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世界に刃向かう者 1

 (かく)せし自然、穢土(えど)垂迹者(すいじゃくしゃ)夜見(よみ)

 再誕(さいたん)咆哮(ほうこう)

 その衝撃波と震動は大地の裂け目を四方八方と無惨に(ひろ)げ、雷拝(らいはい)禁足域(きんそくいき)を爆心地として凍て雲山脈に幾つもの亀裂を生じさせた。

 そして地上の(あら)ゆるモノを深淵(しんえん)へ引き()り込み、倒壊音と相まって(とどろ)いた災厄なる叫びは七千栄華の煤湯(すすゆ)を容易く駆け抜けた。曇天郷(どんてんきょう)の端から端まで到達した振動は微々たる波紋となって海や隣国にも伝達。超感覚を有するごく一握りの客人達は変異ありと東の果てを睨んだであろう。

 変異。

 大戦の火蓋が切って落とされた瞬間を、最も間近にて巻き込まれた二人は。

 割れた地の底。

 天井は岩に(さえぎ)られ、だが僅かな隙間から飛び込む雷光。

 瓦礫(がれき)の塚が、がらがらと盛り上がった。


「苦しい、です」


 瓦礫の塚がさらに盛り上がる。


「俺もだ。ちと、待って、ろ」


 土砂を背中からざらざらと落としながら、大男が一人露わになった。

 岩の天井を、ゴクロウは重々しく仰ぐ。

 覆い庇われたアサメも咳き込みながら、瓦礫塚から這い出た。


「どこですか、ここ」


 暗闇の隧道(すいどう)は、()えた臭気に満ちていた。


「死後の入り口ってところじゃねえか」


 自然物ではなく、小賢(こざか)しい者の手が加えられている。

 掘削(くっさく)された地下道の壁面は汚らしく塗り固められ、見るからに不衛生(きわ)まりない。一体、地下の何処から調達したのか、剥き出しの基礎は殆どが木造。(ことごと)く腐ってはいるが何らかの皮膜(ひまく)で雑に保護されており、てらてらとした質感が嫌悪を掻き立てていた。

 時折飛び込む雷光。

 雷鳴はくぐもり、欠けた石が頭上から弱々しく降る。

 地下から(とどろ)(おぞま)しい声の塊。鬱陶しく立ち込める臭気。


「悪夢はまだこれからみたいだな」


 咆哮の直後、足元に走った裂け目へ呑み込まれる感覚がまだ残っている。

 風圧に吹き飛ばされずに残留した瓦礫(がれき)に溺れる覚悟を決めたが、共に降ってきた巨岩が蓋になったおかげで命からがらと生き繋いだのであった。

 危うげな均衡により、今はまだ塞いでくれている。


「動けるか」

「なんとか。でも臭くて、頭痛と目眩(めまい)がぶり返しそうです」


 よし、と手を組んでアサメを立たせる。

 雷光。気付けば元通りに戻っていた銀髪は土埃に汚れ、頬には血涙の跡が残っていた。心配だが、原因が不明な以上は考えても仕方がない。


「急ぐぞ。下敷きは御免だ」


 ゴクロウは損傷が無いか手早く確認し、護人杖(ごじんじょう)をついて忍び歩く。すぐ背後に続くアサメは不快感を(あら)わにしつつも注意深く周辺を見回していた。

 悪食(あくじき)臓腑(ぞうふ)の中を練り歩いているかの様。

 いつ崩落するやも知れない恐怖とせめぎ合いながら、びしゃりと閃く雷光を頼りに進む。幸か不幸か、隧道の終点はすぐそこだった。

 ぼっかりと空いた出口。踏み出せば地の底。

 ここまでか。いや。

 底から突き上がる蛮声と、規律的な行軍の雑踏。

 火の粉が舞い上がる。

 もはや雷光など無くとも、地の底から漏れる紅蓮(ぐれん)の熱によって闇が(あば)かれていた。

 ゴクロウとアサメは互いに顔を見合わせて、意を決する。

 穢土の谷へ。

 二人は恐る恐ると覗き込んだ。


「なんて、数ですか」


 地底を埋め尽くし、猛り震える泥暮らしの大群。

 夜見(よみ)の長大な巨軀(きょく)は深淵ですら呑み込みきれず、まるで全容が掴めない。


「これが、穢土の軍勢か」


 広がるは地底の都。

 絶崖(ぜつがい)と化した壁面には、縦横無尽と隧道(すいどう)が穿たれている。まるで虫喰いが潜む巣穴の断面図。

 谷間から屹立(きつりつ)するのは埋没していたであろう岩石の砦や歪な塔がひしめき合い、ゴクロウ達の地点よりもまだ上へと延びている。

 有り得ない。

 大地を裂く地割れが頻発して何故、崩壊せずに原型を留めているのか。遥か底にあるはずの土台の上に成り立っているのだと強引に理解する他ない。

 それでも幾つかはやはり倒壊し、だが松明を片手に走り回る泥暮らしによって既に修復作業が始まっていた。今や一つの城砦(じょうさい)へと合併しつつある。

 千年以上もの時を経て積み建てられた泥暮らしの痕跡は当然、深淵の奥深くまでひたすらに広がっているであろう。


「こんな魔窟(まくつ)、有り得ていいんですか。悪夢なんてものじゃない」


 鼻を腕で抑えたままのアサメが、呆然と呟いていた。


「もう、受け入れるんだ。見てみろ」


 石槌(ハンマー)を担いだ工兵らしき泥暮らし共が器用に崖を登攀(とうはん)しては足場を組み、獣骨の大梯子(はしご)を掛け声を上げながら縄で引き掛け、突貫工事で地上への道を幾つも造ろうとしている。

 攻城用の極大矢(バリスタ)投石機(カタパルト)らしき部品を台車に載せて数人で押し、滑車(かっしゃ)を組んでは劣化した資材を下から上へと運搬。(ひま)を持て余している連中は誰一人として見当たらない。

 準備が良い上に、統率の取れた動きは洗練されている。

 何人かの大柄な現場指揮者は鞭を片手に方々に睨みを利かせ、怒鳴りながらも手際良く指示を出している。動きの鈍い者には容赦なく振るい、暴力によって一夜の築城を果たそうとしていた。


「奴等にとっちゃ、全て計画の内だ。活気づいてやがる。このままだと夜明けには、少なくとも三万の兵は這い上がってくるぞ」

「じゃあ、なおさら早く逃げないと。地上に出遅れる前に」


 二人の心の中にはまだ、希望が生きている。

 底ばかり睨んでいても仕方がない。見上げれば、至る地点に開いた穴や窪み。上手く伝っていけば登れそうだが、地上までは絶望的な高低差がある。

 それに脅威は泥暮らし共だけではない筈だ。建材として使われている獣骨や謎の皮膜。得体の知れない何かは間違いなくこの地底の何処かに巣食っている。これらにいつ気付かれてもおかしくはない。

 戦闘行為は不可避として念頭に置いておく。

 ゴクロウは目を閉ざし、臭気を堪え、深く静かに深呼吸した。

 一秒でも好機を逃し、一手でも違えれば醜悪な連中に大勢と囲まれて鏖殺(おうさつ)される。生存しうる道を踏むには、賊の隠れ家や雪山から逃げ出したあの時よりも細く険しい。

 護人杖に戦斧、弓。武器はある。傷を癒す道具もある。


「アサメ。覚悟はいいか」

「いつでも」


 何よりも、背中には唯一無二の尾が守っていた。

 ゆっくりと(まぶた)を開く。全身に(たぎ)る熱い血潮。

 金色の眼は、地上への帰還(きかん)に燃えていた。


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