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世界に刃向かう者 9

 全方位が()える。

 泥暮らし共の濁った眼が、意味不明な奇声が、鼻を刺す血臭が。

 三千もの兵が、たった一人の猛者を喰い殺そうと襲い迫っている。


退()けえええッ」


 激戦の渦中で猛るゴクロウは一瞬たりとも止まらず、(ほふ)る、屠る、屠る。

 接敵する敵の急所を的確かつ全力で仕留め、強引に地上への血路を切り往く。

 杖先で喉を潰したかと思えば、返す振り回しで瞬く間に後方左右の側頭部を破壊。黄ばんだ白目を剥いて(くずお)れる。

 転がった雑魚を蹴散らし、まるで消耗を思わせない鋭い踏み込み。

 鉄拳で顎を殴り、指で眼を貫き、そのまま顔面を握り込んで剛健の限り振り回し、投げ飛ばして敵列を押し退ける。

 鬼の立ち回りをみせるゴクロウに対し、それでも泥暮らしは怒号を張り上げて迫る。

 そこらじゅうに散らばっている足元の刃を蹴り飛ばしては甲冑(かっちゅう)の隙間へ見事に突き立て、更に得物を奪い取って左右を斬りつけ、投げつける。

 敵も同じく投擲(とうてき)を繰り出す。滅茶苦茶な軌道は味方の肩に刺さろうともお構いなしだった。丁度良く突っ込んできた醜面を掴み寄せて盾に。短い呻きと鈍い陥没音。見事に脳天を割った手斧を強引に抜き、持ち主らしき敵の喉目掛け全力で返した。重い回転刃は、間抜けにも顔を出した別の雑魚(ザコ)に突き刺さる。

 まるで数が減らない。

 死にたての骸で死角を(さえぎ)っては背後の敵を槍で三人ほど串刺しにし、動きを止める。無策にも突撃をかましてきた大柄な泥暮らしをいなし、反対側へ投げ飛ばした。転身と同時に拾った(なまくら)刃を無防備な背後へ投げつけ、黙らせる。(くみ)(やす)い。

 そろそろか、と発狂した泥暮らしが(やかま)しく絶叫した。血肉を口から(こぼ)しながら、滅茶苦茶な軌道を踏んで強襲。睨んで見切る。速いだけ。超集中(ゾーン)状態に到達しつつあるゴクロウに猪突猛進は届かない。隙だらけの顎を豪快にへし折る。飛び散る歯牙、肉片。

 崩れた陣形の隙を突いては獅子奮迅と軍勢の海原を突っ切る。


「邪魔だ邪魔だ邪魔だッ」


 戦場のど真ん中で吠えれば際限のない剛気に溢れ、全身の筋肉、ありとあらゆる血管の端に血が(たぎ)る。

 五感、第六感は冴え渡り、戦闘領域の隅々へと拡充(かくじゅう)。視ながらにして肌で敵視を感じ、聴きながらにして奇襲の気配を嗅ぎ取る。血の味から自身の体調を機敏に察知し、杖、拳打蹴打、奪取、投擲、同士討ちを適切に選択して疲労を分散させる。

 もはや一個の戦闘機械。殲滅(せんめつ)兵器と化す。

 小兵がいかに武装し四方から飛び掛かろうとも、長身巨軀を誇るゴクロウの驀進(ばくしん)を誰も止められない。護人杖(ごじんじょう)は血を(すす)って黒々と(つや)めき、重厚感を増す。命を奪えば奪うほどよく手に馴染(なじ)む。これで一体、百以上もの泥暮らしを屠ったか。折れるどころか、破壊する度より堅牢な手応えが伝わってくる。


(まだ二十分は保つ)


 体力を著しく消耗しながらも、力の限り暴れてやると己を奮い立たせる。

 敵前方から猛々しい気配。軍勢が左右に割れる。

 (うつろ)な獣の双眸(そうぼう)。体勢を立て直した禿げ鼬鼠(イタチ)が引き返してきた。首を蛇行(だこう)させ、ゴクロウ目掛けて猛追。騎手もなく、本来の魔速を以って眼前へ。


(どっちが速えか)


 後の先で獲る構え。

 亡者(もうじゃ)の如き獣の相貌(そうぼう)。開かれた顎。身を砕かねば通れない、通らざるを得ない狭き地獄の門。


(来いッ)


 突風が、ゴクロウを上方へと打ち上げた。

 下方には、泥暮らしを喰らう羽目(はめ)になった獣。

 風ではないとすぐに気付く。回された胴には、細くも強健な赤土色の腕。

 黒血に汚れた銀髪が(なび)く。


「やっと、届きました」


 麗人は悲願を(ささや)いた。

 アサメはゴクロウを抱え、高々と飛翔していた。

 大の大人を軽々と支え、それだけに留まらず五(メートル)ほど飛び上がる跳躍力に震える。

 姿形は人間に近しいが、悪魔に身を売ったが如き身体機能は常軌を(いっ)していた。単純な身体能力ならばゴクロウなど遥かに凌駕(りょうが)していた。

 これが彼女の望んだ望みなのか。

 ぞっとするほど麗しい横顔に、言いようのない執念が(にじ)んでいた。

 着地先には呆けて口を半開きにした泥暮らし。顔面を容赦なく踏みつけ、たたらを踏みながらも地に足を下ろす。

 アサメは即座に脇を離れ、流れるように前へ。前方の半円を一閃。

 掻き散る火花。一瞬遅れ、血飛沫(ちしぶき)

 立ちはだかる泥暮らし共を超速の刃尾がまとめて薙ぎ払った。脆い鎧兜など紙屑同然。(おびただ)しく走った血線は沛然(はいぜん)たる津波と化して二人に被った。

 間近にして改めて、言葉を呑む。

 圧倒的な戦闘能力。人力ではまるで手が届かない領域。

 何が起こったのか、今すぐ聞きたい。だが、普段のやり取りをこの戦禍は許してくれない。

 アサメへ駆け寄る。


「もう雑魚に構わなくていい。あの門を抜けて、地上を目指すぞ」


 するりとゴクロウの肩に潜り込んでしっかりと掴んだ。


「なら、跳びますよ」


 がぐん、と再び跳躍。

 敵兵の密度が低い位置に着地し、跳躍を繰り返す。

 ゴクロウは乱暴な上昇下降に振り回され、舌を噛むまいと顎を締める。吹きつける風圧に眉を(ひそ)めながら大橋に広がる泥暮らしの軍勢を俯瞰(ふかん)

 大軍はすでに陣形を乱し、体躯に恵まれた者は我先と侵入者を喰らおうと雑兵(ぞうひょう)を押し退けながら立ち泳いでいた。これでは軍律も何もあったものではない。ただの血に飢えた大群が思い思いに(うごめ)いていた。

 振り向く。

 一匹の獣と一対の獣騎士は左右に分かれ、大橋の欄干(らんかん)上を激走。サガドとリプレラの姿はない。討ち取られた可能性は限りなく(ゼロ)に等しく、どこかに姿を隠して脱出の機を探っているのだろう。そう簡単にくたばるはずがない。絶対に。


「どうやってあの門を潜りますか。閉ざされているみたいですが」


 敵の身を案じている場合ではない。

 気付けば目前には、落とし格子の大鉄門が無慈悲に(そび)え立つ。

 大きく口を開いた天然の隧道(トンネル)を封じる様に埋没された鉄門は外側と内側に一門ずつ構えられ、二重構造の防衛施設である事が(うかが)えた。


(仕掛けを動かして開門するのを待っていたら奴等に押し潰されちまう。こいつの構造から戦略思想を察するに、外敵を閉じ込める罠とみた。となれば罠の整備や、敵を殺す仕掛けを作動させる為の通行口があるはず)


 あった。ゴクロウは目論見(もくろみ)通り、隠し扉を左右に見つけ出した。

 内側の門、その外枠は崖に見せかけた岩の(やぐら)が二基。わざわざ登攀(とうはん)しなくては中に入れないような敢えて不便な造りになっていた。これで追っ手も撒ける。

 右方を指差してアサメに意図を伝える。アサメは了解、と短く頷いて最後の跳躍。

 一際強烈な風圧。

 不確かな足元は虚空(こくう)の、深淵(しんえん)の闇。一歩でも目測を(あやま)れば今度こそ地獄へ落ちる。迫る岩壁に激突しかけるが、必死にしがみついて二人で身体を支え、無事に登り詰めた。

 先に辿り着いたアサメが手を差し伸べる。


「大丈夫ですか」

「ああ。助かった」


 なんと力強い腕か。

 遠慮なく手を借りるが、どうも複雑に思えた。

 見下せば獣が二匹、恨みがましい唸り声。

 騎乗したままの錆鉄の騎士と視線が合う。

 暗い殺意は逃走を断じて許容していない。開門と同時に我先と跡を追ってくるだろう。


「急ごう。此処(ここ)死合(しあ)うには、少々足元が覚束(おぼつか)ねえ」


 二人は前へ向き直ると、石造りの薄暗い廊下を駆け抜けていった。


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