そこに住まう者たち 6
灰褐色の巨軀は丸太を頭上まで軽々と掲げ、投擲。
避けるのは容易いが、視界が遮られる。
丸太が轟、と風を薙いで擦過。
向き直ると速く重い突進が這うように迫っていた。
ゴクロウは事前に察知、予測して一歩退き、反撃の構え。突き上げるような一撃を反転して完璧に躱し、加速ついた回転力を杖に乗せ、胴体目掛け全力で振り上げた。
手応え有り。が。
「喰らエエエッ」
顔面に衝撃。
重い拳を喰らったゴクロウは鼻血を吹きながらたたらを踏む。まるで怯んでいない。腹の底から喝を入れ、続く拳打を掠めながら避けた。
「やるじゃ、ねえかッ」
護人杖を振り回し、飛び交う拳を払い落とす。
灰褐色の拳は黒く腫れ、次に拳骨が折れ、解放した骨までも振り回してゴクロウに襲い掛かる。
愚直が過ぎる。痛みを感じていないらしい。僅かだった知性は目から消え失せてどす黒く濁り、血反吐を撒き散らしてもまだ振るう。止まらないどころか加速していく。そこまでして血を啜りたいのか。
(単調だ。獣の方がまだ怖え。一気に仕留め)
足元に死骸。
「まずッ」
気付くのが遅かった。障害物を見失う程度には圧倒されていた。
ゴクロウは背面から転倒。
ここぞとばかりに飛び掛かる巨軀。反射的に土手っ腹を蹴り上げ、更に杖で押し上げて、巴投げた。ゴクロウは油断するなと己を叱咤しながら、ただでは起き上がらない。
両者同時に受け身を取り、即起立。
が、ゴクロウの方が一歩速かった。その手には拾い上げた刃。
出遅れた頭領の上半身を三連斬。斬り上げ、横薙ぎ、逆袈裟と刻まれた刀傷から黒血が沛然と飛沫く。まだ怯まない。だが明らかに消耗している。大振りの拳打を掻い潜り、一閃。左肘を両断。柄を瞬時に反転させ、分厚い胸部にとどめの刃を突き立てた。
「ガ、おご」
全身から黒々とした血液を噴き出し、喀血。
それでも残った右手で突き刺さった刃を鷲掴み、無理矢理抜こうとする。恐ろしく逞しい生命力だ。膂力で押さえ込んでいなければ、血を迸らせて引き抜いただろう。
鉄臭い。ゴクロウは鼻の奥から咽頭へと流れ込む血をベッと吐き捨て、静かに息を整える。
無事では済まされなかった相手だ。
「何か言い残した言葉はあるか」
敬意を表する。
どろどろとした黒い眼が恨みがましく歪んだ。
「もっと、喰わ、ゼロ」
一気に引き抜き、一回転。断頭刑。
狂戦士の首がどさりと雪にめり込んだ。
「アサメッ」
鋭く叫ぶ。まだ終わりではない。
ゴクロウは雪を巻き上げ、即座に駆け出した。
まだ殺し合っている。一体は既に死にかけ。突っ伏した身体をびくつかせていた。すぐさま刃を投げつけ、止めを刺す。
飢え渇いた最後の醜面が、しつこくアサメを襲う。
左右と跳んで撹乱し、飛び掛かった。闘い慣れた個体だからこそ生き延びたのだろう。動きが段違いだった。
アサメは紙一重で転がり、方向を変えて距離を確保。対応し切れていない。
敵は標的を変える気など無いのなら、好機。
「俺がやるッ」
跳び蹴り。
ゴクロウは隙だらけの横っ腹を蹴り砕いた。短躯は雪上を何度も横転し、雪に埋もれて停止。
そのまま詰め寄る。苦しげな息を忙しなく繰り返していたが、再び覚醒。
喉元目掛けて飛び掛かってくる。最後っ屁だった。
「ギュエッ」
宙で首を掴み、握る。
反撃しようと手足をばたつかせるが、もう殆ど力は残っていなかった。
「おい、俺の肉が食いてえか」
「ガウ、グウッ」
手をぱっと離し、地に落とす。
たたらを踏んでよろめいたが、やはりふらふらと喰らい掛かってきた。小突くように蹴り倒すと、ゴクロウは容易く馬乗る。
太い左腕で首を抑えつけると、右腕を捲って鼻血を拭った。そのまま覆うように前のめる。
赤く滑った右腕を醜面の眼前まで寄せ、みせつけた。
「俺の腕が食いたけりゃ言え。お前の仲間はあと何人いる」
「食わゼロッ」
「何処から来た」
「食わゼ」
「何が目的だ」
ゴクロウの顎を伝う鼻血が、醜面に滴った。
「食わゼラアアア」
是非もなし。
そのまま喉を押し潰し、首の骨をほぼ全て圧し折る。
血の泡を口いっぱいと溢し、絶命。
戦闘終了。
「じゃあな」
ゴクロウは感慨に更ける間もなくすぐに立ち上がって踵を返した。気丈を装うアサメの方へと駆け寄ってしゃがむ。怪我をした脇腹を汚れた手で圧迫していた。
「手を離せ。連中の臭え血と混じる」
露わになる赤土の褐色肌、刻まれた三条の爪傷。深くはないが、浅くもない。未知の毒素が入り込むのはどうしても避けたい。
「綺麗な雪で拭うんだ」
「いえ、自分で」
白雪を掴んで患部へ押し当てようとしたが、小さく抵抗した。
「う、冷た」
雪で抑え、ぐっと眉を潜める。
少女は黒い血を全身にくまなく浴びている。こうも黒い色素の血は見たことがなく、腐葉土の様な臭気を放っている。人体に無害とは到底思えない。今すぐにでも湯で洗い流したいが、無理なら水しかない。
「場所を移そう」
アサメは小さく頷いて。
「二人ともッ」
振り向く。
ハルシ達が恐る恐ると木陰から現れ出てきた。安堵する余地はないが、ひとまず無事を把握する。
更なる敵襲に備えて全神経を研ぎ澄ましつつも、ゴクロウは今の戦いの記憶を反芻していた。




