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死闘宗の殺戮手 3

 屋敷から颯爽(さっそう)と抜け出したゴクロウとアサメは道に横たわる瓦礫(がれき)群を跳び越え、倒壊した家屋の合間を抜け、人気のありそうな方を探りながら追っ手を巻く。


「もう、結局全部持って来ちゃったじゃないですかッ」


 アサメの手には二振りの刀。

 ゴクロウは鳶色の上等な羽織りをはためかせていた。


「じゃ仕方ないなあ、ふぁあははは」

「笑いごとじゃないッ」


 漫才を続けながら、常人では到底追いつけない速力で一気に走り抜ける。

 背景が背後へと飛び去っていく。次第に瓦礫や残骸は減り、かなりの人々が行き交う大通りへと飛び出た。

 硝子(ガラス)の破片や剥離しかけた瓦を撤去する老若男女。歪んだ引き戸の前に腕を組んで頭を抱える主人、重労働に根を上げた若い衆が道端に転がって寛いでいる。皆、着流しや無地の着物を羽織っていた。

 一部の家屋のみの破損が散見されるが、平屋の街並みはある程度の原型を留めていた。

 二人は怪しまれない様に居住まいを正し、あくまで平然と歩き出す。

 鉄器文明を迎えた、八百万年以上前の東洋に限りなく近い街路。

 今まではずっと農耕民族と暮らしてきたせいか眼に映るもの全てが新しく思える。

 アサメは拝借した二振りの刀を見つめる。古さとどこか見慣れない街の風景によく溶け込むこの凶器を手にしたまま、深く溜息を吐いた。


「これで完全にお尋ね者ですよ」

「幸先良いねえ。うん、甘い」


 あろうことかゴクロウはもぐもぐとまだ何か咀嚼している。左手にはいつの間にか団子の串が三本、指の股に挟まっていた。民家を潜り抜けた際に拾ったのだろう。


「食うか」


 アサメの呆れもとうとう感心の域にまで達していた。


「はあ、じゃ、一本だけ」


 まともに付き合うだけ疲れるだけである。


「じゃなくて、どうするんですか、コレッ」


 一口頬張りながらも鞘を振った。


「持ち出して逃げてきたの、俺じゃないし。屋敷に置いていけばよかったじゃん」


 ごもっともである。


「う、違、面倒事に巻き込まれたら、いざと思って」

「でもそれって窃盗だよね」

「貴方に、言われたく、ありませんからッ」


 憎たらしい事この上ない。

 緊迫した雑踏のおかげか、誰もアサメとゴクロウの痴話揉めなど気にも留めない。


「まあまあ。どうにかなるって。ああ、天気良いなあ」


 ゴクロウは人目も気にせず大きく欠伸を漏らした。

 行き交う人々は焦燥と混乱で忙しなく往来している。その場においてはこの二人、明らかに浮いた存在であった。

 呆れて物も言えずに苛立つアサメの前に、ふらりと白い紙。

 一瞬身動(みじろ)ぐ。

 人の形を模した掌程度の大きさの紙切れは、アサメの眼前に浮き漂っていた。


「何ですか、これ」


 掴もうとして、ひらりと避けられた。そのままゴクロウの眼前へ。


「へえ。珍しい鳩だな」

「どんな目してるんですか。紙切れですよ。人形の」


 何を意図する物体なのか、アサメには全く見当もつかない。

 すると紙切れの端がぺら、と剥がれ、同じ形の紙をゴクロウの懐へ滑り込ませた。

 付箋(ふせん)の様になっていたらしく、本体はふらりと空へ舞い上がり、北方へと飛んでいく。


「なるほどね」


 紙を摘んで取り出したゴクロウはやや苦い顔になった。

「何か、不味いことでも」


 あまり良い予感がしない。


「今、少なくとも顔は覚えられたぜ。この街を支配する奴にな」

「どういう事ですか」


 ぺらりとアサメに差し出す。


「あれは感応術を駆使した一種の偵察機(ドローン)だ。情報を集めているんだよ。煤湯(すすゆ)は一見古風な街だが、とんでもねえ。内側は未知の技術ががっちりと組み込まれた高度な情報社会だ。下手な真似できねえぞ」


 驚愕する。

 アサメはアサメの人相書き、いや写真と目が合っていた。裏面を返せばゴクロウの写真。


「もう手遅れじゃないですか」

「だな。ははは」


 笑いごとじゃ、言いかけた瞬間であった。


「そこの体格の良いお兄さんと銀髪のお姉さん、ちょっとお話いいかな」


 アサメは恐る恐る、声を掛けられた方へ振り向く。

 屈強な男が四人。揃いの詰襟は墨色で統一され、ちょっとやそっとでは突破できそうにない防弾防刃の戦闘装束であることが一目で(うかが)えた。


「俺らのことかい」


 ゴクロウはにこやかに返した。


「そうそう。こんにちは。ごめんね、すぐ終わるからさ。警兵隊です」


 胸章に刻まれた雲の意匠を指す。仕事が早い。

 街の警護を預かる者達にやんわりと取り囲まれる。話し手は親しみやすい口調だが彼等の目つきは総じて鋭く険しく、明らかにこちらの挙動を監視していた。


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