返りを打つ。手持ち無沙汰そうに道草を弄っている者もいた。食べようとしているのだろうか。がりがりに痩せ細っている者は他にも路地裏にたむろっていた。
清潔な襟の着物を羽織る者ともすれ違う。
だが明らかに堅気ではない。死んだ魚の目に似た視線はこちらを真っ直ぐとは見ず、周辺視野で捕捉することで二人を観察していた。この一帯を縄張りとする組織の連中だろう。
警兵隊の言う通り、ただの観光客がふらりと訪れた日には生えてる毛を全て毟り盗られるだろう。
「歓迎されてるな」
「不快です。搾取しようとする側の視線が、特に多い。狙う気はなさそうですが」
「仲良くしたいもんだが」
「嫌ですよ」
ふんと一蹴する。
興味津々と町並みを見回していたゴクロウは右隣を守るアサメを横目で眺めた。
長い銀髪が日差しを浴びてきらきらと靡き、二振りの鞘を揺らし、華奢そうな背に長刀を携える旗装の麗人は威風堂々と前を歩く。眠気も限界を超え、より眼光を研ぎ澄ます彼女に声を掛けるには、血を流す覚悟と死から遠ざかる実力が要るだろう。
「一眠りしたら、さっさと抜けようか」
鋼の瞳は真っ直ぐと正面を向いたまま、首を横に振った。
「大丈夫です。こういった暗い吹き溜まりは、情報を集めるのに最適ですから」
ゴクロウとしては気を遣ったつもりだったが、どうやら無用だった様である。にやりと笑って返した。
「頼りにしていいんだな、アサメ」
「当たり前です」
力強い返事。
二人は欲深い町へ、さらに入り込んでいく。複雑と入り組む迷宮の如き町をあてもなく彷徨ってすぐだった。
路地裏から賑やかな声が聞こえて来る。
若い女の絹裂く悲鳴と、野太い怒鳴り声。
「あのさあ、金も作れないのに土地借りちゃ、ダメでしょ」
「暴利だ。こんなの聞いてない。契約違反だッ」
「あ、お客さんにそんなクチよく聞けるねえ」
「やめろ、それ以上手を出すなッ」
まるで目立たない無意味な店の看板を横切り、ひょいと中を覗く。
こじんまりとした小料理屋兼宿店らしい。若い夫婦らしき男女が三名の強請り屋の営業に四苦八苦していた。
若旦那は必死になって睨むが、手も足も出せない。視線の先には手首を拘束され麻袋を被った若女将に危害が及ぶことになる。
「あぁ」
気配を察した悪人面の男が、睨みを利かせながら振り向いた。
分厚い胸板に視界を遮られ、まんじりと上を向く。
「部屋、空いてるかい」
ゴクロウの金眼は強面ではなく、店主だけを見つめていた。
その背後には旗装の麗人が鋼瞳をぎらつかせ、美しくも恐ろしい眼力で遺憾なく凄む。
(すごく、欠伸、出そ)
ただ眠たいだけのアサメであった。
強請り屋の若い衆二人は気圧されていたが、兄貴分は射殺さんばかりにゴクロウを睨みつけていた。
「何、あんたら」
ゴクロウは一切気にせず、怯えと怒りと混乱で頭がいっぱいの店主をじっと見つめる。
「客。大人二人、二部屋ね」
「見てわかんないの。閉店中だけど」
「おいくら」
「耳、聞こえてるか」
ゴクロウの金眼がようやく見下した。
暫し睨み合う。
この寸胴みたいながっちりとした体格の強請り屋、相当根性が据わっている。かなり修羅場を潜り抜けているのだろう。まるで退く気がない。
ゴクロウは負けず劣らずの凶悪面をにやりと歪めた。
「気に入ったよ、お前。あとで会おうぜ。話がしてえ」
思ってもいない返答に、肝っ玉の強請り屋は片眉を吊り上げた。怒りを飲み込むように何度か頷きながら、名刺を取り出す。
それをゴクロウの懐へ、すっと挟んだ。交渉成立。
ゴクロウは快く出入り口を譲ってやる。
「おい」
顎をしゃくって子分を呼ぶ。だが。
「舐められてんすよ。いいんすか兄貴。こんなデカブツ、ぶちのめしちまいましょうよ」
もう一人の若い衆が不満の声を荒げた。
瞬間、兄貴と呼ばれた男は振り返ると大股で詰め寄り、鳩尾に一発、顔面に二発叩き込んだ。ぐうの音も鳴かせない手際の良さ。短い悲鳴を上げたのは〆られた彼ではなく、麻袋を被されて何が行われているのか見えない若女将だけ。
「行くぞ」
「へ、へい」
兄貴分の男は肩で風を切って店から出て行く。
無事で済んだ子分は焦りながらも負傷した同僚を抱え、仁王立ちするだけのアサメに怯えながらすごすごと出て行った。
「トオコ、大丈夫かッ」
「あ、あんた」
窮地を脱した夫婦を余所目に、ゴクロウはぴら、と名刺を手に取る。分厚く手触りの良い紙質。初見の書体で達筆と書かれているが、読めた。
「あの、どちら様か存じ上げませんが、ありがとうございます」
未だに怯える若旦那は憔悴した若女将を抱え、ぺこぺことお辞儀していた。
返礼をしようとゴクロウは欠けた右腕を上げ、だが右拳はない。止むを得ず左拳を額に当て、会釈。身に染み付いた夜光礼で返すが、若夫婦はぽかんと口を開いていた。
ああ、とゴクロウは肩を竦める。当たり前だ。夜光礼は夜光族以外、通じない。
「気にしないでくれ。それより、一休みさせてくれるかな」
親指で背後を差した。
「くう」
力尽きたアサメが鋼の眼を見開いたまま、立ち眠っていた。




