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ゴクロウとアサメ 5

 暗い雪山に流れる川の岸辺を、一つの微かな灯りが降っていく。

 松明(たいまつ)を持って先導するアサメとすぐ後にはゴクロウが杖をついていた。二人は寒さと空腹を常に抱えながら一歩ずつ着実に降っていく。

 もうだいぶ歩いた。

 夜の(とばり)はまだ上がらない。たとえ晴れたとしても、寒気が一転して暖気に変じたりはしない。後ろ向きな思考が続く。


「人間の脚って、美味いのかな」

「さあ。噛めばいいのでは」

「よし、目の前を歩く脚で我慢するか」


 無視。


「柔らかくて美味しそう」


 無視。


「ほしい。あし。ほしい」


 睨まれた。


「つら。あげない」


 ゴクロウは表情筋を歪めて可笑しそうな顔を見せつける。視線に殺意に似た苛立ちが籠もったので普段の表情に戻すとアサメは前を向いた。


「動かせる筋肉を少しでも動かさないと凍えて固まりそうなんだって。本当に」

「もう四度目です。これ以上、冗談に付き合う余裕、ありませんから」

「承知承知。お化けは苦手っと」


 がぎ、と石ころが斬れた。

 アサメの尻尾、恐るべしとゴクロウは心の中に刻み込んだ。

 一体、どれだけ軽口を叩き、適当にいなしただろうか。

 アサメは苛立ちで頭を埋め尽くしながら、また歩を進める。少し静かになった後ろを振り向いた。


「な」


 ゴクロウは片膝をつき、項垂れていた。

 アサメは濡れるのも構わず、水を跳ね上げて一直線で駆け寄る。


「大丈夫ですか」

「ん、ちと、休む」


 そう言いながらも息は絶え絶えで、焦点が定まっていない。震える身体ももはや微かであった。明らかに無理をしている。

 刀傷、銃創、大腿骨骨折、出血過多の上にほぼ裸体で雪山での川行。無理を承知で無茶を重ねている。


「アサメ。此処(ここ)まで来たんだ。先に行ってろ」

「いいから。いま暖を取ります」


 ゴクロウの言葉を無視し、集め直した薪を並べて火を起こした。


「今度こそ終わりだ。寝て起きれたら御の字、死んだらそれまで」

「喋るのならもっと前向きな事を喋ってください」


 じゃあ、とゴクロウはぼやけたアサメの顔をじっと見た。


「川を辿れば必ず人の集まる場所がある。治安が良さそうでもいきなり人に会ったら何をされるか判らないから、暖と栄養だけ取って上手く隠れろ」

「あまり前向きに聞こえません」

「人里は近いはずなんだ。俺達がいた牢獄に(さら)われた女がいたからな。手遅れだったが」

「もっと嫌です」


 事実を告げるのなら、今しかない。


「お前は多分、簡単には死なない」

「どういう事ですか」

「お前は凍死した状態から息を吹き返したんだ。俺が牢から抜け出した時、お前は間違いなく死んでいた」

「本当に、ふざけてばかり」


 もはや一から事細かに説明する気力も失われていた。

 ゴクロウは気怠(けだる)くなった(まぶた)をゆっくりと閉ざした。暖かい。焚き火の熱と、強く抱きついてきた少女の頬が心地良い。

 どんな大人に成長するのだろうか。この子に待ち受ける未来を上から見届けるには、この傷ついた身体はあまりにも重過ぎる。

 もう一度、アサメの顔みようと最後の力を振り絞って開いた。少女は首の後ろまでしっかりと腕を回し、頬を寄せ合っているせいで髪がくすぐったい。


「さあ。迎えが来たぞ」


 黒衣を纏った者が、対岸に映っていた。

 夜闇を切り抜く樹々の陰が人を(かたど)っているかと思ったが、ゴクロウはありのまま受け入れた。雪の旋風が呪詛(じゅそ)(ささや)くのなら、絵に書いた死神が居たとしても頷ける。

 だから静かに声を掛けた。


「何処へでも連れて行け」


 意識が無の底へと堕ちていった。


「お前達、そんな処で何を」

「客人か。名は」

「急げ、運ぶぞ」

「もう少しだ。死ぬな」

「ご無事ですか」

「こんな身体で」

「信じられん」

「酷い傷だのう」

「治せるか、御婆上」

「えらいもん拾ってきおって」

「説教ならあとでいくらでも」

「ま、やるだけやってみるわいな」

「あとはお前さん次第さね」

「ゴクロウとやら」


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