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ゴクロウとアサメ 12

 日陰の(その)。暗くも(きらび)びやかな夜光の雪景色を往く。

 外はやはり寒いが、頑強なゴクロウにとってはまだ耐えられる気温である。それよりもむしろ、燃える闘争心故に身体は熱を発していた。


(ちょっと抱き締めて(なぐさ)めてやろうかと思っていたんだけどな)


 ゴクロウは護人杖(ごじんじょう)を杖代わりにし、アサメの小さな背を追う形で辿り着く。

 四方を揃えられた広場に鋭い掛け声が響く。他の和やかな生活域と比べて(おごそ)かで活気があった。

 夜光の修練場である。


「へえ、腹を空かすにはちょうど良いな」


 一族から選出、また志願した若者は巡回者と呼ばれる任に就き、棒術を学んで心身を磨き上げる。その内の若い巡回者が一人気付く。


「あ、アサメ殿に、礼ッ」


 鍛錬に明け暮れていた若い面々が続々、きびきびと夜光礼を示す。その声には隠し切れない緊張感が含まれていた。

 アサメも彼等と同じく、慣れた所作で夜光礼で返す。

 少女は実に落ち着き払っていた。先程から妙に近寄り難い。背を向けたまま背後を睨んでいるかのようだった。


「どうも。さっきぶりです」

「こちらこそッ」


 その緊張は明らかにアサメを恐れての事である。周りを見れば彼等は皆、矮小(わいしょう)なアサメに畏怖(いふ)の念を抱いている。面を数えて二十と余名。体格でいえばゴクロウが最も大きく、力強い。全快の状態なら一斉に闘っても(たお)せる自信があった。

 だが慄く者は、あまり見受けられない。

 ゴクロウはますます闘志を燃やす。


「おおい、ゴクロウ殿」


 一人の若者が手を振って声を掛けて来た。


「ハルシ」

「そんなに歩き回って平気なのか」


 彼こそ族長に呼び出されていた筈だが、あえて触れずに答える。


「おう。こいつとやりに来た」


 ゴクロウはこいつ、と親指でアサメの事を指し示した。

 びきりと冷気がより緊迫して固まる。ハルシ及び鍛錬していた全ての巡回者が表情を強張(こわば)らせていた。


「い、ええ。無茶だ。アサメ殿とそんな脚で」

「いや、やるね」

「私も治してからと言ったのですが、聞きそうにないので」


 アサメの一言にゴクロウはひくひくと再び頬が引き攣らせた。

 ゴクロウは大股で修練場の一角へ向かう。アサメもそれに続く。

 巡回者らはようやく気付いたのか、火花を散らし合う二人の剣呑(けんのん)な気配に圧倒され、ただただ顔だけ動かして見守るだけであった。

 足場は悪い。

 ただの踏み固められた雪の上だ。藁編みの草履(ぞうり)ではよく滑る。足腰の鍛錬にはこの上無く最高な地形といえた。


「アサメ。剣でも槍でも、あるなら銃でもなんでも使え。俺をぶっ倒してみろ」


 ゴクロウは背後を見ないまま声を掛けた。

 返事がない。ちらりと振り向。


「うおッ」


 草履の裏。

 鼻先を掠めながらも仰け反って回避。風と共に擦過(さっか)していった小さな弾丸、アサメと目が合った。

 鋭い。心の奥まで見透かされそうなほど真っ直ぐな視線が刺さる。雪片を勢い良く削りながら受け身を取り、残心。

 相対す。

 おお、と周囲が僅かに沸いた。


「やっと隙を見せましたね」

「お前がずっと気迫を放つからな」


 少女に得物は無い。素手のまま。

 対するゴクロウは杖代わりの八角棒。


「これじゃ絵面が醜い。明らかに俺が悪役じゃないか」

「おや、違うんですか。貴方の強面はどこから見ても悪役のそれですよ」


 アサメは嘲りの笑みを浮かべ、挑発。

 使い所を見極めれば効果的に行動を制限できる。これは技術(テクニック)だ。

 ゴクロウは忘れていた訳ではない。

 相手は人殺しの心得がある。


「武器を取れ、アサメ。待ってやる」

「のこのこと相手に背を向けるとでも」

「そうかい」


 両者、同時に投雪。

 受け身の際に隠し握っていた雪玉を投げ付けた。ゴクロウは顔面でまともに受け、アサメは姿勢を下げ疾駆、回避。

 速い。ゴクロウは咄嗟(とっさ)に右脚を盾代わりとして出し、滑り込み蹴りを真正面から喰らう。本命が負傷した左脚狙いなのは解っている。

 が、膝裏に鋭い鞭打。がくりと力が抜けた。


(便利な尻尾だなッ)


 暗い天蓋へと仰向(あおむ)く。受け身を取ろうとするが、息を呑んだ。襟首を掴まれた。

 不味い。固い雪上。頭部。落下。


「んぐ」


 後頭部深刻衝撃脳震盪。


「らあッ」


 ゴクロウは丹田(たんでん)に力を込め、強引に脚を振り、跳ねた。

 抜群の体幹と身体能力で制動、滑る雪上でガクつきながらも右脚と八角棒で立ち上がった。常人離れ、怪物じみた耐久力。視界に細かい星がちかちかと瞬いている。アサメは何処(どこ)だ。

 ぱちぱちと背後から拍手。

 雪上を滑るように一気に振り返り、睨む。

 仏頂面で手を叩くアサメと、驚愕に口をあんぐり開けた巡回者達。


「三秒で跳び起きるとは、流石(さすが)です」

「アサメ、お前、殺す気か。死んだらお前もお陀仏するかもしれんだろうが」

「貴方はこの程度、何ともないでしょう。手を抜いた罰です」


 とはいえ、何とも遣る瀬ない。

 思っていた展開とまるで違う。


「なんだかなあ、おい」


 どかりと胡座(あぐら)をかいた。

 当然、目線が下がる。それでもまだ、ゴクロウの座高の方が高い。


「子供相手に本気なんか出せるか。俺の負けだよ」


 少女、急加速。

 避け切れない。

 ゴクロウは眼を見開いたまま、小さな掌底をまともに受けた。


「ぶッ」


 続く拳打蹴撃(ラッシュ)の乱舞。

 八角棒を投げ捨て、両手で回し受ける。手だけでは足りない。手数差で押し負け、掻い潜った中段回し蹴りが変転、上段蹴りが顎をかち上げた。意識をまた手離しかけ。


「こ、の」


 細い足首を掴む。力任せに振り、投げ飛ばした。

 ビ、と空が鋭く裂ける。

 アサメは空中で器用に捻転し、着地。

 ゴクロウが投げ出した八角棒を蹴り上げて器用に掴み取ると、何度も振り回した。

 姿勢を下げ、前傾。突きの構え。

 一撃必殺を想起する攻撃的な構えは独特で、妙に堂に入っている。


「やはりこの手足では、貴方の頑強な骨格を壊せそうにありません」


 頬が熱い。

 ゴクロウは滴る血を拭い、舐め取った。


「上手く使い熟してるじゃねえか、その尻尾」


 アサメは黙ったまま、鋭い尾を鞭の如く振るう。

 空が鳴き、付着した血が散った。

 自由自在だ。

 両脚と尾先で地を蹴りつける事で生まれる急加速(ダッシュ)、急制動(ストップ)。投げ飛ばされても空中で振り回し、姿勢制御。言うなれば第五の肢体である。

 そして子供の体格では有り得ない敏捷性と筋力、肉体に染みついた技量。

 これが半身の力か。

 これよりも成長したとなると、恐らく想像を超えてくるだろう。


「まだ深く斬っても、大丈夫そうですね」


 そして何よりもこの攻撃性。

 もし、今よりも体格が大人であれば、アサメの戦闘能力に相乗効果が掛かる。

 これが大人であれば。


「やっぱりダメだ。気合が入らん。降参だ」


 ゴクロウは大の字になって寝転んだ。


「逃げるんですか」

「ああ、逃げる。お前が大きく成長するまでな」


 アサメは構えを解くと歩み寄ってきた。


「そんな身体じゃ、本領を出したくても出せないだろ」


 仏頂面に見下される。

 紫紺(しこん)の瞳は何かを訴えていた。


「ハッキリしましたか」

「あん」

「私の実力は、ハッキリと伝わりましたか」


 察した。いや、忘れていた。

 必要以上に守ったり、身を案じたりはもうしない。見た目にばかり気を取られ、本質を見失っていた。策を巡らせ、颯爽(さっそう)窮地(きゅうち)に駆けつけ、手を差し伸べる。

 あの時の心強さを誰よりも実感したのはゴクロウ自身だ。

 今一度、認める。彼女は一人で闘える。


「ああ、もう子供扱いしないよ」

 だから、とゴクロウは改めて右拳を上げて、差し出した。


「一緒に暴れようぜ」

 アサメは岩みたいな拳をじっと見つめ。


「ここ、合谷(ごうこく)

 隙だらけの拳を思いっきり握った。


「お、あ、痛ででででッ」

 全身の骨髄に電流が走る感覚にゴクロウは思わず悶絶する。


「成る程、ツボは効果有りと」

 溜飲が下ったアサメは、少しだけ悪戯(いたずら)っぽく笑っていた。


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