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世界に刃向かう者 10

 長く長く伸びた銀髪が規則的に(なび)く。

 先を走るアサメを、後を追うゴクロウはじっと見つめていた。

 暗く狭い石造りの通路。松明が等間隔に灯り、投石用の石がごろごろと積み重なっている。よく燃える油の袋も転がっていた。

 内部はやはり殺人孔(さつじんこう)が設けられ、鉄門に侵入した者の頭上に矢や石、油を投下するのだろう。狩り場を見下ろしてよく目を凝らせば、赤茶色に変色した大小の骨が酸鼻の極みと散らばっている。実際に使用された形跡から、かつて攻城戦が繰り広げられていたであろうと予想。

 泥暮らしの都。大橋、大門。

 大地が裂けるほどの大災害に見舞われてなぜ、封じられた歴史と堅牢な造形を保てるのか。痕跡を探れば探るほど不可解の坩堝(るつぼ)に呑み込まれる。穢土(えど)の歴史に想いを馳せてはきりがない。

 今は目の前に集中しなければ。

 発達したアサメの刃尾がくるくると揺れるのを眺めながら、ゴクロウはふと思い立った。


「アサメ、お前」


 麗人は走りながら、呼びかけに振り向く。

 黒々とした血に濡れた瑞々しい裸体に。


「この身体なら、もう足手まといには」


 外套(マント)を投げつけた。


「適当に折って着とけ」


 アサメは今更ながら察し、恥じらいごと隠すように手早く着込む。


「あの変態女(リプレラ)とは決着を付けられたのか」


 袖を(まく)りながら、黙って首を横に振る。


「じゃあ、生き延びているだろうな」


 黙したまま、深く深く頷いた。

 死闘を繰り広げた者にのみ表せる、強敵として認めたある種の信頼だった。

 アサメは口惜しそうに重々しく息を吐く。


「あとで逢いましょう。そう言い残して、逃げられました」


 殺意は消えていない。再燃した怒りの感情が語気に乗る。

 瞬間、空を斬る音。壁が粉砕。

 一条の恐ろしい爪痕。アサメが刃尾を振るい、岩壁を深々と抉っていた。


「どこまでもふざけて、許せない。もう少しで、あと一歩で、腐った首を斬り飛ばせたのにッ」


 (たけ)り震えるアサメの声に、ゴクロウは心の中で首を横に振った。

 それでは、(たお)せない。


(相手に飲み込まれず、己を強く保つ信念が必要なんだ。力だけに頼る今のお前では、運良くこの場を凌げたとしてもいずれ同じ壁にぶつかる)


 言うのは簡単だった。だが怒れる火に油を注ぐだけ。どうすれば、心に届くだろうか。

 ゴクロウは一呼吸の間に、言葉を選んだ。


「アサメが腹の虫を抑えてくれたから、俺はこの通り生きている。アサメの選択が、俺達に生きる道を与えてくれたんだ。これで心を新たに奴等と戦える。お前と、俺の力でだ」


 アサメは鋼の瞳に力を込め。


「貴方の力は、要りません」


 首を横に振り、強く拒絶した。


「主身である貴方を失えば私も道連れになると思っただけです。要りませんよ、そんな綺麗事は。今の貴方の力では、あの半身には遠く及ばない。もう戦わないで。これからは私が、全ての敵を仕留めます」


 アサメの拳から血がぽたぽたと垂れる。

 鋭い爪が掌に食い込んでいた。

 落ち着け、とゴクロウ自身も己に言い聞かせる。


「そりゃ優し過ぎだろうよ。俺が指を咥えたまま、お前の背中を眺めているわけ」

「まだ解らないんですかッ」


 癇声(かんごえ)が反響し、ゴクロウは言葉を呑み込んだ。


「絶望だらけのこの世界を生き抜くには、意志一つで力を何十倍にも増大できる半身だけ。私の忌々しい身体を憎悪で燃やし尽くして、仇の血を一滴残らず焼き払うしかないッ」


 痛々しく裂けた心が、瞋恚(しんい)を叫んだ。

 聞き入れるという行為を禁じ、不純物を徹底的に排除していた。

 奴等を殺してもなお、アサメは身も心も鬼に(やつ)そうとしている。起こりうる事象を全て力で解決しようと暴れる猛獣に成り下がろうとしている。

 駄目だ。それだけは。


「だったら何で、お前はリプレラを仕留め切れなかったんだッ」


 吠えても解決にならないと頭で解っていても、止められない。アサメの怒りに引き寄せられる。


「悔しいのは解る。怒るのも解る。(ジン)化だか知らねえが、成長したのも無理やり理解してやるよ。だがあんなもの、己を見失ってただ力任せに暴れていただけだろうが。仇を討つ、とただ一点を至極冷静に捉えて、掴み得た力を活かして立ち回っていれば、お前ならあいつを殺せたッ」


 アサメがぎり、と歯を食い縛る。


「知ったような口を、よく叩けますね」


 剥き出した歯牙(しが)の鋭さに、だがゴクロウは一切怯まない。一呼吸置いて落ち着かせる。


「知ってるさ。事もなげに敵を始末する毅然なアサメを、俺は信じているんだ。解るだろ。あいつらは、憤りのまま力尽くで突っ込んだところで退(しりぞ)けられるような未熟者じゃないって」

「だったらどうすればッ」


 そんなことは、簡単だ。

 言いかけて後方の騒がしさに気付く。

 少々口論が過ぎた。廊下から松明を掲げた追手の影が伸びて迫る。

 ゴクロウは高い可燃性を有する謎の皮袋に向かって集中。燃えろ、と精素に念ずる。

 すぐに白煙を上げて発火。一気に燃え広がる。


「今のでこれっきりにしよう。俺達に退路はねえ。がむしゃらに進んで闘うんだ」


 苛立つアサメは応じない。

 炎の海を背にして影を踏み、黙って走り出した。


(アサメ。俺はお前のことになると、なぜか知らねえがやけに騒つく。いつもは笑ってりゃ腹が落ち着くのによ。何なんだ)


 反省しながら、後を追う。

 不協和を抱えたままサガドとリプレラと対峙しなければならないのか。

 不穏な未来予想が、ゴクロウに暗い影を落としていた。


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