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死闘宗の殺戮手 4

 煤湯(すすゆ)を守る警兵隊を前にどくどくとアサメの心拍が上がる。不審を悟らせてはならない。


「ああ、そんなに構えないで。僕達じゃ君らには敵わないの分かってるからさ。客人さんでしょ。お名前聞いても良いですか」


 そこまで手の内がばれている。

 手足を出しても良いのなら望むところだが、舌先を操るのは不得手である。下手に喋るまいとアサメはゴクロウを見上げて助けを求めた。

 承知、と小首を傾げて応じる。


「俺はゴクロウ、こっちはアサメ。何か御用かい」

「はいはい。煤湯(すすゆ)は初めてだよね」

「今日来たばかりだよ」

「だよね。ここさ、帯刀は大丈夫なんだけど手続きが必要なんだ。さっき飛んできた紙切れを見せてくれるかい」


 ゴクロウは言われた通りに手渡す。


「これ、相当な技術が組み込まれているみたいだけど、何なんだ」

「写し形代(かたしろ)って言ってね。まあ平たく言えば悪いことしている人が居ないか探す為のものだよ。ああ今回は問題ないからね」


 それが表向きの理由か、とゴクロウは聞き流す。


「じゃ、君達の得物、警兵隊の方に登録したいんだけど」


 不味い。

 アサメの心臓が動揺で激しく脈打つ。

 この刀が既に記録として登録されていたとすれば、二重登録の発覚。窃盗がバレるのは時間の問題だった。


「どうすればいい」


 ゴクロウはおくびにも出さない。


「ああ、じっとしているだけでいいよ。僕達で済ませますからね」


 話し手は一人の警兵隊に渡す。担当なのだろう。受け取った彼は影絵でもするかの様に印を結び、写し形代(かたしろ)を起動。

 独りでにひらりと浮いてゴクロウとアサメの周りを舞い始めた。


「いやそれよりもとんでもない時に来ちゃったね」

「全くだよ。ここらで一休みできるところ、ないか」


 自身の周囲を旋回する紙切れを、アサメは気が気ではないと焦りながら見つめていた。平然と受け答えるゴクロウを視界の端に入れ、審判が下るのを祈りながら待つ。


「こんな有り様だから定期馬車は通ってないしねえ、うん、ま、少し歩くけど南東区の舞燈町(ぶとうちょう)行けば間違いないかな。治安悪いけど、お兄さん達なら大丈夫でしょ」

「へえ。どれくらい掛かる」

「さあ、どうだろ。一時間くらい、かな。うん。どこだっけ。そうそう、そこの通りを。うん、それくらい」


 ゴクロウは警兵隊らと短い雑談を交える。

 普段と変わりない口調に動悸を鎮めていくアサメは流石と感心していた。もし自分一人であったなら、こうも自然とやり過ごせる気がしない。逃走か、或いは。


(掛かって来るなら、斬る)


 そうこうしている内に写し形代はひらりと警兵隊の元へ滑り込む。

 彼等は何事かこそこそとやりとりをした後。


「はい、完了です。すいませんね、お時間取らせちゃって」


 何事もなくゴクロウへ紙を返した。


「それ、この街を行き来する時に何度も見せることになるから、捨てない様にお願いしますね」


 (ゆる)い包囲網が解ける。どうやら杞憂(きゆう)に終わったらしい。


「どうもご苦労さん。じゃ」

「そちらこそ、お気を付けて」


 最後までにこやかに応じたゴクロウは強張るアサメの肩を軽く叩いて移動を促す。舞燈町へと向かう道へ、行き交う人々の雑踏へと紛れて去っていった。


 果たして安堵の息を深く吐いたのは、警兵隊らの方であった。


「なんすか、あの旗装(チャイナドレス)女の殺気」


 話し手に徹した男が、思わず愚痴を溢した。


「喋るな。聞こえる」


 警兵隊は皆、今が冬だということも忘れて背中に大量の汗を流していた。


『掛カッテ来ルナラ、斬ル』


 彼等の誰もが声ならざる言葉に斬り刻まれていた。

 背後の長刀からは何かの影が(うご)めき、(おぞま)しい剣鬼を背負うアサメの姿に内心で慄く。


死闘宗(しとうしゅう)の連中でも手を焼きそうだな、ありゃ)


 煤湯(すすゆ)という闇深い街の警護を預かる者が、殺気の威圧のみで気を失う訳にはいかなかった。

 人の皮を被った化け物達の後ろ姿を目では追わず、気配のみを探り視る。足早だ。もうかなり遠くへ飛んで移動したのだろうと思うと二の腕を(さす)りたくなる。


「面倒ごとが次から次へと。なんなんすかね、ここんところの煤湯(すすゆ)は」

「報告したら忘れるぞ。あんな血ドロ臭い連中、俺達の管轄外だ。目を付けられたら終わっちまう」

「田舎に帰りてえっす」

「災害手当ての出ない下請けは逃げた奴らばっかりらしいぞ。喜ばしいことに俺らは出る。バリバリ働けるな」


 上司の溢した皮肉に何人かが鼻で笑う。

 瓦礫だらけの惨状、復興作業すればするほど増え続ける死骸、危機に乗じて罪を犯す不届き者、禁足域に待ち構える恐怖の軍勢。

 連鎖的に膨れ上がる絶望に、誰もが心を折っていた。立ち向かう者は限りなく少ない。

 恐怖の朝は、まだ始まったばかり。


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