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ゴクロウとアサメ 10

「おや、随分とさっぱりしたね、ゴクロウ」


 湯浴みを終えて洗練されたゴクロウを応接の間で待っていたヒクラスキ、そしてアサメはすでに軽い食事を終えて(くつろ)いでいた。

 落ち着いた空間だ。余計な物はなく、必要最低限な棚や長椅子は精巧な彫り文様が施されている。


「最高だった。良い暮らしぶりだ」

「だろう。湯に浸かっている時だけだよ、族長で良かったと思えるのは」


 部屋を温める煙突付きの暖炉。女二人組はそれを半円に取り囲むように並べられた長椅子にゆとりをもって腰掛け、香茶を(たしな)んでいた。

 ゴクロウは遠慮無くアサメのすぐ横に腰掛ける。藁の塊でも仕込んでいるのか適度に柔らかい。

 むっとした少女はすぐに距離を取って座り直した。


「近いです」

「おう、チビすぎて見えなかった」

「ハァ」


 置いてあった水差しから果実水を器に注ぎ、一気に胃へ流し込んではまた注ぎ、飲む。程よく冷たい液体が全身を冷ましていく快感。鋭い視線もなんのそのである。


「さ、話の続きをしようかね」


 ヒクラスキはさっそくと言わんばかりに暖炉へ手を翳した。

 赤熱する薪が一瞬だけ強く膨らみ、火の粉を舞い上げる。ばちばちと生じた火の粉の群れは蜷局(とぐろ)を巻きながらヒクラスキへ伸びていく。(おぼろ)げな掌の上で踊り出した火の粉は次第に勢いを失い、ついには掻き消えていった。

 やはり不可思議な現象である。


「できるかい」


 出来る出来ない以前に、有り得ない。

 アサメは黙って首を横に振り、ゴクロウは肩を竦めながらも暖炉へ手を(かざ)してみた。


(動け、来い、踊れ)


 うんともすんとも薪は割れ爆ぜない。


「できないな」

「やる気あるのかい」


 気持ちの問題か。なら。大きく息を吸い込む。


「俺の掌で踊れえッ」

「うるさっ」


 アサメに嫌がられただけであった。


「ま、当然だわな」


 一体何の時間だったのだろう。


「参ったよ。全く訳が解らない」


 よし、ヒクラスキは香茶に口をつけてから口火を切った。


精素(せいそ)だ。世界たる根幹を育む水。空の命。理性とも表現する。私は今、燃える薪の中で眠る精に来い、と働きかけた」

「はあ、精素ね」

「気付いていないだけだ。お前さんも自らの意志で精素に働きかけた事があるし、己の意志で活性させた場面だって何度もあるんだよ、ゴクロウ」

「心当たりはある。が、どれもがむしゃらだったから説明するのは難しいな」

「例えばその頭に刻まれた刀傷。元々の治癒力もあるが、お前さんがより強い力を求めた結果、共感を得た精素が血中に入り込んで毒を癒した」


 ゴクロウは言われて、リプレラと剣戟(けんげき)を交わした時を思い出した。

 出血毒に塗れた刃を受け流血が止まらず、だが気付いた頃には気にならない程度に癒えていた。


「ん、そういえば。いや、族長殿に毒が云々と話したか」

「あたしは人を見ればそいつの周りにどんな精素が(まと)っているか解るし、働きかければなんとなく情景が浮かぶのさ」


 ふうん、とゴクロウはいまいち要領を得ない風に腕を組む。


「それだけではない。お前さん達は雪山で“姦凝り”と対峙したね」

「かごり、ああ、あのほしいほしいお化けか」


 アサメがびくりと小さく肩を震わせた。相当不快らしい。


「そう。あれは女喰らいともいってな。人種の若い女性を見つけると、精素に感応(かんのう)してえげつない気分と恐怖を与え、生命力を奪い取る。あたしも若い頃に出会した事があるが、腐った木杭で股を裂」


 アサメはヒクラスキを睨んで耳を塞いだ。


「悪いね。男はただ訳もわからず金縛りに遭って顔の皮を剥がされるだけだから、教えてやろうかとしたんだよ」

「成る程、道理でしおらしくなったわけだ。よく生き延びれたものだよ」


 火事場の馬鹿力を発揮した際にも、その精素が意志を汲み取って反応した。かなりあやふやとしている。


「全くだ。あれは屈辱の中で死んだ娘の思念に精素が同調して取り憑いた、いわゆる悪性霊だね。滅霊するには精素を理解した感応術者でなくてはならないが」


 ゴクロウは右拳を構えてみせた。

 ヒクラスキは呆れたような半笑いを浮かべる。


「火傷しそうなほど熱い血を塗りたくって殴り倒したな」

「それこそが感応術だ。自らの意志で燃やすと念じ、血に赤熱を宿した。だが勘違いしてはならんぞ。奴は恐れをなして逃げただけで、根本を絶やさぬ以上は滅ばん」

「そんな事まで解るのか」

「ああ、精素を取り込んで熱を帯びた血もそうだが、お前さんの奥に潜む何かがが目覚めて酷く(おのの)いたんだろうね。奴は肉眼の代わりに対象を精素で感知するから、心の動きに敏感なのさ」


 ヒクラスキはゆったりと座り直し、アサメを見つめる。


「そして半身はその最たるものさね。精素が世界に満ちているから存在しているものよ」


 ヒクラスキは宥めるかのような穏やかな目つきだった。


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