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無知の行き着く先 16

 随分と良い汗をかいた。

 とうに日は暮れ、闇夜の中で打ち合い続けた。

 ぼろぼろに疲れ果てたハルシに肩を貸し、登山道を上がっていく。足腰の鍛錬に良いとゴクロウは気合を込めて歩く。

 日陰の(その)の入り口で叩き起こすと門を潜り、肩を貸してヨラン氏族の族長屋敷へ帰る。人気はまばらで、ハルシの姉ヘトエにせっつかれる形で風呂場に押し込まれた。

 ゴクロウはさっさと汗を流し、土間の台所から適当な干し果実やパンを幾つも抱えて自室に持ち込んだ。

 寝ていたアサメの姿はなく、かけ布が無造作に蹴られたまま。

 焚き火に土鍋を吊るして湯を沸かし、三人前はあるパン粥を作って黙々と平らげた。肉が食べたいと思いながら歯を磨き、食器を片付け、少し薪を足して大の字に寝転がる。

 眠気に包まれ、己の呼吸に耳を澄ませる。心地良い。

 気付けば朝だ。

 薪を()べようと起き上がる。反対側の寝床ではアサメが背を向けて眠っていた。

 おや、と見つめる。黒髪がさらりと流れていた。

 自らの意志で夜光族の精素を取り込んでいるらしい。

 小さな身体は寝返りを打つと(まぶ)しそうに(ひそ)め、うとうとと目を擦る。寝惚け(まなこ)はやはり、紫紺(しこん)の光を宿していた。


「おはよう、アサメ」


 うん、と背伸びをする。


「おざます」


 まだ相当眠いらしい。

 それでも起き上がり、とぼとぼと焚き火の前で丸く屈んだ。

 明け方に二人同時で焚き火を囲むのは珍しい。

 掌を温めていたアサメだったが、ふと思いついたかの様にゴクロウを睨む。


「なんで起こさなかったんですか」


 土瓶を吊るして湯を沸かしながら、昨日の昼に置き去りにしたことかと当たりをつけた。


「ああ叩き起こせばよかったな。いちゃつくハルシをぶっ飛ばしに行くぞって」


 心底つまらなさそうにそっぽを向いた。


「一人で行くなら行くと声掛けてください」

「承知承知。ほらよ」


 香茶を淹れて、アサメに渡す。少女は小さく会釈すると両手に包んで少しずつ啜った。ゴクロウも自分の分を注ぐ。


「手応えは掴めそうか」


 感応術(かんのうじゅつ)の事だ。

 アサメは湯呑みにくちづけたまま、少々間を空けた。


「いえ、全く」


 対してゴクロウはそうか、と軽く喉を潤していく。

 彼女は今、自分が何をするべきかを考えて行動を始め、そして壁にぶつかっている。

 だからこそ生まれた葛藤(かっとう)や、口惜しい思いが込められた一言だった。

 気付けばアサメは香茶を飲み干していた。

 立ち上がる。

 不安と活気がないまぜになった、前進しようとする者の表情だった。


「私には、半身には人智を覆す潜在能力を秘めているとヒクラスキが言っていました。目を背けていただけに正直、怖いです。不安しかない。でも、やっぱり知りたい。望まない運命を否定するために必要だと、思ったから」


 強い熱を、紫紺(しこん)の瞳に思う。


「だから、私は私でヒクラスキから半身や精素について学びます。感応術(かんのうじゅつ)も使い(こな)せるようになります。二人で旅立つ前に満足のいく結果を掴めるかは、わかりませんが」

「お前なら掴める」


 即答。

 静まり返る。アサメはじっと見つめていた。

 鼓舞(こぶ)するように微笑みゴクロウの言葉をじっと待っていた。


「アサメ自身が決めて、望んだんだ。だったら、その通りになるさ。絶対に」


 根拠は無い。

 だからこそ自信に満ちた言葉を贈る。


「思うがままにやろうぜ。俺達なら何だって出来る」


 アサメは怪訝(けげん)そうにしていた。

 だが、表情に僅かに緩む。


「言われなくても」


 二人は互いを励ますかのように小さく笑い合った。

 それぞれの前哨戦が幕を開けた。

 ゴクロウは更なる力を求め稽古に明け暮れる。アサメはヒクラスキに付いて回り、一人であっても座禅(ざぜん)を組んで理性を深めていく。

 駆け抜けるような日々。

 そして、万雷の降る夜が来た。


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