敗走 8
「まだ、生きていますか」
間違いない。
少女はあの時、確かに息をしていなかった。
「おう、とりあえずな」
とにかく生きているのなら今は考えるまい。煙幕を突き抜ける。
それでも外は夜闇の中。
頼りは松明の灯りと、ぶかぶかの麻布を羽織った少女。精気を取り戻したのか、見え隠れする白髪には銀の光沢。松明を握る小さな掌は赤土の褐色肌。当然だが表情は窺えない。
だが、険しい表情をしているだろう。
「向こうです」
少女は落ち着いた声で灯りを向け、進路を指し示す。
「よし、任せろ」
銃声。
ゴクロウの右耳を弾丸が擦過。物量を伴った衝撃波により髪が千切れ、耳がやや裂け、血液が飛散した。強烈な耳鳴りが左耳へ突き抜けるが怯みはしない。
眦をかっ開いたまま、後方を睨みつけた。
連中はまだ煙幕の中。
「あの化け女、やるじゃねえか。眼以外で俺達を捉えてやがるな」
「とにかく距離を稼いで。直ぐに後を追えない様に、他の馬は殺しました」
子供の口振りとは到底思えない、非情な一言だった。馬だけではない。人も殺しているだろう。血の臭いが濃い。
(集中しろ)
今、向き合うべき相手はあの化け女。
連射性の低い銃だが、敵は恐るべき狙撃手である。次弾はより精度を上げて狙いを定めてくるだろう。
恐らくはあと一発。これを凌げば逃げ切れる。
「揺れるぞ」
姿勢を前に傾け、空気抵抗を少しでも減らす。手綱を軽く握り、一呼吸した。
瞼を閉ざし、集中。
此方を滅せんとする後方の照準へ、全神経を向かわせる。
死の臭いがする。駆け抜ける寒風は重苦しい。
まだ響く耳鳴りは亡者の囁きに聞こえる。
闇に浮かぶは紅柑子の瞳孔。
徐々に全容が浮かび上がる。
一撃に賭けたのだろう、座り込み、両脚の筋肉に肘を当てて照準を安定させている。青紫の舌を出し入れし、仕切りに何かを察知していた。嗅覚か。姿までは捉えられまい。こつこつと顎を鳴らしている。
視えた。これだ。
リプレラは音の反響具合で標的との距離を測り、狙っていた。
両者、相対す。
(次は殺る)
一方は優れた五感を全開にし。
(やれるもんなら殺ってみろ)
一方はもう一つの第六感を信じた。
指先に力が掛かる。
今。