表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/166

世界に刃向かう者 12

「あらあら、可哀想」


 にやけた顔のリプレラは言葉とは裏腹にへらへらと面白がっていた。

 切っても切り離せないはずの相方に邪魔だと断言したゴクロウは、背を守ろうとしていたアサメから離れる。

 言い繕いようのない敵だったサガドの元へ、躊躇(ちゅうちょ)なく歩き出す。

 アサメは呆然と立ち尽くしたまま、動かない。

 挑発的に振る舞うリプレラが横を通り過ぎても、視線すら合わせなかった。


「また俺に頭突き(ヘッドバット)をかます気か、ゴクロウ」

「人の脚ぶち抜いておいてよく言えたな、サガド。さっさとその臭い油、落せよ」

「今度は反対の脚が良いか」


 笑いながら鷹揚と手を広げるゴクロウは、好きにしろと肩を(すく)めた。いまや得物は背中の護人杖(ごじんじょう)だけ。短剣は(ふところ)だが、出す気はない。

 サガドは少し考えるように何度か(うなず)くと、曲刀(ヤタガン)を納めた。


「あれはどうする」


 サガドは(あご)をしゃくってアサメを示す。


「放っておけ。お前の言う通り、赤の他人以上に面倒臭えよ。馬鹿(バカ)みたいに暴れ回って、聞き耳も持たないくせに考えようともしないガキだ」

「ふうん、残念ねえ」


 ゴクロウのすぐ隣にリプレラが寄った。

 長刀を一振りして血を払い飛ばし、露出の多い戦闘服の(そで)でこびりついたままの血脂を拭う。確かな切れ味を見せつけるように納刀。

 今、敵意が収められた。

 三人揃って並び、振り返りもせずに地上への道を登っていく。

 取り残されたアサメがただ一人。


(もう、誰も、いなくなった)


 絶望に打ち(ひし)がれ、哀切(あいせつ)に耐え切れず小刻みに震える。

 憎き敵と裏切り者が遠ざかって行く、その足音だけをただただ聞いていた。


 雷光と轟音が頭上からはっきりと振るう。


「ところで追手はすぐ来るのか。隠し通路から来たんだろ」

「いや、(しばら)くは通れん。退路は燃やしたからな」

「そうか」


 地上への大穴はすぐそこだった。

 崩落した天蓋(てんがい)が石塊となって荒々しく散乱。なけなしの生命力で耐えていたであろう痩せた木が根っこを剥き出したまま、丸ごと横たわっている。

 無窮(むきゅう)(ひろ)がる深淵(しんえん)の口が、曇天に向かってぼっかりと開けているかの如き様相。

 行き着いた生還への道は、絶壁に(はば)まれていた。

 命懸けの登攀(とうはん)敢行(かんこう)する覚悟を決めるが、どうやら崖道が整備されているらしい。近付くと急勾配な崖道が雑に掘られていた。階段状だが、脚を上げただけでは一段も登れない。手掛かりを掴んでようやく一段登れるような、巨人の階段。崖登りを得意とする泥暮らしにとっては充分な道である。


「あのね、ゴクロウ」


 呼び掛けたリプレラの方へ振り向く。


「どうした」

「あの子、アサメちゃんだっけ。あんな肥溜めに放置なんかして、可哀想だと思わないの」


 相も変わらず声と表情が一致しない不気味な微笑みに、ゴクロウは首を傾げた。


「関係ねえだろ。だいたいお前が欲しがってどうするんだ、リ」


 殺気。


「半身の居ない主身に価値などねえ」


 抜刀。

 左横に立っていたサガドは速攻とゴクロウを斬首。

 鮮血が噴く。


「危ねえな。そろそろだとは思っていたけどよ」


 傷は浅い。刃を通さぬ太腕で肉を断たせた。

 瞬時に手首を絡ませ、喰い込む曲刀(ヤタガン)を抜かせない様に刀身の背を掴み込む。自ら押し込み、(こぼ)れる血液。

 だがサガドの腕力では、押しても引いてもびくともしない。


「思い出すよ、ゴクロウ。初めて殺し合ったあの時は、本当に愉快だった」

「じゃあ、仕切り直しといこうか」


 睨み合う両者。

 力と力が血(まみ)れの曲刀(ヤタガン)を介して噛み合い、震え合いながら膠着(こうちゃく)する。

 ()しくも、かつてサガドと対峙した一日目の再現となった。

 くすくすと水を差す嘲笑(ちょうしょう)


「分かっていたなら避けられたじゃない、ゴクロウ。痛めつけられるのが好きなの」


 冷血と微笑(ほほえ)むリプレラはゆっくりと長刀を引き抜いた。

 刃が雷光を返す。あまり時間を掛ける気はないらしい。


「ああ、悪くはねえな。けど、もっと好きなものがある」


 血の痛みを殺すように凶悪と笑むゴクロウ。

 それを前にしたリプレラは、怪訝(けげん)そうに片眉を上げ。


「何が可笑(おか)


 感応する精素。火気の気配。

 着火。


「ぐおおおおッ」


 サガドの全身が、大発火。


「痛めつけたがる奴を、ぶっ潰すことだ」


 火炎の熱に狂うサガドを蹴り飛ばす。(たま)らず手を離し、揉み消そうと必死に転げ回っていく。


「サグッ」


 愛する主身へ飛びついたリプレラは外した外套(マント)で火炎を叩くが、油が全身に染み込んでいるのだ。そう簡単に消えはしない。

 確実に仕留める。その為の拘束。


「オ、」


 膨張(ぼうちょう)する殺気。

 脅威は去っていない。主身を仕留め切れなかった。


「オヤジをヤりやがッたなクソヤロウがッ」


 仇を睨むリプレラから、明らかに野太い男声。

 驚愕を押し殺して歯を食い縛るゴクロウは。


「お互い様だろうが」


 呻きを漏らしながら血で滑る曲刀(ヤタガン)の柄を掴み。


「かかって、来いッ」


 腕から曲刀を、抜刀。

 直後、鋼と鋼が斬り合う快音。

 狂気を(あら)わに(たけ)る魔女、リプレラとの剣戟(けんげき)に応じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ