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無知の行き着く先 11

 呆気ない試合によって消化不良に終わったゴクロウは発散するように一人稽古に励み、噴き出て冷たくなった汗を湯浴(ゆあ)みで軽く流す。

 寝坊して起きてきたアサメとヒクラスキ一家とで朝食を済ませた後。


「ゴクロウ殿。この度は我が氏族をお導き頂き、大変感謝致します」

「ユクヨニさんも無事で何より」


 今は応接間で香茶を(たしな)んでいる。

 長机を挟んでユクヨニと向かい合い、依頼の報告をしている最中であった。

 アサメはまだ眠そうな眼で、とりあえず頷いて応じておけばいいかと半ば船を漕ぎかけている。


「こちらを」


 机の上に紙束が一つ置かれた。

 ゴクロウは薄赤い一枚を抜き取り、焚き火に近付けて透かした。

 角度によって多彩な色艶を(うかが)わせる。薄い手触りにも関わらず、しっかりとした紙質。高等な製紙技術を思わせた。

 この『一(とう)』と描かれた紙切れが百枚で百灯。

 約束の一ヶ月分とさらに成功報酬として二ヶ月分、合計三ヶ月分の生活資金である。


「紙幣なんだな」

「ええ、曇天郷の大都、煤湯の金融局が発行している紙券です。鋳物や鉱石を加工した硬貨は五千年以上前から流通していませんし、もしあれば今や蒐集家(しゅうしゅうか)垂涎(すいぜん)の品ですよ」

「ユクヨニさん、この灯は国外にも認知されているものか」

「勿論。必要とあらば外国為替も我々で贔屓(へんくつ)させて頂きます」


 へえ、とゴクロウは束をまとめ直し、掌の上で弄ぶ。(あお)ぐと紙の匂いが立った。


「お渡しした装衣品は全て貴方方に譲渡(じょうと)致します。お役立てください」

「ありがとう。ユクヨニさんが後ろ盾に付けば安心して曇天郷を旅できる」

「なんなりとお申し付けください。他にご希望は」


 ゴクロウはすかさず、札束を机の上に放った。乾いた音が響き、びくりとアサメが肩を震わせた。

 ユクヨニの視線が札束から、ゆっくりとゴクロウへ向く。

 勇ましく獰猛(どうもう)な笑み。


「敵を射抜ける得物がいい。銃か、無ければ弓でも何でも。それと負傷した箇所を応急処置できる薬と道具を持てるだけありったけ」


 怜悧なままのユクヨニは二、三度、小さく頷いた。


「戦争、ですね」


 紫紺と金瞳が交差する。


「ああ、貴方方が雷を()うというのなら、俺は泥の血を降らせる」


 昂って仕方がない。

 来たるべき戦いを前にして、ゴクロウは溢れる圧を抑え切れずにいた。

 ユクヨニは剣呑な雰囲気に呑まれる事なく、鷹揚(こうよう)と両手を広げた。肝の()わりの(たくま)しい事。彼もまた金を操る戦士である。

 むしろ不敵な笑みを零していた。


「可能な限り承りましょう。今からお付き合い頂いても」

「勿論だ。準備してくる。アサメ」


 こくりと頷きながら、少女は促されるままに立ち上がった。


 凍土の王の沐浴地(もくよくち)を歩く。

 不凍の湖畔(こはん)を取り囲む夜光織の天幕(テント)、青白い夜光族の穏やかな営み。色とりどりと漂う光珠虫と物静かな弦鳴楽が交わり、見聞きする者に安らかな一時を齎す。

 独自の生活様式と息づく自然との調和はゴクロウとアサメにとっては当たり前の日常であり、もはや原風景(げんぷうけい)と呼べるほどまでには馴染みつつあった。

 湖の(ほと)り、その片隅。

 見慣れた景観にそぐわぬ天幕(テント)が幾つか、集まって立つ。

 煙や埃で黄ばんだ色合いは実に泥臭く、()()ぎだらけ。幾多の修羅場と共にあったであろうと思わせる佇まい。

 出入りする者達はゴクロウと同種。

 肌の透けていない人間だった。

 いずれも体格良く、革の鎧の上から更に分厚い毛皮を着込んでいる。農具や楽器なんかよりも刀剣や槍がごく似合う。

 そして何より、巡回者とは比べ物にならないほど練度が高い。

 ユクヨニの後に続くゴクロウは好奇心を、アサメは無関心を露骨に(あら)わにし、彼等の領域へと踏み入っていく。

 無遠慮な視線が付き纏う。

 彼等も来訪者を品定めしているのだろう。

 刮目せよ。ゴクロウはそう言わんばかりに護人杖(ごじんじょう)をつき、堂々と歩く。アサメといえば不快そうな表情を目深に被った頭巾(フード)で隠し、鋭い尻尾を装束の中に潜り込ませた。

 ユクヨニは勝手を知っているのか、一際大きな天幕(テント)を潜った。ゴクロウらもそれに続く。

 外観通り中も広いはずだが、圧迫感がある。屈強な連中が揃っているせいだろう。戦士の誰もが一礼もなく一瞥(いちべつ)だけを寄越(よこ)してくる。

 各自の作業の手を進めながらも、ゴクロウは彼等の好奇をひしひしと感じ取っていた。

 奥では会議の真っ最中であった。

 茶髪の男がこちらに気付き、気さくな様子で手を振る。周りと比べると見劣りする小柄な体格、人当たりの良さそうな表情。よくいる好青年といったところか。

 だが実力を(いつわ)る術を身に付けた、芝居上手な男だ。

 彼を中心に据えた集まりから、隊長格の人物であることは想像に難くなかった。

 何処(どこ)かで見覚えがある。

 ゴクロウはすぐに思い出した。昨日の釣り人だ。


「おはようございます。ケイラム殿」

「や、ユクヨニさん。そちらは」


 ゴクロウはすかさず夜光礼で応じた。


「お初にお目に掛かります。俺はゴクロウと名乗っている者。彼女はアサメ」


 ゴクロウの図体を盾にして隠れる人見知りの少女は、無言で会釈した。


「ども、恐れ狩りの分隊長ケイラムっす。()(ぐも)山脈周辺担当なんで、以後よろしく」


 軽快な口調でにこやかに挨拶した。

 ユクヨニ曰く、彼等『恐れ狩り』は害獣駆除や悪性霊の滅霊を専門とする傭兵団である。曇天郷(どんてんきょう)では知らない者がいないほどの一大組織と称するだけあり、精強揃いにも納得できた。


「にしてもゴクロウさん、夜光礼が様になってますねえ」

「夜光族は俺達の命の恩人でして、ここしばらく行動を共にしています」

「そっすか。僕たちも夜光族の皆さんとは軽く百年ほどの付き合いなんすよ。上の指示で泥暮らしから守るように、と」


 ケイラムの口許は笑ってはいるが、真剣な眼差しはゴクロウを注意深く分析している様であった。

 分隊長を名乗るだけあり、抜け目がない。


「その仕事の話がしたい。ユクヨニさんには橋渡しになって頂いた」

 円滑に事を進めそうだとゴクロウはほくそ笑んだ。

「そうすか」


 ケイラムの視線がユクヨニへと向く。


「ああ、彼一人だと、皆さんの血がざわつくと思いましてね」


 肩を(すく)めたユクヨニの言葉通りだろう。

 来る者拒まずのゴクロウが一人で乗り込めば、血気盛んな彼等の誰かを痛い目に遭わせていたに違いない。今ですら、何人かが熱い視線を送っている。

 ケイラムは同じように肩を(すく)め返すと、小さく笑った。


「確かに。了解っす。御用は」

「ちと物資不足でね。武器を買いたい。標的はもちろん泥暮らしだ」

「へえ、そりゃ頼もしい。場所を変えますか」


 ケイラムが一言二言と部下に言葉を伝えていく。一仕事を終えたユクヨニがゴクロウへ向き直った。


「では私は一旦ここで。昼にまた屋敷で会いましょう。御所望の品はそこで」

「承知。楽しみだ」

「ああ、ユクヨニさん。夕方またよろしくっす」


 三者三様と短く挨拶し、散っていく。

 泥暮らしの討伐準備に雷拝祭(らいはいさい)、日常の業務。

 皆、片付けるべき問題が山積みである。

 特に多事多端(たじたたん)のユクヨニは何事かをびっしり書かれた手帳を(めく)りながら、足早と去っていった。


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