世界に刃向かう者 12
「あらあら、可哀想」
にやけた顔のリプレラは言葉とは裏腹にへらへらと面白がっていた。
切っても切り離せないはずの相方に邪魔だと断言したゴクロウは、背を守ろうとしていたアサメから離れる。
言い繕いようのない敵だったサガドの元へ、躊躇なく歩き出す。
アサメは呆然と立ち尽くしたまま、動かない。
挑発的に振る舞うリプレラが横を通り過ぎても、視線すら合わせなかった。
「また俺に頭突きをかます気か、ゴクロウ」
「人の脚ぶち抜いておいてよく言えたな、サガド。さっさとその臭い油、落せよ」
「今度は反対の脚が良いか」
笑いながら鷹揚と手を広げるゴクロウは、好きにしろと肩を竦めた。いまや得物は背中の護人杖だけ。短剣は懐だが、出す気はない。
サガドは少し考えるように何度か頷くと、曲刀を納めた。
「あれはどうする」
サガドは顎をしゃくってアサメを示す。
「放っておけ。お前の言う通り、赤の他人以上に面倒臭えよ。馬鹿みたいに暴れ回って、聞き耳も持たないくせに考えようともしないガキだ」
「ふうん、残念ねえ」
ゴクロウのすぐ隣にリプレラが寄った。
長刀を一振りして血を払い飛ばし、露出の多い戦闘服の袖でこびりついたままの血脂を拭う。確かな切れ味を見せつけるように納刀。
今、敵意が収められた。
三人揃って並び、振り返りもせずに地上への道を登っていく。
取り残されたアサメがただ一人。
(もう、誰も、いなくなった)
絶望に打ち拉がれ、哀切に耐え切れず小刻みに震える。
憎き敵と裏切り者が遠ざかって行く、その足音だけをただただ聞いていた。
雷光と轟音が頭上からはっきりと振るう。
「ところで追手はすぐ来るのか。隠し通路から来たんだろ」
「いや、暫くは通れん。退路は燃やしたからな」
「そうか」
地上への大穴はすぐそこだった。
崩落した天蓋が石塊となって荒々しく散乱。なけなしの生命力で耐えていたであろう痩せた木が根っこを剥き出したまま、丸ごと横たわっている。
無窮と拡がる深淵の口が、曇天に向かってぼっかりと開けているかの如き様相。
行き着いた生還への道は、絶壁に阻まれていた。
命懸けの登攀を敢行する覚悟を決めるが、どうやら崖道が整備されているらしい。近付くと急勾配な崖道が雑に掘られていた。階段状だが、脚を上げただけでは一段も登れない。手掛かりを掴んでようやく一段登れるような、巨人の階段。崖登りを得意とする泥暮らしにとっては充分な道である。
「あのね、ゴクロウ」
呼び掛けたリプレラの方へ振り向く。
「どうした」
「あの子、アサメちゃんだっけ。あんな肥溜めに放置なんかして、可哀想だと思わないの」
相も変わらず声と表情が一致しない不気味な微笑みに、ゴクロウは首を傾げた。
「関係ねえだろ。だいたいお前が欲しがってどうするんだ、リ」
殺気。
「半身の居ない主身に価値などねえ」
抜刀。
左横に立っていたサガドは速攻とゴクロウを斬首。
鮮血が噴く。
「危ねえな。そろそろだとは思っていたけどよ」
傷は浅い。刃を通さぬ太腕で肉を断たせた。
瞬時に手首を絡ませ、喰い込む曲刀を抜かせない様に刀身の背を掴み込む。自ら押し込み、溢れる血液。
だがサガドの腕力では、押しても引いてもびくともしない。
「思い出すよ、ゴクロウ。初めて殺し合ったあの時は、本当に愉快だった」
「じゃあ、仕切り直しといこうか」
睨み合う両者。
力と力が血塗れの曲刀を介して噛み合い、震え合いながら膠着する。
奇しくも、かつてサガドと対峙した一日目の再現となった。
くすくすと水を差す嘲笑。
「分かっていたなら避けられたじゃない、ゴクロウ。痛めつけられるのが好きなの」
冷血と微笑むリプレラはゆっくりと長刀を引き抜いた。
刃が雷光を返す。あまり時間を掛ける気はないらしい。
「ああ、悪くはねえな。けど、もっと好きなものがある」
血の痛みを殺すように凶悪と笑むゴクロウ。
それを前にしたリプレラは、怪訝そうに片眉を上げ。
「何が可笑」
感応する精素。火気の気配。
着火。
「ぐおおおおッ」
サガドの全身が、大発火。
「痛めつけたがる奴を、ぶっ潰すことだ」
火炎の熱に狂うサガドを蹴り飛ばす。堪らず手を離し、揉み消そうと必死に転げ回っていく。
「サグッ」
愛する主身へ飛びついたリプレラは外した外套で火炎を叩くが、油が全身に染み込んでいるのだ。そう簡単に消えはしない。
確実に仕留める。その為の拘束。
「オ、」
膨張する殺気。
脅威は去っていない。主身を仕留め切れなかった。
「オヤジをヤりやがッたなクソヤロウがッ」
仇を睨むリプレラから、明らかに野太い男声。
驚愕を押し殺して歯を食い縛るゴクロウは。
「お互い様だろうが」
呻きを漏らしながら血で滑る曲刀の柄を掴み。
「かかって、来いッ」
腕から曲刀を、抜刀。
直後、鋼と鋼が斬り合う快音。
狂気を露わに猛る魔女、リプレラとの剣戟に応じた。




