死闘宗の殺戮手 2
罰が悪そうに気を取り直して眉を吊り上げ、納める。
「なおさらダメです。つい、で持ち逃げして許されるような安い代物じゃありませんよ」
「だよな。アサメに見せたかっただけだ」
怪しい。
冷めた小魚焼きをもくもくと咀嚼していくのをじっと睨むアサメ。次から次へと残飯を胃袋に放り込んでいくゴクロウは気にも止めずからからと笑って酒を煽る。
「惚れ惚れしたぜ、兵眼流の剣技。ありゃアサメの人生そのものに思えた」
そういう事か、とアサメは表情に僅かな影を落とした。手元の刀を見つめる。
ゴクロウはアサメの為に拝借してきたのだ。最強喰らいと恐れられた剣鬼へ見せる為に。
「何処まで、知りましたか。私の記憶を」
「難しい質問だな」
付け合わせの干からびた野菜を噛みながら、頭を悩ませる。
主身と半身の融合現象、真身化。サガドは、蜥蜴人はそう言っていた。
半身たるアサメは上下左右何もない小宇宙に孤独と放り込まれ、だが主身であるゴクロウと魂の部分から深く一体化して一つの存在となった。
ゴクロウは肉体を、アサメは精神を司り、一つの超次元的な存在を成す。
ついには業火を体現する鬼神の姿へと昇華した。
「知らないけど、知っている」
「どういう意味ですか」
二人の思想や口調、感情の起伏、身体の捌き方や武技などを一つの器に収め、あらゆる情報を矛盾なく共有する。
真身化から解放された二人の記憶を混濁させ、脳を破壊してもおかしくはなかった。
その結果。
「アサメが経験した過去の映像は一つとして思い浮かばないんだ。でも、兵眼流の奥義を構えた時、アサメが味わった怒りや悲しみは痛いほど伝わってきた。だから知らないけど、知っている。通じるか」
アサメは小さくながらも頷いた。
言わんとしていることを理解しつつある。今、どんなに思い返そうともゴクロウの視点から観た世界が脳裏に浮かぶことはない。記憶の齟齬もない。真身化を遂げたとしても全てが全ての経験や記憶などが共有される訳ではないのだろうとアサメは予測を立てていた。
断定するには試行回数が少なく、またおいそれと選択するべき現象だとは到底思えなかった。
(過去については、触れたくない)
負の記憶を封じるように眼をつむり、開く。
「刀、戻してきますからね。どこですか」
「あっち」
ゴクロウは名残惜しそうに鶏串で差し示した。
子供か、と言いたくなる気持ちを堪えてもう一振りを手に取る。同じく業物だった。装飾はなく艶消しを施された黒色の鞘は闇夜に紛れやすく、暗殺に適していると見抜く。
記憶を取り戻した影響により、アサメはかつて使い熟してきた得物についての高い観察眼を取り戻していた。同時にそれは血塗れた記憶を呼び起こす引き金でもあった。
(いつか足を掬われる前に、慣れないと)
その時はすぐそこまで迫っていた。
何人もの足音が屋敷内へ踏み込んでくるのをアサメの鋭敏な聴覚が捕捉。ゴクロウに視線を送ると、頷き返して立ち上がった。何処からか拝借した鳶色の羽織りを纏う。それもかなり高価そうだった。
天井を仰ぎたくなる気持ちを抑えたアサメはさっと詰め寄り、凄む。
「もう、なんで高そうな物ばっかり選ぶんですか。置いていってください」
極めて小声で止める。
「ええ、これもか」
不満そうに口を尖らせるゴクロウ。
「服屋じゃないんですよ。明らかに極道者の屋敷じゃないですか。というか服屋だとしてもダメです。窃盗です」
「じゃあアサメのそれはどうすんだよ」
うぐ、と言葉に詰まる。
脱げば裸に逆戻りである。それは避けたかった。
「いや、これは、その、借りるんですよ」
「じゃ、俺もその手で」
上手く言いくるめられようとしている。
成長しても口下手なままのアサメである。対するは偽王と呼ばれた完全無欠の人造人間。上手く言い返す言葉を捻り出す猶予は。
「ああもうじゃあ脱ぎますよッ、こんな痴女みたいな格好なら、着てない方がマシで」
「カチコミか、どこのドブネズミじゃあああッ」
無かった。
強面の大男が八名、揃いの袴を蹴って乗り込んでくる。
予想していた通りのヤクザ者達と睨み合う。その手にはぎらつく刀、そして銀色の銃口と目が合う。回転式の拳銃。
二人は反射的に片腕と両腕を上げた。
ゴクロウは肉片の残った竹串を、アサメは業物二振りを手にしたまま。
「俺はゴクロウ、こっちはアサメ。ご覧の通り困っていてさ、お邪魔してるぜ」
呑気に返すあたり、彼らしい。
終わった。今度こそアサメは天井を仰いだ。
やや間が開く。
「手前ら、この浮浪者どものツラ知ってる奴は」
壮年の男はゴクロウの返事をまるっきり無視し、どすの利いた声を投げかける。若いヤクザ者は誰も答えない。
注意の逸らし方。間の持ち方。上手い。アサメは密かに尻尾をくねらせた。立派な卓の脚を絡め取る。
連中目掛け、ちゃぶ台返し。
一斉掃射。
狂ったように銃弾が飛び交う。皿が割れ、壁を穿ち、金属の破片や木っ端が飛び散る。けたたましい音を撒き散らして居間中を穴だらけにした。
かち、かち、と回転式弾倉が虚しく空転。
「追え、逃すなッ」
姿を消した不届き者は居なかった。




