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そこに住まう者たち 15

 大移動まで残り三日。

 二人はいつもの不凍の池にいた。

 いつもより時間をかけてアサメの感応術を磨く。出立前に曇天岩魚との決着を付ける。

 惨敗。


 大移動まで残り二日。

 今日は早く起きて二人で池へ向かった。

 調子は良い。だが敵の泳ぎの方がまだ上手だ。今日はやるべき事を午前中に全て終え、世話になった住処(すみか)を清掃し、不凍の池で野営する事にした。


 大移動まで残り一日。最終日。

 ゴクロウは流木に腰掛け、焚き火を眺めていた。

 暗闇の中で揺れる火に手を差し伸べ、火を(すく)う。熱いが、熱はない。

 それは我慢をしているのではなく、熱量も自身の一部として受け入れて同化するという感応術の思想による作用である。

 火の欠片を指の間をくるくると通し、掌から手の甲へと滑らせ、焚き火に放って戻した。

 手慣れたものだ。

 ヒクラスキとの出会いからその業を見て、十日で体得。

 心身掌握ならばお手の物である。


(アサメはもうちょっとなんだけどな)


 こちらに背を向け、精神を研ぎ澄ますアサメを一瞥した。

 見違える程の卓越した練度で光珠虫を手繰(たぐ)り寄せ、池の水面へと滑らせる。

 ここからだ。

 ふわ、ふわりと緩急を付け、誘う。

 一匹の曇天岩魚がしめしめと浮上してきた。ここ数日、腹一杯に餌を食べてたっぷりと肥えた魚だ。狩りの腕、もとい(えら)も上げている。脂乗り、肉質の歯応え共に最高の味を(もたら)してくれるだろう。もちろん捕まえれば、の話である。

 虫を止めては動かし、止めては動かしと徐々に辺りへと誘き寄せていく。

 不意に光珠虫が自然な動きを見せた。

 今、と眼を光らせた岩魚が水面から勢い良く飛び出す。

 口へと吸い込まれる直前、しかし餌は急に軌道を変えた。捕食失敗。上手い牽制(けんせい)だ。少女と一匹は感応術者としての矜恃(きょうじ)に賭けて、闘争本能を燃やす。

 岩魚は水中へ飛び込むと今までにない速度で潜水、急旋回して浮上。

 アサメが操る光珠虫はこれに対し、静かに漂って戦意を(あお)る。

 勝負は一瞬だ。

 水飛沫が上がる。


「捕まえた」


 勢い良く飛び出過ぎた。

 獲物はひらりと天へ昇り、鋼の瞳と合う。

 魚に高い知性があればこう思っただろう。闘っている相手は光珠虫ではなく、この餌やり少女なのだと。

 そのまま自ら辺りへと打ち上がると、往生際悪くじたばたと跳ね回る。

 勝者はむんずと掴み、高々と持ち上げた。


「捕まえましたあッ」


 アサメはこの世界へ訪れて初めて、喜びの声を上げた。

 彼女の尻尾が愉快そうに左右にしなる。専用の装束に着替え、尻尾が露わになったおかげで心の動きが読み易くなっていた。

 ぱちぱちと拍手が響く。

 はっとゴクロウの方を振り向いていつもの仏頂面に戻るが、だいぶ遅かった。


「アサメ、よくやった。そいつはお前のもんだ」


 ゴクロウは屈託なく笑って褒めた。

 いつものような茶化(ちゃか)しはしない。心から出た声に対して素直に応じていた。


「どうも、です」


 少し調子が狂う、とおずおず尻尾を巻いて焚き火に寄る。


「もっと喜ばしい事がある」


 ゴクロウは自身の金眼を指差す。


「何です」


 アサメは怪訝(けげん)そうな顔して、まさかと口を開けた。


「眼の色、それに髪も元に戻っているぞ」


 さらりと揺れる銀髪、鋼色の瞳。

 アサメは一瞬複雑な顔をし、だがゆっくりと微かに笑んだ。


(安堵の前進だ)


 試練を乗り越えることで心の枷を解き、感応術者としての格を上げた証だった。


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