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敗走 7

 骨折音の震動が、やけに微細と響いた。

 死を目前にした全神経が、暴走しているからだろうか。

 曲刀(ヤタガン)を引き抜く動作が遅い。

 だが解っていても避けられない。首を引いて背後へ倒れ込もうとするが、間に合わない。

 右下腹部から左肩口へ、一条の灼熱。深い。

 上から下へ、鮮血が迸る。


「ぐッ」


 堪えた。

 返す刃を短剣で防御(ブロック)。けたたましく響く金属音。

 それで、どうする。


「どうしようもないな」


 無感情に吐き捨てられたサガドの言葉が、脳の奥を揺さぶった。

 短剣で胸部を一文字に斬られ、ダメ押しの体当たりをまともに受ける。ゴクロウは一瞬だけ宙へ浮き、直後に背中から落下。

 全ての内臓がひっくり返る様な激痛。それでものたうち回って正面を向く。強敵に背を向けるわけにはいかない。

 サガドは鼻血を拭いもせず、ただ冷たく見下す。


「そこいらの雑魚ならとっくに諦めているぞ、ゴクロウ」


 鉄の味が広がる。口を切ったらしい。全身が血塗れだった。


「そう、だな」


 ゴクロウは血混じりの重い唾液を吐き捨て、なおも立ち上がり闘志を剥く。

「ただじゃおかねえ。首を撥ねられても噛みついて、この悪夢を終わらせてやる」

 サガドはふんと鼻を鳴らした。

 感嘆(かんたん)か、侮蔑(ぶべつ)か。(ようや)く感情らしいものを見せた。赤濡れた曲刀で空を裂き、血を払う。


「見せてみろ」


 殺せ、殺せ、殺せ。

 あちこちから(しつけ)のなってない蛮声が飛ぶ。

 血祭りの生贄(いけにえ)、ゴクロウへ誰もが異常な興奮と怒りをぶつけていた。

 振り被る。首を刈らんとする曲刀(ヤタガン)

 ゴクロウは左腕を肉盾にし、断頭を阻止。

 熱と圧。血が溢れる。

 まだ戦える。

 奥歯を噛み締め、震える筋肉を引き締め、刃を食い込ませた。踏み込む。


「簡単に俺の命を取れると」


 右拳を握る。サガドの脇腹へ二連打。

 流石(さすが)に苦悶の表情を浮かべた敵の横っ面を、振りかぶって渾身(こんしん)の一発。背後へよろめいた衝撃で曲刀(ヤタガン)がずるりと抜けた。

 血がばたばたと飛び散り、どくどくと流れていく。

 意識が朦朧(もうろう)としてくる。


「ぐ、まだやるか、ゴクロウ」


 これが覚悟だ。


「くたばるまでまだ時間がある。まとめてかかってこい、雑魚(ザコ)共ッ」


 生きる事を捨て、腹の底から本気で吠えた。

 辺りの罵声が最高潮に達する。

 得物を打ち鳴らし、足音を踏み鳴らして迫る。リプレラが(うるさ)い、と叱咤(しった)するが、そんなものは掻き消されていた。男共は血が(たぎ)って堪らないらしい。

 諦めた瞬間、心が軽くなった。

 それどころか気分が良い。

 ゴクロウは己がおかしいと思いながらも、サガドをただ見つめた。


「良い面だ、ゴクロウ」

「お前も笑ってみろ、サガド」


 にや、と口角が上がっていく。

 はは、くくく。二人は小さく笑い合い、そして徐々に大きくなっていく。


「ははははッ」

「あっはっは」


 注意は充分に引けた。


「サガドッ」


 リプレラが怒鳴る。

 やはり先に気付いたのは彼女だった。

 雪を跳ねて駆け寄る馬足。

 ゴクロウを睨みつけて牽制するサガド以外、誰もがその方向へ向く。

 灯りが一つ、近付いてくる。

 白雪の光景に紛れて駆ける白班目(ホワイトドッツ)の馬、そして頭を垂れた奇妙な騎手。賊共の一人だった。

 何故か頭に松明(たいまつ)を巻き付けており、注視するとやはり死んでいる。


「止まれッ」


 騎手目掛け、発砲。

 死骸がびくんと跳ねただけ。背後に隠れたもう一人の乗り手には届かない。

 そして硝煙(しょうえん)とは別種の、火薬の臭いがした。

 残りの賊共も気付いた。誰かが叫ぶ。


「伏せ」


 爆発。

 一度ではない。二度、三度と連続して爆ぜた。

 更に一発、ゴクロウとサガドの間に落ちる。


「これが狙いか」


 瞬く間に(ひろ)がる灰煙。

 煙幕だ。


「ああ。可笑しかった」


 乗り手は絶妙な箇所に投げ込んだ。

 的確に敵の視界を奪っていく。

 笑うのを止めたサガドの能面が煙の奥に消え。


(さか)しいな」


 猛然と急接近した馬体目掛け、一閃。


「ッ」


 手応え有り。


「乗ってッ」


 だが馬ではない。

 振り落とされた死骸に食い込む刃。

 物言わぬ手下を押しつけられたサガドは姿勢を崩しかけてたたらを踏む。

 千載一遇(せんざいいちぐう)の瞬間。

 本物の騎手は駆け脚を止める気はないらしい。ゴクロウは揺れる手綱を勢い良く掴み取った。

 掌を通じ、気力が全身に駆け巡る。実に勇敢な馬だ。あとは強靭な馬体を信じ抜くのみ。右脚に力を注ぎ、地を蹴る。

 気合いと共にほぼ脚力のみで跳び乗った。

 瞬間、血塗れの手が、小さな乗り手の肩に触れ。


 静止する世界。

 確信が脳裏を貫く。

 光が差し込めば闇が浮かび上がる様に。

 冬が過ぎれば夏を迎える様に。

 男の(かたわ)らには女が寄り添う様に。

 今、魂と魂が、触れ合った。


 銃声。


「危ねッ」


 狙いは外れた。

 意識を一瞬飛ばしかけたゴクロウだったが、衝撃音に救われた。

 小さな乗り手を前に抱える形で(くら)に乗り直す。腕が温かい。全身に駆け巡る躍動感。今のは一体。

 いや、それよりも、この子は。


「まだ、生きてますか」


 凍死していたはずの、少女だった。


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