表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/166

ゴクロウとアサメ 2

 逃走劇から小一時間は経っただろうか。

 駈歩(かけあし)から速歩(はやあし)へ、並足(なみあし)を交えてまた速歩。持久力の続く限り、馬を走らせた。流石に動きが鈍っていた。

 雪山はそれでも二人を離さず、冷たい闇で覆う。


松明(たいまつ)が消えかけているな)


 ゴクロウ、そして少女アサメも激しく震えていた。二人は限りなく裸に近い。今も矮躯を大きな腕で抱き寄せ、互いの熱で温め合っている。それに馬から感じる温もりもある。だが、(まと)うボロ布は隙間だらけで、寒風(かんぷう)が容赦無く入り込んでいた。氷点下に長時間晒された全身、そして血管は収縮し、指先、耳、鼻、顔は冷たい痛みから痺れへと移行。ゴクロウの左太腿の下は感覚を感じ難くなっていた。強い熱源を確保し、処置を施さなければ凍傷を負う。

 何かないか。ゴクロウは馬上でずっと機会を窺っていた。

 追手の追跡を完全に振り切り、身の安全を確保する道は何処に潜んでいるのか。

 遠くから微かに何か聞こえる。


「水だ。川が近い」


 馬の歩みを緩め、静かに近付いていく。せせらぎがよりはっきりと伝わる。

 小さな沢が見えた。その上には簡素な橋。細めの幹が幾つか並列し、縄で束ねただけのものが渡っている。こちらは右岸(うがん)、向こうは左岸(さがん)。橋から川までの落差はそこまでない。水深は見るからに浅く、闇が溶け込んで黒々とした水が下流へと流れていた。積雪も少なく、岸が僅かに顔を出している。

 ここだ。


「降りよう」

「ここで、ですか」


 ああ、とゴクロウは腹を決めて答えた。


「馬はこのまま山道を走らせ、俺達は水中へ直接降りる。追手が馬の足跡に気を取られている内に、俺達は別の道を辿って下山。どうだ」

「私は構いませんが、その脚では無理では」


 最もな意見だった。


「適当な枝を拾って杖をつく。水分も取れるし、どのみち、その消えかけの火じゃ立ち往生だ」


 他の名案は思いつくだろうか。


「判りました」


 そうと決まれば話は早かった。

 二人は腰掛ける様に乗り直す。並足の馬から飛び降りる間を見計らい、先にアサメが飛び降りた。

 ゴクロウは感謝を込めて馬を撫でる。右腕をしならせ、馬の尻を一発、思い切り叩きつけて飛び降りた。声高い嘶き。水が勢い良く飛沫く。よろめきはしたものの、抜群の運動能力を発揮、着水を成功させた。


「ありがとよ」


 闇夜の奥へと走り去っていった馬へ、届かぬ礼を告げた。


「どうぞ」


 アサメは杖代わりの枝を探してくれていた。やたらと黒っぽい樹皮。手頃な長さ、太さ。多少なら体重を掛けても折れそうにない。


「助かる。ほら、抱っこしてやるよ」


 一切無視したアサメは、ばしゃばしゃと前へ進んでいった。

 静かだが骨身に()みる水流が二人の体温を更に容赦無く奪っていく。橋が見えなくなるまで沢を降り、また更に充分に距離を取ると(ようや)く岸に上がった。

 道なき道だが、全く歩けない程ではない。岸が途切れればまた沢に入り、上陸を繰り返す。闇に紛れて下流へと辿ると同時に火口になりそうな枝葉を(むし)る。万が一を備えて痕跡を残さないよう茂みの奥から採集する。薪に適していそうな乾いた枝も探す。また、水分摂取ができるとは言ったものの、冷めた身体に冷水を流し込むのは躊躇(ためら)われた。水分も大事だが、今は活力の源となる炭水化物が欲しい。ゴクロウは積極的に拾い食いをして歩いた。枝に実っていた青黒い小粒の果実(ベリー)を噛み、軽く転がして吐き出す。時間経過と共に異常を感じなかったので寄せ集めて食べる。葡萄(ブドウ)のような、だが青臭い味。他にも蔓の根を掘り、取り出した茎を肌に貼る。赤く気触れたものは川に捨て、可食できると思ったものは何でも口に入れて嚥下(えんげ)した。糖分を含んでいるので甘味が強い。アサメにも勧めたが、自分は良いと何度も断られた。

 かなり進んだだろう。沢と沢が合流し、川幅に広がりが見受けられた。

 もうすぐ、松明の火が消える。

 二人は切り立つ崖と大きな岩陰の間に隠れ、風を(しの)いだ。此処(ここ)がいい。

 薪を並列にして組み、火を起こす。星形に組むより燃費は悪いが、熱量は大きい。長居するつもりもなく、今は早く暖まりたかった。降雪地帯だが、此処らは思ったよりも湿気が少ない。火口と薪を拾い集めた甲斐があった。ある分だけ全て火にかけると、焚き火はみるみると燃え盛っていく。

 暖かい。

 (わず)かな休息が訪れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ