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ゴクロウとアサメ 7

 偏屈(へんくつ)そうな、強面の夜光族。そんな印象だった。


「いまそっちへ行く」


 ハルシはしまった、という顔でそそくさと居住まいを正した。


「一度火がつくと止まらないんだ。話をふられるまで俺は黙っている」


 こそこそと耳打ちしてくる。ゴクロウは眉を動かして承知、と応じた。

 狭い入り口を潜るようにして入ってきた姿は、思った通りの大柄な体躯。筋骨がしっかりとしている。高位の者らしく、纏う黒衣や装飾も上質の出来を窺えた。


「元気そうだね、坊や。あたしが夜光の一族、ヨラン氏族長のヒクラスキだ」


 ゴクロウは座ったまま、深々と頭を下げた。


「私はゴクロウと名乗っている者。この度の救助と介添(かいぞえ)(まこと)に感謝申し上げる」

「は、そんな畏まった態度も取れるんだね。もっと楽でいいよ。そこの馬鹿孫と話すくらいでね」


 族長ヒクラスキは住まいの上座(かみざ)とされる床に胡座(あぐら)をかいて座った。


「本当に助かった。感謝してもしきれない。恩は必ず返させて頂く」


 ゴクロウは顔を上げ、改めて謝辞を述べた。

 眼力の鋭いヒクラスキは小屋の中を見回し、視線を合わせてきた。生命力に満ち溢れた老人は、にやりと荒々しく歯を見せた。


「ふん、こんなに(たい)らげてまあ」


 族長は言葉とは裏腹にうんうんと頷く。


「とにかく無事で何よりだ。聞けばえらい目に遭ったらしいじゃないか」


 アサメから話を聞いたのだろう、とゴクロウは察する。


「全くだ。此処(ここ)は一体、貴方方も含めてどうなっている。俺は早々に考えるのをやめたよ」

「記憶もないんじゃ仕方ないさね。ハルシ」


 呼ばれた馬鹿孫はさらに背筋を伸ばした。


「はい」

「半身の娘っ子が居ないと説教が始まらん。アサメを呼んできな」

「はい」


 ハルシはきびきびと出て行く。


「返事だけは良いんだ。長い話が終わるから清々するんだろうね」


 ヒクラスキはぼやきながら筒状に加工された小枝を取り出して咥える。そして焚き火に手を(かざ)すと(すく)うように掌を返した。

 その手の上には、ほんの小さな火が浮いていた。


「面白い。どうなっているんだ、それは」

「大した事ではない。ま、お前さん達、客人にとっては不思議な光景だろうね」


 客人。

 あの賊共から何度か聞いた言葉だった。


「身体の透けた人間がこうして掌で火を(すく)い」


 (おぼろ)げだが節くれ立った手。火はその上を転がるようにして人差し指に止まる。


「木煙草に火を灯す」


 役目を終えた火が溶けるように消えた。

 ヒクラスキは紫煙(しえん)を吹かす。微かに柑橘(かんきつ)の香りが漂った。


「お前さんが生きていた時代にはなかった理の中で、私達は生きているのさ」

「まるで俺が貴方より古い人間と言わんばかりだな」

「その通り。記憶がないんじゃどれだけ眠っていたのか知る由もないが、八百万年以上は昔の人間だろうね、お前さんは」


 ゴクロウは天井を仰いだ。途方もない時間だった。

 此処は夢の世界だと言われた方が早く納得できそうだった。


「俺は三日どころかウン百万年も眠りこけていたって訳か。はっは、へえ」


 だが顔はあまり笑っていない。

 事態を受け止めきれずにいる。考えてもどうしようもない事態であると頭で解っていても、つい考えてしまう。


「奴らが来る前に、お前さん、脚の傷はどうだ」


 ゴクロウは己の太腿に視線を落とす。


「ああ。膝も曲がるし足の指もきちんと動く。治してくれたのは族長殿か」

「あたしは毒を取り出しただけだよ。ほれ」


 放り投げた。

 弧を描く小さな物体を、ゴクロウは指先で正確無比(ピンポイント)に摘み取るという離れ技をしてみせた。族長からほう、と感嘆の息が漏れる。


「これは鉛弾だな。骨董品(こっとうひん)だよ、被甲(ジャケット)がない。そうか鉛中毒にもなりかけていたか」

「ふん、さっぱりだね。あたしら夜光族は金属と馴染みが無い」


 血で青黒く変色した弾頭をまじまじと観察する。


「そうか。ふむ。俺の脚に貫入する前から細かい傷がかなりついていたらしい。管理が雑な証拠だ。なのに殆ど錆びていない。こうも酷いともっと白っぽくなるはずなんだが、妙に状態が良いのは、うむ。分からん」


 あまり興味がなさそうにヒクラスキは頷き、虚空に煙を吐いた。


「知識はあるんだねえ」

「ああ、戦場で寝起きしてたのかもしれない。ん、でも金物を使わずにどうやってこれを摘出(てきしゅつ)したんだ」

(つま)んだ、というよりかは吸い出したに近いね」

「吸い出したって。どんな手術か気になるな、それ」

「知りたいならあとで教えてやる」


 ヒクラスキはくい、と戸の方を顎で指した。

 ハルシの後ろから不機嫌なアサメが不服そうに入ってきた。


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