世界に刃向かう者 5
目下の軍都へ堕ちゆく。
ゴクロウ、サガド、リプレラは二転三転と掴み合いながら石塔の頂上へ落下。腐った屋根に激突、盛大にぶち抜いて更に転落していく。
それでもゴクロウとサガドは胸倉を掴み合ったまま離さない。直後、太い梁へ強かと突っ込み、強引に分断されて無茶苦茶に捻転。頭を守るよう反射的に丸まり、石畳の最上階へ全身を強かに打ち付けられた。
「ヅ、ァッ」
意識が飛ぶ。
視界に星屑が瞬く。
常人ならばこの閃輝暗点すら拝むことなく力尽きる。
「が、ぐ、何べん落ちりゃ、気が済むんだ」
だが、ゴクロウの身体と心は折れてなどいない。
遠退きかけた意識を必死に手繰り寄せる。全身から木っ端を散らしながら立ち上がろうともがく。手放しかけた護人杖を握り直し、激痛を破り捨てる様にふらふらと起き立つ。
平衡感覚が狂っている。当然だった。
(落ち着け。死んじゃいねえ。大丈夫だ)
回復しようとする意志に感応した精素が纏い、少しずつ生命力を癒していく。
正方の大部屋。隅に階段が一つ。
謎の皮で作られた袋が乱雑に積まれている。脂のきつい臭い。物置なのだろうが、何を保管しているのかは不明だった。
「おい、まだまだ寝ててても、いいぜ」
ゴクロウは正常へと整いつつある視線を凝らし、破裂した袋の山から起き上がる影を睨んで、だよな、と吐き捨てた。
「俺に、死んでほしいと、言わんばかりだな、兄弟」
黄色く粘ついた液体を全身に被ったサガドは拭い払うように頭を何度も振っていた。悪態を吐きながらねばつく皮袋を投げ捨て、よろよろと起き上がる。息絶え絶えだが苦痛を表情に出さない辺り、心身ともに頑強であることを思わせる。
奴を打倒せずして、先へ進んだと言えるだろうか。
「なら、もっと分かりやすく言ってやるよ。お前の心臓を握り潰してやる」
死闘を繰り広げるには十分な広さ。
ゴクロウは乱れた戦意を気力尽くで昂め、鋭く息を呑んだ。
踵を返す。急旋回、後方へ杖を薙ぐ。
「あらあ」
致命の刺突を払い退けた。
にやける紅柑子。間一髪で防ぎ、即座に反撃。
だが空振りに終わる。人外じみた柔軟性で宙返りし、大きく距離を取られた。挟み撃ちを維持される。
ゴクロウは壁に背を向け、二人を視野内に捉える。
「こう何度も見透かされると、自信なくなっちゃいそう」
転落劇からいつ離脱したのか。余裕綽々と細剣を回して弄ぶリプレラは、見るからに無傷だった。
最悪の布陣だ。勝利条件がまるで掴めない。
「光栄だな。俺の首を獲れば箔がつくぞ」
「いや、もう手は出さねえ」
赤い唾を吐いたサガドはぴしゃりと否定した。
散々命を脅かしてきた連中が何を宣うかと思えば。ゴクロウは鼻で笑い飛ばし、睨む。
「面白いな。また握手して仲直りするか」
冷徹な表情のまま、サガドは首を横に振った。
「兄弟、握手だけじゃ上っ面の信頼しか築けん」
階下から轟く蛮声。
「上だ、土足人のニオイがするッ」
大勢の足音。泥暮らしの兵が大挙して乗り込んでくる。
「せっかちねえ」
「ゴクロウ、時間だ。俺達の敵を共に黙らせるぞ。奴等の血を共に浴びて本当の兄弟になるんだ。人の心を惹きつけるお前と人使いの巧みな俺が手を組めば、金も地位も名誉も力も、全て掌握できる」
「相変わらず調子の良い戯言を吐く野郎だ。だが」
眉一つ動かさないサガドとにやけたリプレラの横目が、ゴクロウを注視する。
重く鈍く踏み鳴る暴力はすぐそこ。
選択の時。
「一度だけだ。俺達の敵を共に黙らせる、その言葉だけは気に入った」
護人杖を振るう。
階下へ伸びる階段へ向け、構えた。敵地の前線に落ちた以上、生き延びるには意地など捨てるしかない。
二人の殺人鬼は、ほくそ笑んだ。
「共闘成立だな」
「そうこなくちゃ、ねえ」
長刀を悪戯に弄ぶリプレラは階下を一瞥し、鋭い剣速を立てて逆手に把持。
軽快に床を蹴った。
「ゲハハ、居たど、イキのイイ肉がッ」
極めて巨体の泥暮らしが、無警戒にも床下から顔を。
一閃。
黒い血飛沫が噴出。
首なしになった鎧がぐらりと仰向けに倒れ、喧しい音を撒き散らしながらそのまま階下へと転げ落ちていく。巻き込まれた後続部隊の怒声罵声。
「大当たり、あはは」
へらへらと笑うリプレラは、生首を爪先で転がす。幸せそうに破顔したまま死んだそれを、容赦なく蹴り落とした。
「ゴクロウ。一緒に血を浴びましょ、楽しいわよ」
愉しげに長刀を振って血を払う。
「酒なら付き合ってやるよ、あの世でな」
「そればっかり」
憤激する泥暮らしが盾を掲げ、横一列になって駆け上がってきた。粗末だが似通った鎧を身に付け、一定の練度を窺わせる程度には集団での戦いに慣れている。
一触即発。
無防備にもすっとサガドが前に出た。あろうことか悠長に両手を広げて挑発。
「やあ、汚らわしい諸君。美男美女の集いにようこそ」
怒りを露わにした何人かが我先と前へ。
対別人種との戦闘は初めてらしい。容易く瓦解した防御陣形へと飛び込んだリプレラが嬉々として長刀を薙ぐ。怯んで振り向いた兵の頭を鷲掴んだサガドが淡々と首を掻っ切り、または蹴落としていった。
実に戦い慣れている。小賢しくも使い慣れた戦法が、この殺人鬼らををたらしめんとしている。
ゴクロウは素直に感心しながら、泥暮らしどもの臭気を探っていた。
「おい、俺を撃った銃はどうした」
「なくした」
後方から気配。醜悪な面が戸のない窓から覗きこんで侵入してくる。背後を見せつつ油断を誘い、反転。杖を振り抜いて首を叩き折る。
何人も外壁をよじ登っているのだろう。次から次へと入ってくる。
「随分とまあ、執着しないんだな」
「どうせ幾らでも手に入る」
二人は口を動かしながら、足は階下へ。止まらぬ手は襲い掛かる連中を斬り裂き、あるいは砕き、刻一刻と撃破数を重ねていく。
「お得意先のユクヨニから買えるってか」
「俺は情報を買っただけだ。何処に誰が通るってな」
ぬるい斬撃を躱したゴクロウは禿げ上がった後頭部を掴み、壁に減り込ませた。放り投げて次へ。
「悪党らしいやり取りだ。反吐が出る」
サガドは未だぬるつく粘液を拭って油断を誘い、飛び込む愚か者を確実に斬殺していく。
「それがユクヨニという男だ。あの悪魔は善悪を徹底的に使い分け、足がつかないように邪魔者を排除する。突き抜けた天才ぶりに魅入った奴を、遠慮なく喰らい尽くすのさ」
成る程、とゴクロウは聞く耳を半分にして敵を蹴落とした。訳もない。
「お前も俺と同じ被害者か。信用は結べるが、信頼すべき相手ではなかったらしいな」
「ああ、利害だけの関係なんざ希薄なものだ。穢土だの曇天だの、くだらん宗教戦争の帰趨など知ったことかとタカを括って話に乗ったが、想像の規模をこうも上回るとは思いもしなかった。あれは人の頭なんざ、ほどいい踏み台にしか見えてねえんだろうよ」
上から下からと、きりがない。サガドは松明を注意深く摘み上げ、上階へ投げ込んだ。
上方の泥暮らしが明らかに動揺し、逃げ惑う。
袋の山に火が落ちると瞬く間に引火、爆炎と阿鼻叫喚が轟いた。
「愉快に踊ってくれる。俺に火を近づけるなよ」
「お前らの行い次第だ」
遠くない決着よりも今は、この難局を乗り越えねば。




