表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/166

死闘宗の殺戮手 13

 煤湯(すすゆ)の歓楽街、舞燈(ぶとう)町にある小高い屋上。

 もう何度目か。硬貨(コイン)を弾く甲高い音が、騒つく夜の空に鳴いた。

 自由落下してきたそれをゴクロウは掴み、掌の中で転がすと(ふところ)にしまう。火傷で爛れた腕が痛々しい。

 警兵隊などはとうに撒いて、不夜城の光景を高みから見物していた。

 殺人及び爆破の重大事故が近場で起こった直後にも関わらず、酒に酔って行き交う誰もが何の気にも留めていない。お気楽と幸せを謳歌(おうか)する雰囲気は、嫌いではなかった。

 軽快な足音が一つ、背後に降り立つ。


「戻りました」

「おかえり」


 振り向くとアサメは実に不服そうな顔で歩み寄ってきた。

 肩の傷はともかく、比較的軽度だった火傷はすっかり癒えていた。どこからどう見ても旗装(チャイナドレス)の商売女である。


「変な輩に絡まれなかったか」


 今のアサメは雑多な歓楽街によく溶け込んでいた。使い走りにはもってこいである。


「睨み殺しました」


 手に持つ紙袋をがさりと突き出す。香ばしい食欲の香り。


「おお怖い怖い」


 言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべるゴクロウは受け取ると早速開け、空腹を促す湯気を浴びる。手を突っ込んで中身の肉串の一つを取り出した。飴色のたれが染み渡る肉の連なりを頬張る。


「ぐああ、こいつぁ酒だッ」

「ありません」


 大袈裟に喜ぶゴクロウを、ぴしゃりと(たしな)めるアサメ。


「貴方に財布の紐を任せておいて口出しするのも何ですが、少々金遣いが荒いのでは」


 言いながら一つ取り出して食べる。


「大丈夫だって。稼げばいくらでも手に入るんだからよ」


 ゴクロウはもはや三本目に取り掛かっていた。

 アサメは何だかな、と溜息を吐きながら隣に腰掛けた。


「で、投げつけられたあの硬貨(コイン)は結局なんだったんですか」


 ああ、とゴクロウは串を咥えて(ふところ)から取り出すと、弾いて渡した。難なく掴んだアサメは緋色の硬貨(コイン)を掲げ、しげしげと見つめる。

 厚みと重量のある鋳造物は豪華に(あし)らわれ、縁周りにも細かい彫刻が施されている。表に流通されている品とは到底思えない。


「それ以上でもそれ以下でもねえな。正真正銘、暗殺者の硬貨(デスコイン)だ」

「やっぱり」


 アサメの勘は当たっていた。

 八百万年前、遥か遠い過去。

 幾つもの仇名を刻まれた軍人だった頃の名残りが蘇る。殺人を商売とする者同士でのみ信用取引のやり取りとしていまもなお使用される、忌まわしき代物。


「俺達も殺人鬼の仲間入りか」

「また殺し合いの道に投じるなんて。皮肉なものです」


 表は睨みを利かせた狗、片翅(かたはね)の蝶の精緻な浮き彫り。

 裏を返して、おやと注意深く目を細めた。“闘”の文字。


「漢字、ですか」

「ああ」


 む、とアサメは右に首を傾げた。

 視線を不夜城に向け、右往左往と巡らす。灯りに照らされた看板を心の中で適当に読み上げていく。


『食い道楽(どうらく)へいよまで、この角すぐ』『スリ注意。スってもスられても舞燈町警兵隊まで』『精力増強剤、冷えてます』などなど。


 今度は左に首を傾けた。


「あの。あまり気にしなかったんですが」

「おう」

「なんで読めるんでしょうか。この街、初めてみる文字ばっかりですよね。あれとか」


 冷やすと効くのか、と呟きながら今度はゴクロウが首を傾げた。


「なんでって。世界言語だろ。教わってないのかよ」


 しばしと間延びする空白と疑問符。

 首を傾げて固まるアサメであった。


「ぶふ」


 見かねたゴクロウが噴き出した。じろりと睨み返す鋼の瞳。


「世界言語っていうらしいぜ。詳しくは知らないが、感応術とは別種の秘術が衛星となって地球を覆っているらしい。とにかく今日この世界に息づく全ての人間は世界言語を何故か知っていて、無意識的に喋っている。むしろ俺達だけだよ。過去から持ち込んだ化石の言語を使っているのは」


 理屈は判らないが、ゴクロウが知っているらしいというのは理解した。

 アサメの目が泳ぐ。


「そうですか、へえ、詳しいんですね」


 この世界の文化に触れた始まりは同じであったというのに、実は一歩前を歩いていたゴクロウ。ちょっと悔しい気がすると膨れるアサメであった。


「暇を見て読み物を漁っていたからな。児童書だけど」


 なるほど、勝てないわけである。

 話を逸らしたいアサメは今一度、硬貨(デスコイン)を見つめ戻った。


「あの殺戮手(さつりくしゅ)(いぬ)、私達と同じ客人ですよね」

「だな。纏う精素が似ていた。息も合っていたし」

 表か裏か、硬貨(デスコイン)に彫られた狗の模様と見つめ合う。


「必ずしも人の形というわけではないんですね」


 半身のことか、とゴクロウは察する。

 アサメは半身だが、厳密には理から外れた特例。元は人間である。半身という人外を指す呼び名を聞いたり口にするほどには忌み嫌っていた。


「むしろ人型は珍しいんじゃないか。半身が宿る先の肉体によるからな。動物とか昆虫の方が多そうなもんだが」


 宿る先の肉体。アサメの表情が曇る。

 それはつまり、魂の抜けた死骸。如何なる理由があっても、人型の半身と共にする主身は人間の死に間近で関わっている事になる。


「経緯はあまり考えたくないですね」

「おう。知らねえもん考えるだけ疲れるってもんだ」


 最後の一串を平らげたゴクロウは残骸を丸めると裏路地に設置された業者用の屑籠(ダストボックス)へ見ずに放り投げた。がさりと軽い音を立てて綺麗に入る。


「とはいえ、知らぬ存ぜぬじゃ痛い目に遭うのも間違いねえ」

「ですね」


 巨軀を思わせない身軽さで立ち上がり、眠る気配のない歓楽街の営みを睥睨した。


「忍者野郎どもを追うぞ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ