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無知の行き着く先 22

 異形の女。半身リプレラは残酷に笑む。


「貴様が、ヒクラスキをッ」


 今にも襲い掛かりそうだったアサメを手で制する。


「ご覧の通りだ。俺達の機嫌はすこぶる悪い」


 不利だ。鋭く睨み返す。

 殺気が満ち、五感が鋭く研ぎ澄まされていく。


「あらあら。怖ぁい」


 そして、同じ(てつ)は踏まない。


「バレてんだよッ」


 銃声。

 よりも前にゴクロウ、アサメはほぼ同時に跳び退き、滑降した。

 目先に注意を向け、視界外からの狙撃(スナイプ)

 跳弾により飛び散った火花がまだ目に焼きついている。読み通り、避け切った。

 猛然と蹴り滑りながらも背後へ一瞥やると、頭部から血を流したサガドが射撃姿勢を解いてこちらへ滑り込んできていた。もれなくリプレラも追随。

 盆地の底辺は近いが、行き着くまでには追い付かれる。

 逃走先には、偶然にも戦斧(せんぷ)が突き立っていた。

 柄を掴めば、取れる選択肢が増える。ただし。


野郎(サガド)、いや俺が狙撃手(スナイパー)なら、落とした戦斧に射線を置いて確実に狙う)


 考えるまでもない。

 欲しい物は、なんとしても得る。


(上等だ)


 殺気が膨張するのを感知。一気に姿勢を下げ、手を伸ばし。

 銃声。快音。

 小さな土煙が二つ。

 割れた銃弾がゴクロウの左右を擦過(さっか)していた。戦斧を振り、何事かと振り向けばアサメが連中を睨み据えている。


「何発でも、斬り落としてやる」


 くねる鋭い尻尾に擦りついた硝煙。

 敵の照準を予測し、射撃に合わせて斬ったのだ。人外離れの動体視力と反応速度の為せる絶技。頼もしい震えが、ゴクロウの背筋を(たかぶ)らせる。

 企みを出し尽くしたらしいサガドとリプレラは立ち止まり、圧を掛けるように見下していた。銃さえ構えない。弾切れか。

 眩しい夜の闇。

 雷鳴は止まず、舞い上がった土埃が寒風に吹かれ(けむ)る。

 ゴクロウとアサメ。

 サガドとリプレラ。

 雷光。

 対峙する四者の影が刹那(せつな)に出で、没する。

 誰もが(まぶた)を微塵とも震わさず、(たお)すべき敵の一挙手一投足、呼吸の律動さえも見据えている。

 避けられぬ死闘の予兆に、一層と雷が轟いた。


「俺が撃ってやった脚の具合は、随分と調子良さそうだな。兄弟」

「おかげで仕上がってくれた。あの世の果てまで蹴り飛ばしてやるよ」

「犯されるよりも殺る方が好きなのよ、私達。知ってるでしょ」

「へらへらとふざけるな。お前達は絶対に殺すッ」


 四者四様に睨み合い、歯牙(しが)を剥き合い、剣呑な火花が散る。

 些細なきっかけで、この一触即発が爆ぜる。血が飛沫く。

 立ち向かおうと構える姿勢は誰もがごく緩やかで、来たる瞬間を直前にして敵を滅さんと力を貯めていた。

 リプレラがにたにたと舌を舐めずる。


「やあねえ。もう少しだったのに」


 激震。

 がらがらと瓦礫(がれき)が崩れて石礫(いしつぶて)が飛び散る。足元が沈み、身体が浮き、為されるがまま地に揺さぶられる。この脆い地盤では地滑りを引き起こし、雪崩(なだれ)に襲われかねない。呑み込まれてしまえばこの盆地は、たちまち無縁塚と化す。

 一旦の鎮まりを足裏から身体で感じる。だが、次はどうなる。

 サガドは顎を軽くしゃくり、視線を遠方へ逸らした。無表情のまま、まるで動じていない。

 やるなら今。


「地が吠えるか」


 早撃ち。

 前進しようとしたゴクロウとアサメの足元が弾ける。当てる気のない牽制。だが僅かな硬直を隙に。

 煙弾。


「私達の手で寝かせてあげたかったけど、残念」


 視界が灰色に曇り、嫌味な声だけが響く。

 前方の狂気、後方の怖気。

 ゴクロウとアサメは後退(あとずさ)って身構えるも、瓦礫(がれき)を蹴る足音は遠ざかっていく。

 逃げた。逃げられた。出遅れた。リプレラは煙などいとも容易く貫通して察知する音の眼を有する。狙撃(スナイプ)されては敵わない。

「俺が奴等を警戒する」

 応じるよりも早くアサメは振り返り、そして硬直した。

 見開かれた鋼瞳の奥。

 それは混迷と、絶望。

 震えて、動こうとしない。


「此処に居ては、駄目です」


 ならば逃げなければ。

 だが固まったままのアサメ。

 戦斧(せんぷ)を背負う。矮躯を片腕で抱えようと、ゴクロウは手を伸ばしかけた。

 激震、再来。

 先よりも遥かに深く重く、地が唸った。

 あちこちから岩の崩落が破滅的に響く。


「アサメッ」


 何物、何者だろうと立ってはいられない。

 ゴクロウは伸ばした手をそのままに転倒。膝をついて堪えていたアサメを抱きかかえて一回転し、二人は瓦礫の波に乗る形でそのまま滑り落ちていった。

 ゴクロウは眉を潜めながら、思わず戸惑いの声を漏らす。


「塔が」


 ()びの塔が、傾いている。

 奮う雷は不自然にも塔を避けるように落雷。岩を砕き、数少ない木を裂き、硫黄の湖を(ことごと)く焼いてみるみると干上がっていく。

 そんな馬鹿なと思ったが、その通りだった。

 蒸発しているのではない。地に走った亀裂が湖を呑み込んでいる。

 局所的な割れは、()びの塔を中心に地走っていた。

 アサメは震えたままだった。

 その眼は得体の知れない何かを、視ていた。


「あれは、塔なんかじゃ、ない」


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