表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/166

無知の行き着く先 7

 (にぶ)い頭痛がどくどくと脈打つ。

 それでも眼球は動き、重い(まぶた)をこじ開いていく。息が荒く、心臓も早鐘(はやがね)を打つ様だった。身体が汗ばんで気持ちが悪い。

 茅葺(かやぶき)の小屋。

 既視感のある光景。

 ゴクロウは部屋の片隅に横たわり、中央の小さな焚き火の方へ寝返りを打つ。

 灯りの向こうには、丸まって眠る氷の少女がいた。

 縮れた髪は霜を(まと)った小枝の様で、細かな氷を辺りに散らしていた。


「アサメ」


 腕に力を込めて気怠い身体を起こし、壁を頼りに立ち上がると、アサメの隣で何とか腰を落とした。

 胸を安らかに上下させる少女の矮躯(わいく)は酷く冷たく、頬に触れた指を思わず引き離した。

 人肌の体温を遥かに下回る、氷の肉体。

 尻尾の鋭い先端さえも微細な氷を(きら)びやかに(まと)っていた。

 どうせ疲れて寝ているだけに違いない。


「アサメッ」


 だが、思いとは裏腹に強く呼び掛けていた。

 華奢(きゃしゃ)な肩をびくりと震わすと、眉間に(しわ)が寄って(まぶた)が開いていく。紺碧の瞳は少々彷徨(さまよ)い、なんとかゴクロウを見つけた。


「びっくり、させないでくださいよ」


 ふと膝に触れた小さな掌。

 固形炭酸(ドライアイス)じみた鋭い感触。


「冷、熱ちいッ」

「うるさッ」


 ゴクロウは思わず大声を上げる。

 二人は一先ず、焚き火を挟んで落ち着く。


「俺、どこでどうしてた」


 身体はまだ気怠(けだる)くふらつく。


「知りませんよ。日陰の(その)の門に入ってすぐ、急に倒れたから。私も驚いて助けを呼んで、運んで貰ったんです。ヒクラスキが言うには単なる過労だって言ってました」


 確かに誰よりも睡眠時間は短く、それでいて誰よりも働いた。身体が疲れているとは微塵(みじん)も思わなかったが、どこかで無理をしていたのかもしれない。


「それよりも私は、また」


 アサメは沈んだ表情で、凍雪の爪先に視線を落としていた。


「戻せないのか」


 こくりと頷く。

 ゴクロウはアサメの見た目に心当たりがあった。


「凍土の王とそっくりだ」


 え、と少女は首を傾げる。


「縮れた髪、眼の輝き。あの馬鹿(バカ)でかいのをもっと凝縮して女の子にしたら、たぶん今のアサメみたいになるんじゃないかな」

「頭打っておかしなものでも」

「見た。人でも獣でも化け物でも幽霊でもない。生命を超越した何かをな」


 確固たる言葉にアサメは何も答えられず、ゴクロウもどうすればいいのか戸惑う。

 あのよ、とぽつりと切り出す。


「そのとんでもなく冷たい身体、何か不自由はないか」

「いえ。いつも通りというか、いやいつも通りじゃないけど、とにかく今までのやり方じゃ元には戻らなくて」


 尻込んでいく声を聞きながら、ゴクロウは考えた。伸びっぱなしの(ひげ)(さす)り、思いつく。


「ちょっと試してみたい」


 そう言いながら、アサメの頭上に掌を翳した。

 数日前、(ふもと)の日陰の(その)でヒクラスキが感応術(かんのうじゅつ)の一端を見せつけた時を思い返す。

 いまいちなアサメは訝しんでゴクロウを見上げた。


「転換だ。今の姿を受け入れるんだ。その上で自分を思い浮かべてみろ」

「試しましたよ、でも」

「一人でダメなら二人だ。俺も一緒にアサメの姿を思い浮かべる」

「わかりました」


 不承不承といった具合だが、二人で念じた瞬間、あからさまに一変した。

 矮躯(わいく)の奥底に、冷たい力が渦巻いて流入していく。人間の深い部分に定着、固定する感覚とでもいえばいいだろうか。

 アサメはいつも通りの銀髪鋼瞳を取り戻していた。


「上手くいったぞ」


 アサメは掌をくるくると返し、髪を振ってほっと一息した。


「因みにさっきの姿に戻せるか」


 ううん、と眉間に(しわ)を寄せたり、眼を(つむ)ったり、もう一度ゴクロウが掌を翳して協力してみるが、凍土の王の姿に近付く気配は一切無かった。

 憤懣(ふんまん)やる方ないと細い腕を組む。


「何だったんですか、もう」

「ま、何にせよ」


 力が抜ける。


「え、ちょっとッ」


 ゴクロウは仰向(あおむ)けで倒れ込んだ。

 アサメが側に駆け寄るとへたり込み、大きな肩を揺さぶった。


「大丈夫ですか、ねえ、起きてください」

「生きてるよ。安心しただけだ」


 少し冷たい少女の掌。

 ゴクロウは大きく深呼吸し、目を(つむ)りながら微笑(ほほえ)んだ。(まぶた)の裏は暗く、焚き火の灯りがわずかに焼き付いている。


「曇天のスイジャクシャだか、ヒキリだか。アサメは何も見てないんだよな」

「何の心当たりもないです。貴方はおかしな夢から覚めたばかりで、まだ寝惚(ねぼけ)けてるんですよ」


 突き放すような、だが優しさを内包した落ち着く声音。ゴクロウはアサメを見上げた。

 仏頂面はどこか心配の色を帯びていた。鋼の瞳を暫く見つめると、居心地悪そうに身動いだ。

 起き上がる。


「じゃあ証明しようか」

「どうやって」

敬虔(けいけん)な信者に尋ねるのが一番だ。ヒクラスキの所へ行こう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ