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そこに住まう者たち 4

「アサメ。ゴクロウを借りるよ。見張りを頼む」

「はい」

 じゃ、とゴクロウは手を振り、アサメはそっぽを向いて応じた。

「隊長。辺りを軽く雪掻きする前に少し休憩してもいいかしら」

「勿論。よろしく頼む」


 数少ない女性の巡回者と森の狭間で待機し、行商隊の目印となってもらう。ここからは単純な力仕事。体格の大きい男達の方が性に合っている。

 ゴクロウは木製の円匙(スコップ)を持つと、重戦車の如く雪を跳ね飛ばしながら進んだ。それも背負子(ザック)を背負ったまま、全く手を緩めない。全身から朦々(もうもう)と蒸気を上げ、道を切り拓いた。


「おおい、ゴクロウ、そろそろ休憩しよう」


 うすぼんやりとした青白い人形の輪郭(りんかく)。ハルシだ。

 陽が沈みかけているので本来の姿が少しずつ露わになろうとしている。


「まだ二時間くらいしか経ってないぞ」

「充分だ。ゆっくりしよう。ゴクロウのお陰で想定より捗ったよ」

「そうかあ。良い感じに温まってきたんだが」


 ゴクロウは渋々と円匙(スコップ)を肩に担いだ。見回せば他の巡回者達も焚き火を組んでいる。確かに何か炙って口にしたい気持ちもあった。ハルシはといえば軽食の粥が入った器を片手に持っている。携帯用の硬い果実入りパンを千切って香茶でふやかし、(かゆ)状にしたものだ。


「ほら、ゴクロウの分もあるぞ」

「休むかあ」


 食欲には勝てなかった。

 出来上がるまで(そば)に立て掛けておいた護人杖(ごじんじょう)を左手で掴み、右手でくるくると円匙(スコップ)を振り回す。木製なので当然軽く、その上で丈夫で何度雪を跳ねても全くへこたれる気配がない。


「しかし、良い円匙(スコップ)だな」


 ハルシはごくりと(かゆ)を飲み込んで答えた。


「物作りに長けた夜光の氏族の職人が造ったんだ。その護人杖(ごじんじょう)背負子(ザック)も、俺達が着ている夜衣も、何でもそうだよ」

「へえ。頼んだら弓も作ってくれるか」

「それは厳しいな。俺達は植物を摘んだり樹を伐採(ばっさい)したりするけど、殺生(せっしょう)はしない主義だから」

「だからこれも杖なのか」


 八角棒だが、彼らにとっては護人杖(ごじんじょう)である。


「物はいいようみたいな部分も確かにあるね」


 成る程、と器を受け取って(かゆ)を掻き込む。

 素朴でとろとろと口溶ける。甘酸っぱい粒が柔ら固く、クセになる食感だった。一口、二口と思わず匙が進む。

 夜光族達の輪郭(りんかく)が現れた事で、ゴクロウは一つ気付いた。


「身に付けている服や背負子(ザック)なんかも一緒に形が見えなくなっていたんだな」


 そうそう、とハルシは己に馴染んだ羽織りの襟を撫でた。


「これも夜光の職人達の知恵と技術と感応術(かんのうじゅつ)でね。夜光の職人が手掛ける品は全て夜光の文様を刻んであったり衣服に織り込んでいたり、儀式的な工程を何度も踏んで造られている。すると夜光の一族に限っては、常に身に着ける事で不可視(ふかし)の性質が道具に移る訳だ」


 そう言われてみれば確かに、と日陰の園外へと出た時を思い返す。もしもただの衣服なら、それが宙に浮いて歩いている様に錯覚(さっかく)していた筈である。


「職人の探究心が()せる業か。すごいな」


 ゴクロウはおかわりを要求しつつ、しみじみと思った。

 今や非常識が常識だ。今という時間の流れに適応しつつある。己の価値観が広がっていくのは実に好ましい気分だった。


「青白い姿の人達と幻想的な集落で常に一緒に生活しているから、一歩外に出ると色々と気付くもんだ」

馴染(なじ)んできた証だ。気付いたらゴクロウも俺達みたいになっているかもね」

「おう、そりゃ昼間は無敵になれるな。人里に行ったら何しようか」

「うわすっげえ悪い顔してる」


 他の巡回者達と談笑しつつ、休憩もそこそこに作業を再開する。

 ゴクロウは何か気配を感じ、雪原の方を向いた。

 誰か走ってくる音が聞こえる。ハルシ達も気付いた。女性の若い巡回者だ。表情はいまいち掴めないが、必死の駆け足から一種の緊急性を察知した。そして。

 アサメはどうした。


「何かあったかッ」


 ハルシが叫ぶ。


泥暮(どろく)らしの連中が、急に襲い掛かってッ」

 ゴクロウは外套(マント)ごと荷物を振り落とした。護人杖と円匙を手にし、一も二もなく全力で駆け出す。

「待てゴクロウ、危険だッ」


 後方からハルシの怒鳴った声が響いたが、関係無い。何者かも頭数さえも不明だが、アサメを救わねば。待ては効かない。


「お前達は引いてろ、アサメだけ拾ってくるッ」


 怒鳴り返す。

 背後からの叫びはもう届かない。すでにゴクロウの脳内では敵の姿を想定している。


(あんなだだっ広い障害物皆無の雪原で、急襲(きゅうしゅう)だと。上空か、地下からの二択。いや上は考えにくい。遠目でも捕捉して二人で撤退する余裕はある筈。雪の下からか。姿を隠すのが上手いのなら小兵か)


 森と雪原の狭間はすぐだった。


(人数不利は撹乱(かくらん)して各個撃破が基本だが、背後は非戦闘員のいる森。下手に引き込むよりも囮になって戦うとアサメが決めたのならそう多くなく戦力もたかが知れているのだろうが)


 出来るだけ姿勢を下げ、樹々を遮蔽(しゃへい)物にする感覚で静かに走る。五感を研ぎ澄まし、敵影の気配を読み取る。

 およそ人語とは程遠い幾つもの蛮声と鉄の剣戟(けんげき)

 腐った泥と血混じりの悪臭。

 ゴクロウは樹々の陰から飛び出し、灰褐色の背中を渾身の力で蹴り飛ばした。めきめきと不快な振動が足裏から伝わる。肋骨(ろっこつ)の浮いた軽い身体が面白い様に吹き飛んで雪に突っ込んだ。

 連中は不意の出来事に理解が追いつかず、だが(みにく)い面々がゴクロウの方へ向いた。

 一瞬で視線を散らし、頭数(あたまかず)を数える。

 蹴り殺した奴、既に事切れている奴を除いて、十七体。多い。


「食い出のなさそうな連中だな」


 小柄だが瞬発力のありそうな(たわ)んだ体躯。体毛はなく鱗状の肌。肢体に対して異常発達した大きな手には分厚く伸びた爪、無骨な刃に鈍器。骨張った顔面は共通だが、出張った目、腫れた目、濁った目。醜い連中が雁首(がんくび)揃えてゴクロウを威圧し始める。

 まるで死を恐れていない。


「アレが本体の土足人だ、オレがブッゴロズッ」


 中でも二回りは体格の優れた一体が唾液の糸を引いて吠えた。ゴクロウとほぼ同じ上背(うわぜい)。黄ばんだ牙がずらりと並ぶ。頭領(とうりょう)に続いて次々と上がる怒号。地鳴りとなって響く。

 性格は短絡的。知能は見た目通りで高そうにない。

 ゴクロウは連中の背後を円匙(スコップ)で差し示した。

 背の低い豚面。


「ブッゴ、ロ」


 どす黒い血の吐瀉を吹いた。


「誰が偽物ですって」


 腹に(なまくら)の刃が生える。

 膝が折れ、身体が雪原に突っ伏す。

 背後の陰から現れるは、泥土の如き血に(まみ)れた銀髪鋼瞳の少女。


「さあ誰だろうな、アサメッ」


 戦闘開始。


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